第18話 小日向家は姉妹揃って可愛すぎる

「栞ちゃんの目、凄く綺麗だな‥」

「‥‥え!?」


 何も考えず素直に思った事が口に出てしまっていた。褒めたつもりなのだが、栞ちゃんは何故かあたふたし始めてしまう。


「みみみ、見ちゃったんですか!?」

「え、見たけど?風が吹いてチラッと見えたというか‥。でもオッドアイなんて現実で初めて見たよ。本当、栞ちゃんに似合ってるな」


 所謂オッドアイという奴だ。アニメや漫画で見た事はあるものの、こうやって実際に目にするのは初めて。日和と一緒で美少女すぎてどこか現実味の薄い栞ちゃんに、よく似合って綺麗だなと何気なく口にしたのだが――


「‥ぐす‥見ないでぇぇ‥‥」

「え!?どうした!?なんで泣くの!?」

「優斗さんは悪くないの‥けど‥ふええええん」

「えええええ!?」


 何かの地雷を踏んでしまったのか、栞ちゃんが途端に声を我慢しながら泣き出してしまった。飼い主の異変に気付いたわたあめが、必死に栞ちゃんに寄り添う。


 まさか泣かれるなんて思ってなかった俺も、慌ててまず近くにあったティッシュで涙を拭った。相手は小学生のまだ小さい子だ。初対面なので一瞬躊躇ったものの、必死で頭を撫でてみたり背中を摩ったりしてようやく落ち着いてくれた。


 ‥俺、今犯罪者になってないよな?栞ちゃんも、俺が日和の友達だから安心してるのか、何も言わないで身を任せてはくれているが‥。


 若干の不安を覚えつつ、自分の不注意な発言に後悔する。目を隠してたんだから何か事情があるのかもと考えるべきだった。


「ごめん、もしかして学校で嫌な事言われたりした?」


 栞ちゃんはまだ少し泣きべそをかきながらも、ゆっくりと自分の言葉で話してくれた。栞ちゃん自身は生まれつきの自分の目が好きだったが、クラスメイトの女子数人から揶揄われてから前髪で隠すようになってしまったらしい。


 特にそれからいじめられたりするような悪質な訳ではないようである。話を聞けば相手の女子達もお転婆な小学生で、特に悪気も無かったんだとは思う。それでも、元々大人しい性格で友達の少ない栞ちゃんの胸には突き刺さってしまったみたいだ。


「お姉ちゃんもお母さんもお友達も綺麗だよ、気にしなくていいよっていつも言ってくれるんです。私が弱いからだめだめなんです。ごめんなさい優斗さん、初めて会ったのにいきなりダメな子で‥」

「うーん‥全然ダメな子ではないと思うよ」

「え?でも私はすぐに誰かに何か言われると自信なくなっちゃうダメな子で‥‥」

「もっと自信を持つべき、とは思うな。すぐに自分をダメな子なんて言うのも良くないと思うよ」

「うう‥‥」

「あ、ごめん。別に偉そうな事言いたいわけじゃなくて!」


 叱られてると勘違いしたのか、栞ちゃんはまた目に涙を溜め始めてしまった。当然だが、別に上から偉そうに説教をしたい訳じゃないのだ。


「ちょっと、ごめんな?」

「‥‥ふぇ?」


 多少強引になるが出来るだけ怖がらせないように配慮して、栞ちゃんの前髪に手を伸ばした。


「ななな何を!?」


 わたあめも飼い主を守るように吠えるが、俺が変な事はしないよと言うと吠えるのをやめてくれた。


「うん、やっぱり見惚れるくらい綺麗だわ」


 髪を分けると、綺麗なライトブラウンの右目とライトブルーの左目が今度はハッキリと見えた。天然物のオッドアイ。世のモデル達がこぞって羨ましがりそうな程に美しい。


 こんなにも美少女でオッドアイなんて‥‥一体何をそんなに自信を無くす必要があるのだろう。二次元から飛び出してきた子にしか思えない。もはや奇跡的ですらある。


「こんな綺麗な物隠しておくなんて、絶対勿体ないよ!しかも栞ちゃんは色白で可愛いから、とっても君によく似合ってる!保証する、栞ちゃんは将来絶対誰もが羨ましがる美人になるって!今は周りも小学生だから色々言われる事もあるかもしれないけど、少し大きくなったらきっとモテモテだよ」


