第22話 文化祭実行委員は波乱の予感

「‥お‥おはよ‥ゆうくん‥‥あぅ」

「お、おう日和。‥おはよ」


 朝一度お互いにそんな他人行儀な挨拶をしたきり、日和との会話は今日一日どこかぎこちない。休み時間になると、日和はチラッとこちらを見て話したそうに見るのだが、目が合うとすぐに真っ赤になってしまうのだ。


 日和もずっと俺と同じく昨日から悶々としていたんだろうか。それを可愛いなあと眺めつつ、そんな顔をされるとこっちまでまた恥ずかしくなってしまう。


 お互いに話したくてチラチラと目が合うのに、なかなか普通に日和と会話できない。そんな状態が朝から続いていた。


 当然朝からずっとそんな様子の俺達を太一達が見逃す訳もなく‥日和は早乙女と茅野に、俺は太一と恭二にみっちりと何があったのか聞かれた。


 気づけばもう今日の授業も後半を迎えている。


 せっかく朝の電話で気分が沈んでいた所に、日和と会えて嬉しかったのになあ‥。こんな調子じゃせっかく友達から前に進んだのに――


 ‥‥ちょっと待て。日和からの不意打ちのほっぺにキスに気を取られすぎて、俺は何かもっと重大な事を忘れていないだろうか。


 あれ?昨日俺日和に何て言ったんだっけ。


『日和、これからいっぱい一緒に色んな所へ行こう。それでもっと日和の事を教えて欲しい。好きな事とか、嫌いな事とか何でもいい。もっと日和の事を知って、もっと日和の事を‥‥あー‥とにかく友達から一歩進みたい!!』


 うん、めちゃめちゃ恥ずかしい事言ってる。え、もうこんなん告白やん。逆に告白じゃなかったら何なの?


 俺はそっと、自分の首に手をかけた。


「うがああああああああ!!」

「‥ゆ、ゆうくん!?!?」

「どうした影山!?!?ちょ‥待て待て待て早まるな!!」

「いいんです先生!ほっといて下さい!」

「ほっとけるか!!いいから落ち着けえええ!私いいお医者さん知ってるから!な?一回お薬飲もうか。何なら私が連れて行ってやってもいい!」


 突然授業中に自分の首を絞め始めた俺を、日和と担任の沢城さわしろ先生がダッシュで止めに入ってきてくれる。見た目は仕事の出来るクールな女性だが、こんな茶番にしっかり付き合ってくれる程にノリが良い。適当な所も多いが、基本的には生徒一人一人に親身になってくれる優しい先生である。ちなみに噂によると元ヤンらしい。


「ほっといて大丈夫ですよ先生。コイツはですね、もう我々クラス全員の敵なんです‥ああ‥俺たちの日和ちゃん‥」


 自害しようとした俺を全く心配する素振りを見せない太一がそう言うと、先生が深くため息をついた。


「今は授業中だぞ?私の話を聞いていたかか?11月にある学園祭の実行委員を今日決めるぞ。男女一人ずつだ。部活をしていない者の中から決めてもらう」


 うちの学校の学園祭は11月後半とかなり遅めだ。今は9月半ば、そろそろ準備を始める時期みたいだ。


「で、一応聞くけどやりたい奴はいるか?」


 静まり返るクラスメイト達。部活をやってないので俺も候補な訳だが、正直やりたくない。やった事はないが、凄く大変なイメージがある。


「まあこうなるか。実行委員は生徒会と協力してやると知ってるか?お前らの大好きな瀬戸宮せとみや生徒会長や、雲雀ひばり副会長と仲良くなるチャンスかもしれんぞ?」

 

 流石担任の先生。自分のクラスの生徒達の扱いを良く理解している。一瞬皆の耳がピクピクと動いて興味を示した‥が、どこからともなく不満が漏れる。


「‥でも会長おっかねえしなあ。俺なんかじゃとても」

「雲雀先輩にはもう彼女いるし‥ねえ?」

「これもダメか。出来れば自主的に誰かにやって欲しかったが‥仕方ない。誰もしたい奴がいないならジャンケンだ」


 途端にブーイングが起こるが、先生が元ヤンを垣間見せる人睨みで一瞬で黙らせてしまった。


 まあ誰かがやらないといけないのでこれも仕方ないだろう。まずは女子から決める事に。日和、早乙女、茅野も帰宅部だ。後数人がそこに加わりジャンケンするが――


 見事、一発目で日和が一人負けを果たした‥。早乙女も茅野も、日和があまりに弱すぎて申し訳なさそうにしている。


「え?て事は実行委員になったら日和ちゃんと共同作業!?先生!俺やります!!まだ優斗と日和ちゃんは付き合ってはいねえ!!俺にだってチャンスはある筈だ!!」


 太一がそう言うと、他の帰宅部の候補達も俺も俺もと一斉に手を挙げ始めた。このまままだと日和が他の男子と一緒にいる時間が多くなってしまう。


「先生!俺にやらせて下さい!!


