第19話 小日向日和はもっと近づきたい
◇◇◇
日和視点のお話です。
◇◇◇
「‥もう寝てる‥よね‥?」
起きられたら非常に困るなと思いながら、小声で呟いて確認してみた。
ゆうくんは既にぐっすりみたい。好きな人の寝顔を見るのは初めてで、自然と顔が綻んでいく。
でもすぐに、今日一日ほとんど栞に付きっきりだったゆうくんの姿を思い出して頬を膨らませてしまう。
妹の事は大好きだ。二人が仲良くなってくれて本当に嬉しい。‥それはそうなのだけど、やっぱり少しだけ栞に嫉妬してしまう。
(‥むう‥私がゆうくんと‥もっと仲良しになるチャンスだったのに‥‥栞とばっかり遊んで‥)
起きたりしないかドキドキしながら、ツンツンと軽く頬をつついてみる。それでも全く起きる気配がない。
(‥ふふっ、よっぽど‥疲れてるんだね‥)
告白したというのにまだ彼は全然「女性」として意識してくれていない気がする。あの時いっぱいアピールするって宣言までしたのに、恥ずかしくて今まで全然私は行動出来ていなかった。だから今日は私がいっぱいアプローチしようと考えていたんだ。
私が作ったご飯を家族皆と、とても美味しそうに食べてくれた。わたあめを栞と三人で散歩してくれて、仲良くなり方を教えてくれた。夜も結構遅くまで栞と三人でゲームをして遊んだ。
大好きな家族と大好きな人と皆で一緒に過ごす時間。本当に今日は幸せな一日‥だったんだけど――
(‥もっと‥二人だけで‥お話したかったんだよ‥?)
そう、二人っきりの時間が全然取れなかったのだ。想像以上に栞はゆうくんに懐いてしまって、空いた時間はゆうくんは栞に付きっきりだった。お母さんもヤキモチを焼く私を助けてくれるどころか、愉しんじゃっている。
せっかく今日は勇気を絞り出して、家に誘ったんだもん。覚悟を決めて何か行動しないと‥‥
私は昔から考えている事を口に出すのが苦手だ。頭では色々と考えているのに、言葉にしようとすると上手くいかない。
今まではそれでも、頑張って想いを伝えようとしてきた。私なりに一杯好きだと必死にアピールしてきたつもり。でも綾瀬さんと別れてからのゆうくんは、強がっていてもやっぱり元気がない。
ゆうくんの事を大好きな私がここにいる事を感じて欲しい。それには、言葉だけじゃ不十分‥。
そう考えた私は、こっそりとゆうくんが寝ている部屋に侵入する作戦を決行していた。これから自分がやろうとしている事を意識すると、途端に心臓のバクバクが止まらなくなる。
ゆうくんを起こさないように朝まで一緒の布団で寝て、無理矢理にでも私をもっと異性だと意識してもらうという作戦だ。
栞とお母さんがもうスヤスヤと寝息を立てているのは確認済み。あとは私が、ゆうくんの布団に忍び込むだけだ。
自分でも、大胆すぎると思う。エッチな子だと思われてしまったらどうしようと不安にもなってしまう。もしかしたら悪戯にしては大胆すぎて嫌われてしまうかもという恐怖もある。
今ならまだ引き返せるのに、どうしても距離をもっと縮めたくて私は布団に手を伸ばした。
慎重に‥慎重に‥息を潜めながら、ゆっくりと布団の中に入り込む。隣にスポッと入り込んでも、ゆうくんが気づいた様子はない。
(‥ふう‥よかったぁ‥)
作戦は大成功だ。流石にゆうくんの方を向いて寝るのは恥ずかしすぎるので、私はベッドの隅っこで丸まる事にした。
後は朝が来るのを待って、驚かせるだけ。それなのにどれだけ時間が経っても一向に眠れない。
(‥うう‥作戦の後の事‥全く考えてなかったよぉ‥)
眠るどころか、隣に好きな人がいる事をどうしても意識してしまって目は覚めるばかりだ。どうにかして心を落ち着かせようとしている時、ふと身体が優しく抱きしめられた。
「ひゃあっ!」
思わず少し大きな声を出してしまった自分の口を慌てて抑える。
「‥ゆ、ゆうくん‥?」
ドキドキしながら名前を呼んでみたけど、聞こえるのは微かな寝息だけだ。きっと寝ぼけて訳も分からず手を回しているのだろう。
(‥どうしよう‥。‥こんなの‥ますます眠れないよぉ‥)
自分の心拍数がどんどん上がっていくのが分かるんだけど、起こしちゃいそうで身動きができない。暫くそのままでいると、ふとゆうくんの手が上の方に上がってきた。
(‥!?‥そこは‥流石に‥ダメだよぉ‥)
揉まれている訳ではないが、ゆうくんの腕に私の胸はがっしりと鷲掴みにされていた。
触られて嫌な訳ではないけど、物凄く恥ずかしい。そういうのは恋人になってからじゃないといけない事くらいは私も知っている。流石にダメだと思い腕を優しく掴んで、胸からそっと離そうとした時、ゆうくんが私を離さまいというようにギュッと力を入れてきた。
(え!?ゆうくん!?‥ん‥だめえ‥)
先程とは違う揉みしだくような手に、恥ずかしさが限界になって強めに手を振り解いてしまう。
もしかしたら実はゆうくんは起きていて悪戯しているのかも?ゆうくんがそんなエッチな悪戯をするとは思えないけど‥。
ずっとドキドキが収まらない中、後ろからとても苦しそうに呟く声が聞こえてきた。
「‥なんで‥瑠奈‥」
ゆっくりと寝返りを打つと、ゆうくんが凄く苦しそうな顔をしている。
(‥泣いてるの‥?)