 気づけば初対面の小学生の女の子を前に、俺は肩を掴んで顔を近づけて熱弁していた。


「それって‥‥あ、あう‥‥」


 栞ちゃんの顔からポッと湯気が出る。その姿を見て自分の異様なテンションにようやく気づいた。


 ‥やらかした事を思い出してみよう。


 目の前には初対面の小学生の大人しい女の子。その女の子を悪気は無いにしても泣かせたあげくに頭を撫で背中を摩っただけでは飽き足らず、勝手に前髪を掻き分けて好き勝手に熱弁して見せた。


 少しでも自信を持ってもらえたらと、感想を言うだけのつもりだったが――


 ‥これは不味い。非常に不味いぞ。いきなりこんな事よく知りもしない相手に言われて、お節介でしかないだろう。


 うん、あっという間の変質者の出来上がりだ。しかも相手は日和の妹。


 自分の顔がみるみる青くなってきた時、先ほどまで恥ずかしさでゆでだこ状態だった栞ちゃんが口を開いた。


「ゆ、優斗さんは私に一目惚れしちゃったんですか?」

「‥‥へ?」

「だってそうですよね?普通は初めて会った女の子を可愛いなんて絶対言わないですし、いっぱい色んな所を触って‥」

「待ってくれ!その言い方は色々とやばい!」

「もしかして優斗さんは変態さんなんでしょうか?本で読んだ事があります。こういうのは確かロリコ――」

「すみませんでしたああああ!!」


 今すぐに床に頭を擦り付けようとしたが、栞ちゃんが慌ててそれを止めてくれた。

 

「待ってください!冗談ですよ?‥だって私だけ顔真っ赤でドキドキして‥不公平だから、ちょっと意地悪しちゃっただけです」

「でも、かなり馴れ馴れしかったと自分でも思うわ‥。本当にごめん」

「わかってますよ。励まそうとしてくれたんですよね?」

「まあ、そうなんだけど‥」

「ふふっ、ありがとうございます」


 情けない返事をする俺に、栞ちゃんはやんわりと微笑む。笑った時の口元は日和とそっくりでまた可愛い。


 それだけに目元が見えないのが、残念でならない。


「私、年上の男の人と話した事がほとんどないんです。お父さんは私が生まれてすぐに死んじゃったし、今日だってお姉ちゃんを助けてくれた人だから大丈夫だって思っててもやっぱり少し怖くて‥‥」


 そうだよな。いくら日和から話を聞いていても、年上の男がいきなり家に来たら女の子は不安だろう。


「同級生の男の子達とも全然話せなくて、家族とこの子だけが私のお話相手なんです」


 そう言って栞ちゃんは、大人しく俺たちを見守っていたわたあめを膝の上まで抱き上げた。


 ハッハッと気持ちよさそうに撫でられているわたあめを見て本当に仲良しである事が伝わってくる。


「でも気づいたら初対面の筈の優斗さんに、こんなにも普通に話せちゃってる‥。お姉ちゃんが、優斗さんを優しいっていつも言ってる気持ちが少し今日分かった気がします。やっぱりこの子が懐くくらいだもん。ふふふっ、私安心しました。お姉ちゃんが好きな人が怖い人じゃなくて」

「そう言って貰えて嬉しいんだけど、マジで何も大した事してない気が‥。でも怖くはないと思うからそれだけは安心して欲しいかな」


 やった事と言えば小学生を口説いていただけのようなものだが、ここは余計な事を言わないでおこう。とりあえず、怖い人ではないと思って貰えただけでありがたい。


「それにしても栞ちゃんって本当に小学四年生?めっちゃ話し方とかしっかりしててびっくりしてるんだけど」

「そうですか?お姉ちゃんが私より普段は子供っぽいから、私がしっかりしてるように見えちゃうのかもですね。でもお姉ちゃん、いざという時は凄い頼りになるお姉ちゃんなんですよ?」