 俺も急いで手を挙げた。


「‥ゆうくん‥‥」


 見れば日和は涙目。横に来てピタっと引っ付いていてきて心細そうだ。前よりは俺や太一達以外とも仲良く普通に話せるようになったようだが、やっぱりまだ不安なのだろう。それにどうせやるなら、日和も俺と一緒にやりたいと思ってくれているのかもしれない。


 日和をほっとけないのもある。だが何よりそれ以上に、日和が他の男子と長く時間を過ごすことになるのが耐えられない。彼氏でもない癖に、そんな嫉妬が沸々と湧いてきた。


 せっかく友達以上に進んで、もっと一緒の時間を過ごすと決めたばかりなんだ。


 この勝負、負ける事は許されない。


 激戦。次々と闘志に燃える猛者達が一人、また一人と消えた後最後は太一との一騎打ちとなった。


「へへ、優斗。やっぱり最後に残ったのは俺達‥か」

「太一‥俺も最初からそんな気がしていたよ」

「勝っても負けても恨みっ子無しだからな?」

「勿論!この勝負だけは死んでも負けられない」


 ありったけの気持ち、魂を右手に込める。今後得られる幸運をここで使い切ってもいい。日和と一緒に実行委員をするのは、この俺だ。


「‥ゆうくん‥勝って‥」

「ああ、絶対勝つ」


 ジャンケンッ!!ポンッ!!!結果は――


 俺がパーで太一がグー。


 神様‥ありがとう‥


「‥ゆうくん!!!」

「‥日和!!!」


 緊張感が解けて天を仰いでガチ泣きする俺。あまりの激戦に感動したのかクラス内で巻き起こる拍手。悔し涙を流しつつ手を差し出す太一。頼んだぞと言う太一に俺は任せろとガシッと握手を交わす。


「私は今、何を見せられてるんだ?全くお前らは‥本当に‥いつもいつも‥」


 頭を抱えて呆れ果てる沢城先生を前に、日和と抱き合って喜びを分かち合った。


 

 授業が全部終わった放課後、俺と日和は先生に指定された教室へと向かっている最中だ。今日早速各クラスの実行委員会と生徒会の面々との顔合わせがあるらしい。


「‥ゆうくんが一緒で‥よかった‥本当に‥やっぱり‥一緒がいいから‥」

「お、おう。でもこれから忙しくなるなあ。やるからには真剣にやろうな。皆文化祭自体は楽しみにしてるだろうし」

「‥ん‥そうだね‥」


 朝の気まずい空気は何処へやら。いちいちドキドキする事を言うのはやめてほしいが、もうお互い普通に話を出来ている事に一安心する。さっきの茶番で変な空気がいい意味で無くなったみたいだ。


 そんな和やかな空気だったのに、目的の教室まで後一歩という所で聞きたくない声が聞こえてきた。伊集院の声と後一人、とんでもなく綺麗で、そして冷ややかな女子の声が聞こえてきた。


 話を聞いていると、どうやら言い争っている最中らしい。


千楓ちはやちゃん?どうしてそんなもの俺に向けるんだ?俺何かした?」

「‥去れ。私に近づくな。貴様からは腐った臭いがする」

「酷いな‥匂いには特に気をつけてるんだけど‥」

「体臭の事ではない。貴様に染みついた腐臭だ。それと馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな。気持ち悪い」

「俺君に何かした‥?」


 正に取り付く島も無いとはこの事である。千楓という女性から、伊集院への一方的な強い拒絶。


 それにしても千楓って、太一が前に教えてくれた学園の後二人のアイドルがそんな名前だったような‥。


 正直この空気の中、入りたくはないがここでずっと待機している訳にはいかない。日和と顔を見合わせた後、ゆっくりとドアを開けた。

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