第20話 友達以上、恋人未満?の関係

 ファッ!?!?!?!?!?


 朝起きたら目の前には可愛い寝顔が。顔を少し近づけば唇が触れてしまいそうな程の距離。女性特有の甘い匂い。


 あろうことか、俺はその柔らかい身体をがっしりと抱きしめながら目を覚ました。


 俺はまだ夢でも見ているのだろうか??顔をパンパンと叩いて無理やり思考を覚醒させる。思い出せ‥昨日の事を。


 寝る前に三人でゲームをして遊んで、そのまま亡くなった日和のお父さんの部屋で寝た筈だ。勿論一人で、である。それなのに、日和がどうしてここに?しかもところどころはだけており、直視出来ない姿で。え??もしかして‥‥


 ‥‥‥‥事後??


 ‥‥‥‥‥いや落ち着け。深呼吸をしろ。今大声を出したら何もかもが終わる。主に人生が。俺を信じて泊めてくれた小百合さんや、栞ちゃんに顔向けできない。


「‥ふあ‥ゆうくん‥おはよ‥」

「あの、日和さん?昨日ってその、もしかして俺達‥」


 そうこうしている間に、目を擦りながら起き上がり服がはだけた日和さん。


 その最悪のタイミングで、部屋のドアが開かれた。


「おはようございますっ!お兄ちゃーん、今日は一緒にわたあめの散歩に‥‥‥きゃああああお母さ‥!?むぐぅぅ」


 一瞬だった。気づけば運動神経も平均的な俺が、暗殺者さながらの瞬発力を発揮し栞ちゃんの口を塞いでいた。


「分かってるよね?」

「‥‥(コクコク)」

 

 ごめんよ栞ちゃん。今小百合さんに見られたら俺の人生が終わるんだ。瞬く間に犯罪者へと成り下がった俺が、目を血走らせながら飛び降りる窓を探している所に――


「おはよう優斗くん。‥‥で、一体これはどういう状況なのかしら?」


 顔を引き攣らせた小百合さんが部屋に入ってきた。半裸の日和、自らが口を塞いだ栞ちゃん。ようやく完全に脳が覚醒し自分がした事の重大性に気づいた俺は、全てを諦めて静かに床に頭を擦り付けた。


 この日この瞬間、影山優斗という犯罪者が突如生まれた。



‥‥


‥‥‥


「‥ごめん‥本当にごめんね‥ゆうくん‥」

「いや、もういいって!誤解は解けたから!だからそんな顔しないでくれ。な?」

「‥‥ん‥やりすぎちゃった‥」


 今は日和と二人きり。家が近いと言う事で、日和が俺を送ってくれている最中だ。初めは栞ちゃんも付いて行きたいと言って聞かなかったが、小百合さんが今は空気を読んで二人だけにしてくれた。 


 まさか栞ちゃんが、こんなに慕ってくれるとは思わなかったな。また今度あの子の気が済むまで、目一杯遊びに行こうと思う。今日はとても怖がらせてしまったお詫びも兼ねて、何かプレゼントしてあげないと。


 小百合さんも、最後は色々心配をかけたものの「いつでも来てね」と言ってくれたし。

 

 あの後、目を覚ました日和が別部屋で尋問されていた俺を助けてくれた事で警察に連行されずに済んだ。


 小百合さんからコッテリと叱られた日和は、すっかりアホ毛をシュンとさせてさっきからずっとこの調子だ。


 聞いてみれば何とも可愛い理由である。でもまさか、日和がこんな大胆な事をしてくるなんて。


 日和は俺にもっと意識して欲しいと言うが、正直もうとっくにしている。自分の気持ちがもっと確かになるまで、そんな事を伝えるのは反則だと思うから言っていなかっただけだ。


「‥あっ‥ゆうくん‥心配になるほど‥酷くうなされてたよ‥まだ綾瀬さんの事‥心の端っこの方で‥」

「マジで?自分では全く未練はないつもりなんだけどな」


 本当に恋愛感情はもうない。とはいえ寝ている時は、自分では分からないので日和の言っている事は本当なのだろう。


 日和の前で瑠奈の話を出来るだけしたくない俺は話を変えることにした。一番今俺が気になっている事だ。


「それよりさ、俺日和に変な事しなかったか?寝相悪いし、そっちの方が心配なんだけど」


 そう言うと、日和は顔を真っ赤にした後何故か胸を両手でパッと隠した。


「‥‥‥‥‥ん‥してない‥」

「その反応は絶対してるよなぁ!?」

「‥なにも‥ゆうくんの方から‥抱きしめてくれただけ‥」

「マジでごめん!本当に記憶が無かったんだ」

「‥ゆうくんは‥悪くない‥私の悪戯のせい‥」


 気まずい。非常に気まずい。暫く無言が続いた後、日和が恥ずかしそうに言った。


「‥でも‥全然嫌じゃなかったんだよ‥?」

 