 日和の事を話す栞ちゃんは、どことなく嬉しそうだ。しばらく日和の話をして盛り上がった後、栞ちゃんは何故か少し言いにくそうに急にモジモジし始めた。


「あの‥優斗さん、少しお願いしてもいいですか?」

「お願い?いいよ、言ってみて。あっ、でもお金以外で頼むぞ??」


 軽い冗談を入れてそう返すと、栞ちゃんは真っ赤になった頬を隠すようにわたあめを顔まで持ち上げて言う。こちらから見れば、まるでわたあめが喋っているみたいだ。


「‥優斗さんが嫌じゃないなら、お姉ちゃんの家にまた遊びに来るついでに私の相手もしてくれませんか?」


 可愛すぎて思わず大声で叫びたくなるが、ここは抑えて真面目に応えよう。


「勿論だよ!俺だって栞ちゃんと仲良くなりたいし」

「嬉しいです‥。あと一つだけいいですか?」

「もう何でも言ってくれ!今なら何でも聞いてあげちゃう!」

「‥優斗さんをお兄ちゃんって呼んでもいいですか?」

「勿論いいよ!!」

「えへへ。これからもお話してくださいね。お兄ちゃん?」

「可愛すぎるだろおおお!!!」


 やっぱり我慢なんて出来る筈もなく‥人様の家で大声で叫んでしまう俺。これはもう致し方ない事だと思うんだ。


 兄弟が欲しい、と時々思う事はあった。栞ちゃんみたいな良い子が妹のような存在になってくれるなら、そりゃあ俺だって嬉しい。


「日和来てー!!大事件発生!!優斗くんが栞を早速口説いてるわよー!!」

「うわあ、え、ちょ‥小百合さん!?いつからそこに!?違いますってこれはそのーー」

「あははは!優斗くん慌てすぎよ?大丈夫、日和からお願いしてる所からちゃんと見てたわ」


 どうやらこっそりと俺たちの様子が気になって部屋の隅から見られていたらしい。


 小百合さんが呼んだ後すぐに、日和がもの凄い速さで駆けつけてきた。まだ料理の下準備の途中だったのだろう。おたまを持ったまま小百合さんと栞ちゃんの前にも関わらず、勢いよく抱きつかれる。


「‥口説いちゃダメだよ‥ゆうくんは‥私が好きなんだもん‥」

「日和っ!誤解だから!」

「あらあら〜母親の前で‥。熱いわね二人とも」

「ちょっと小百合さん!栞ちゃんも笑ってないで日和にちゃんと説明してくれ!」


 小百合さんと栞ちゃんに誤解を解いてもらい、日和はようやく身体を離してくれた。


「優斗くん、明日は何か予定あるの?」


 一頻り笑い終えた後、小百合さんが唐突に質問してくる。


「いや‥特にないですけど」

「そ。なら泊まって行きなさい。日和から聞いたけど、一人暮らしなのよね?明日も学校は休みだし丁度いいわ」

「えええ!?でも男がいくら友達といっても、女子の家に泊まるのは流石にやばくないですか?」

「優斗くんは、私がいるのに日和や栞に手を出そうと考えているのかしら?」

「いやいや、そんな事絶対しないですけど!!!てか、絶対愉しんでますよね!?」

「じゃあ決まりね!!部屋はパパが使ってた所が空いてるし、そこを使ってちょうだい!」


 ケラケラとまた愉しそうに笑う小百合さんは、その見た目の若さと悪戯好きな性格が相まって日和達のお姉さんに見えてしまう。


 でも本当にいいのだろうか?流石に泊まるのは日和と栞ちゃんだって――


「‥ゆうくんと‥夜も一緒‥?‥嬉しい‥!」

「これでお兄ちゃんともっといっぱいお話できますね!」


 ワンっ!ワンっ!


 ‥どうやら二人と一匹も物凄く歓迎してくれているようである。


 こんな嬉しそうに言われて俺が断れる筈もなく、お言葉に甘えて今日は泊まらせて貰う事にした。

 

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