暗くてよく見えないが、泣いているようにも見える。その言葉と表情で、一瞬で胸が酷く締め付けられる。
さっきのは私と綾瀬さんを間違えて抱きしめていたんだ。綾瀬瑠奈さん――ゆうくんと二年以上付き合っていたのに、酷い裏切りをした人。私だってゆうくんを傷つけられて許せないんだけど‥。
(‥でも‥やっぱりまだ‥心のどこかで‥綾瀬さんが‥)
ゆうくんはもう何とも思ってない、もう大嫌いで許せないとも言っていた。それでも、そんな簡単に全てを忘れる事が出来るものではないのかもしれない。
別れは最低だったとしても、良かった頃の思い出もたくさんある筈だから。
もう綾瀬さんを好きじゃないという言葉は、本当だと思いたい。だけど綾瀬さんの存在は、形がどうであれこんなにもまだ好きな人の心に残り続けている。
酷い悪夢を見てしまうほどに。それだけゆうくんにとって、今まで大切な人だったんだろう。
どうしてあげたら、辛い記憶を無くしてあげる事ができるんだろう。
(‥私だったら‥こんな顔‥絶対させないのに‥)
私が塗り替えてあげたい。
そう思うといてもたってもいられなくなり、気づけば私は寝ているゆうくんの頭を撫でていた。
「‥ゆうくん‥私がいるよ‥私‥日和は‥ずっと好きだよ‥」
自分のしようとしていた作戦も忘れて、何度も何度も優しく頭を撫でる。すると、うなされて苦しそうなゆうくんの表情が少しずつ安らかになっていった。
「‥日‥和‥?」
(き、きゃああああああ!?流石に起こしちゃった!?)
子供をあやす様に暫く撫で続けていると、ゆうくんの目がバッチリと開いている事に気づく。
心臓が止まりそうになりながらどう言い訳しようとモゾモゾする私を、ゆうくんは一瞬笑顔を見せて私を片手で抱き寄せた。
状況に追いつけず、固まったままだったがすぐに隣からスヤスヤと寝息が聞こえてきた。まだ寝ぼけていただけだったみたい。
それにしても、ゆうくんの方から今日は二回も抱きしめてくれるなんて‥。ゆうくんの方から抱きしめてくれたのは初めてだっけ。お姫様抱っこをしてもらった事も覚えているけど、あれは咄嗟の事だしノーカウントだ。
二回とも寝ぼけている時というのはとても残念だけど、ゆうくんが私の名前を呼んで笑顔になってくれた事を思い出して心がもうポカポカしている。
(‥とっても‥あったかい‥ふふっ‥私って‥単純‥)
ゆうくんの口から綾瀬さんの名前を聞いた時は少し嫉妬したけど、今彼の腕に抱かれて凄く嬉しい。
「‥今度は‥ちゃんと起きてる時に‥抱きしめて欲しい‥」
流石に起きている時に、こんなに恥ずかしい事はハッキリと言えない。だから今、ずるいけど伝えておこうと思う。
「‥キ、キスっていうのも‥してみたい‥だから早く‥私を好きになってね‥?」
私は一体何を言っているんだろう。あまりの恥ずかしさに一人で顔を真っ赤にして、ゆうくんの腕に頭を擦り付けた。
(‥ゆうくん‥明日の朝‥どんな顔するかな‥もっと‥意識してくれるように‥なるかな‥)
ゆうくんの腕に抱かれた私は、先程までが嘘のようにその後すぐに眠る事が出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます