第17話 ようこそ小日向家へ

 やべえ、なんか物凄く緊張してきた。


 日和の家は目の前。約束した時間まであと5分だ。時間に遅れる事なく早めに来たのはいいものの、俺は先程までずっと日和の家の近くを行ったり来たりしていた。


 これではまるで不審者である。


 瑠奈の家には行ったことがあるので、女子の家に行くのは初めてではない。にも関わらず、昨日の日和の言葉を思い出してチャイムを鳴らすのを緊張で尻込みしてしまう。


 未来の彼氏を紹介するとか言ってたし、日和は一体どんな話を家でしてるんだろう。めちゃくちゃハードル上がってたりしないよな‥。


 てか日和にお父さんはいるのだろうか。日和は妹とお母さんの話はよく聞いてるけど、もし厳しいお父さんなら怒られないだろうか‥と色々不安を巡らせていると頭上から声が聞こえてきた。


「‥あ‥ゆうくん‥!!」


 見上げると、2階の窓から見知った可愛い顔を覗かせている。


「悪い、ちょい早かったか?」

「‥ううん‥待ってたよ‥今行くね‥!」


 バタバタと走る音と、何やら家の中で騒がしい会話が聞こえた後にドアが開かれた。玄関では日和と、日和をそのまま大人にしたような美しい女性が笑顔で迎えてくれた。髪色だけは栗色で日和とは異なるが、顔立ちは日和と非常によく似ている。


「‥ゆうくん‥いらっしゃい」

「いらっしゃい!貴方が優斗くんね。娘から話を毎日いっぱい聞かせて貰ってるわ。初めまして、日和の母です」

「は、初めまして。こ、こんにちは。影山優斗です。娘さんとは、その、仲良くさせて貰っています。えっと――」


 何て言えばいい?おばさん?いや、見た目が異様に若々しいのでその呼び方は躊躇ってしまう。日和のお母さん?‥でいいのだろうか。


「普通におばさんでいいわよ?でも、やっぱり小百合さんの方が嬉しいかしら」

「‥分かりました。よろしくお願いします。小百合さん」


 日和のお母さんは小百合さんと言う名前らしい。自分が恥ずかしくなるほど、緊張している俺を見て小百合さんは優しく微笑んだ。


「そんなに緊張しなくて大丈夫よ?私も日和の恩人の貴方にすっごく会いたかったのだから。さっ、中へ入ってきてちょうだい」


 早速リビングまで案内され、テーブルの席に座らせてもらう事になった。向かいには日和が座り、小百合さんは今お茶を準備してくれている。


 日和は学校では見れない可愛いらしい部屋着で、しかもまだ夏過ぎだからか薄着だ。体勢を少し変えるだけで豊満な胸の谷間が見え隠れしており、どうにも目のやり場に困る。


「‥妹は‥心の準備が出来たら‥挨拶しに来るって‥わたあめと‥」

「わたあめ?妹はわたあめが好きなのか?」

「‥違う‥犬の名前‥ポメラニアン‥私がつけた‥。‥引き取ったのは最近‥懐いてくれたら‥言おうと思ってたんだけど‥まだ日々苦戦中‥栞とお母さんにしか‥何故か懐かない‥私も‥大好きなのに‥」


 日和のアホ毛がしゅんと項垂れる。よく分からんが知らない間に家族が増えていたみたいだ。自分だけ懐かれなくて恥ずかしかったから、話してくれてなかったのかもしれない。


 日和を動物に例えるなら前から絶対ポメラニアンだと思っていたが‥。今から日和がその子を抱いている姿を想像して頬が綻んでしまう。絶対可愛いに違いない。


 日和からわたあめと仲良くなる為の日々の奮闘話を聞いていると、小百合さんが茶菓子を持ってきてくれて日和の隣に座った。


 有り難くまずはお茶を頂く事にする。緊張のせいか、先程から喉がカラカラだ。


「凄いわね。日和が男の子と仲良くしてる所なんて優斗くんが初めてよ?で、二人はどこまで進んでるの?もうキスした?それとも――もうえっちした?」


 日和と一緒にお茶を盛大に吐き出した。お互いの顔が互いに吐き出したお茶でベトベトである。


「‥ちょ‥お母さん‥!‥まだゆうくんとは‥付き合ってない‥!」 

「あら、そうだったの?意外ね。あれだけ毎日好き好き聞かされてるからてっきりもう‥。昨日だって外堀から埋めるんだって言ってて‥この子本気なんだって私感心――」

「わーー!わーー!そんな事言ってない!ゆうくん今すぐ耳塞いで!お願いだから!!」


 いつもの独特の間もなく涙目で日和はお母さんの口を必死で塞ぐ。


 こんな大声を出す日和を見るのは初めて。日和と俺は二人して耳元まで真っ赤っ赤だ。


 家で俺の事を話している事は知っていたが、そんなに好き好き言ってくれてたなんて‥。


「別に恥ずかしがらなくていいじゃない。もう想いは伝えたんでしょ?」

「‥うぅ‥そうだけど‥お母さんの‥ばかぁ‥」

「小百合さん、その辺で‥。恥ずかしくて俺が死にそうです」

「そう?しょうがないわね。優斗くん、この子をどうかお願いね?‥この子の気持ちに応えるかどうかは貴方しか決められないけど、傷を残す事だけは止めてあげてね?」

「はい、分かっています」


 言った張本人の小百合さんは反省している様子もなく、悪戯っ子のように笑っていた。大人しめの日和とは違い、相当豪快な性格みたいだ。


「ふふっ、ごめんなさい。二人を見ているとラブラブだったパパとの生活を思い出してしまって‥一番言わなくちゃいけない事を先に言わないとなのに」

 

 そう言うと小百合さんは悪戯っ子の表情から一変、子を想う母の真剣な顔で俺の目をしっかりと見つめた後、立ち上がって深く頭を下げた。


「あの時日和を助けてくれて、本当にありがとう。貴方には感謝してもしきれないわ」


 突然の事で驚いたが、俺もその真剣な気持ちに応えようと立ち上がって頭を下げる。


「いえ、日和が無事で本当に良かったです。あの時は自分の無力さをただ責めていましたが、今は助けられて本当に良かったと思ってます。それに僕だって、日和が勇気を出してあの日の事を話してくれたからトラウマが自信になりました。ありがとうございます」


 顔を上げると小百合さんが目を丸くしていた。


「影山くんからお礼を言われる事なんて‥」

「‥ん‥お母さん‥ゆうくんは‥こういう人なんだよ‥」

「‥本当によかった。日和の好きな男の子が優しい子で。今日貴方に会うことが出来てよかったわ」

 

 小百合さんは、その後色んな話をしてくれた。あの日の後、警察の捜索で日和を襲った犯人が捕まった事から家庭の事まで。


 小百合さんは初対面で家庭の事まで話すのを遠慮していたが、俺が日和に関する事を聞いておきたかったのでお願いした。


 どうやら日和の銀髪はお父さん譲りで、そのお父さんは日和の妹のしおりちゃんが生まれて間もない頃に病気で亡くなっているらしい。父親の話をしなかったのはその為だったみたいだ。


「‥あ‥ゆうくん‥後ろ‥栞‥来たよ‥」

「あら、ほんとね。優斗くん、栞は本当に人見知りで極度の恥ずかしがり屋な子だから優しくしてあげてね?貴方なら心配無さそうだけど」


 後ろに視線をやると、おずおずとゆっくり小さい女の子が歩いてきた。この子が日和の妹の栞ちゃんか。日和と同じくお父さん譲りの透き通るような白い肌に銀髪。おそらく日和と同じくとんでもない美少女だろうのに、どういう訳か目がほとんど見えないほど前髪で隠れており顔がよくわからない。


 ワンっ!ワンっ!