 日和がギュッと服の裾を掴む。


「‥ゆうくんが‥抱きしめてくれて‥なんかね‥心がフワフワして‥あったかくなったの‥‥ゆうくんの方から‥してくれたの‥初めてだったから‥嬉しくて‥」


 日和はもう片方の手で、自分の胸に手を置き幸せそうにそう言った。


「‥あっ‥もう着いちゃったね‥」


 あっという間に、もう自宅の前。幸せそうな顔から、日和が途端に寂しそうに掴んでいた裾をゆっくりと離した。


 俺だって、何も考えないで抱きしめたいよ。欲望のままにそれが出来たらどれほど楽か。でもそれでいいのだろうか?


「‥また遊びにきてね‥?‥いつでも‥」


 日和が名残惜しそうに手をこちらに振っている。


 こんなに可愛いくて純粋な子が一途に想ってくれているのに、俺は何もまだ返してあげれていない。


 今仲の良い女子の中で、日和が一番好きだ。それは自信を持って言える。今だってドキドキしっぱなしで俺も離れたくなくて‥日和は本当にめちゃくちゃに可愛いくてとっても優しい子だから。


 でもこれは恋愛感情なのか?


 瑠奈とは酷い終わりになったが、付き合っている時は本当に瑠奈の事しか考えられない程に好きだった。瑠奈と別れたばかりなのに、こんなにすぐに他の人を好きになれるのか?こんなにすぐに好きになっていいんだろうか?


 浮気された夏休みが終わってすぐに日和から告白されて、毎日のように癒されてきた。どんどん自分が日和に惹かれてきているのは間違いない。


 でもまだこの感情が可愛いの先なのかわからない‥浮気されたばかりで付き合う事への恐怖感もまだある。そんな不安定な気持ちなのに、俺は無性に目の前で寂しそうに手を振る日和が急に愛おしくなった。


 恋愛感情まであと一歩なんだ。一途に待ってくれてる日和の為にも、何かと考えすぎて動かないでいる自分の為にも勇気を出して一歩前に進みたい。


 そう思うと同時に、俺は歩く人々の視線も気にせず思いっきり日和を抱きしめていた。後先考える事なく、衝動のままに。


 こんなのは日和の好意を利用した反則行為なのかもしれない。でも俺だってこの先に人を好きになるとしたら、日和以外考えられない。


「‥ゆ、ゆうくん‥!?‥どうしたの‥?」

「日和、これからいっぱい一緒に色んな所へ行こう。それでもっと日和の事を教えて欲しい。好きな事とか、嫌いな事とか何でもいい。もっと日和の事を知って、もっと日和の事を‥‥あー‥とにかく友達から一歩進みたい!!」


 俺はまだまだ日和の事を知らなさすぎる。おそらく、それは日和も。俺の事を好きだとは言ってくれるが、彼女もまだ俺の事を全然知らない筈だ。


 もっと好きになりたいから、と最後言おうとした所で辞める。それは流石に――


「‥ふふっ‥なんだか‥告白みたいだね‥でも凄く嬉しい‥」


 俺が思った事を、日和は代わりに口にした。そしておそるおそる彼女もゆっくりと俺の腰に手を回す。


「‥それって‥友達以上の‥関係になれるってこと‥?」

「うん、ダメかな?勿論キープとかいうクズな事をしたい訳じゃないんだ!俺が浮気するとかはありえないから!日和がもし他の人の事を好きになったら‥その時は‥」


 当たり前だがこんな関係は解消でいい。恋人同士でない間、日和が誰を好きになっても彼女の自由だ。だが自分の口からは言いたくなかった。出来れば俺がちゃんと返事をするまで待っていて欲しい、そんな酷く傲慢な理由で。


「‥そんな事‥あるわけないよ‥ありがとう‥ゆうくん‥今はこれで私は‥充分幸せ‥」


 日和が噛み締めるようにそう言った後、俺達は流石に恥ずかしくなってきて身体を離す。


 顔を真っ赤にした日和を見て、今更恥ずかしくなってきた俺は顔を見られたくなくて逃げるように背を向けた。


 幸い家の前だ。帰って早くベッドに飛び込みたい。今日一日悶々とする事確定だろう。


「そ、そう言う事だから!じゃあまた明日、学校で‥」

「‥待って‥ゆうくん‥!」


 背中を向けながら手を振って帰ろうとした時――


 何か柔らかいものがほっぺに触れた。


「‥もう友達じゃないから‥これくらいは‥いいよね‥?」


 耳元で甘い声で囁かれ、ほっぺに手を当てて固まってしまう俺の背後からドタドタと走り去る音が聞こえる。


「‥ゆうくん‥また明日ね‥!」


 それが日和の唇だと気づいて、振り向いた時には日和はもういなかった。

 

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