 女の子は両腕に優しく子犬のポメラニアンを抱いていた。この子犬がさっき日和が言っていたわたあめだろう。


「すう‥‥‥初めまして。妹のしおりです。あのあの!お姉ちゃんを救ってくれてありがとうございました!!この子の名前はわたあめです。やんちゃだけどいい子です。私の好きな事は本を読む事です。小学4年生でしゅ‥‥あっ‥‥うう‥」


 栞ちゃんは深呼吸した後、早口でお礼と自己紹介をまくし立てた。どうやら小百合さんの言うとおり相当人見知りの子のようである。噛んだのが相当恥ずかしかったのか、子犬を上に持ち上げて必死に顔を見られないようにしている。


「栞ちゃん、だね。日和の‥君のお姉ちゃんの友達の影山優斗です。これからよろしくね」


 出来る限り警戒されないように優しく言うと、栞ちゃんは恥ずかしがりながらも頷いてくれた。


「わたあめも、よろしくな!」


 そう言った瞬間、栞ちゃんの腕から子犬が暴れ出してこちらに駆け寄ってきた。


 ワンっ!ワンっ!


 少し興奮しているようにも見える。この子にとってはいきなり家に上がってきた俺は異端だ。もしかしたら家族を守ろうとしているのかもしれない。


「影山くん、気をつけて!」

「わたあめ、駄目だよ!」

「‥ゆうくん‥わたあめは栞とお母さん以外には‥誰にも懐かない‥何故か私にも‥」


 三人がそう言って必死で捕まえようとしてくれたが、俺は冷静にわたあめにゆっくりと下から手を伸ばした。


「大丈夫ですよ。昔から動物にだけは何故かすぐに好かれるので」


 ガルガルと興奮気味のわたあめを、顎から優しく撫でる。


「大丈夫‥大丈夫だよ、わたあめ。ごめんな、いきなり変な奴来てびっくりさせたよな」


 最初は唸っていたわたあめだが、次第に撫でる腕をペロっと舐めた後に大人しくなった。どうやら敵意が無いことは伝わったみたいだ。


 撫で続けていると、わたあめは次第に尻尾をゆっくりと振り始める。


「優斗くん、凄いわ!」

「うそ‥わたあめが!?」

「‥私にも‥触らせてくれないのに‥!」


 何だか照れ臭い。唯一の俺の特技みたいなものだ。幼い頃から、何故か動物にはよく好かれる。


「私とお母さん以外にこの子が懐いたのは、影山さんが初めてです‥!」


 特に栞ちゃんがわたあめの懐いている様子に驚いていた。


「小さい時から、動物には何故か好かれるんだ。それにしてもこの子、めちゃくちゃ可愛いな‥」


 もはやさっきのガルガルはどこへ行ったのか、わたあめは撫でられるがままお腹まで見せていた。どこもかしこもモフモフで非常に触り心地がいい。


「‥ゆうくん‥ずるい‥私もモフモフしたい‥」

「後で一緒に遊ぼうな?日和とも絶対仲良くなれるよ」


 その後栞ちゃんを含め、四人で少し話をした後日和と小百合さんが夕飯の下準備をしに行ってしまった。どうやら、日和が今日は俺の為に夕飯を作ってくれるらしい。


 小百合さんが仕事で帰れない時は、日和がこの家の食事当番みたいである。正直、一人暮らしだとやっぱりどうしてもカップ麺とかが多くなるので非常に助かる。


 それに日和の手料理とか、最高すぎる。


 今はというと‥日和の下準備を待っている間リビングのソファーで栞ちゃんと二人きりだ。正確には栞ちゃんがわたあめを抱いているので二人と一匹だが‥何を話そうか。


 正直俺には兄妹がおらず、小学生の女の子と何を話せばいいか分からない。


 それでも人見知りな栞ちゃんにまで気まずい思いをさせる訳にはいかず、とりあえずわたあめの事を話そうとしたその時――


「きゃっ」


 窓から強めの風が吹いて、隠されていた栞ちゃんの目が露わになった。


 見間違いではない。綺麗なライトブラウンの右目とライトブルーの左目が僅かな間だったがハッキリと見えた。

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