第16話 影山優斗の周りは今日も温かい
「よっしゃお前らっ!約束通り今日はみんなでカラオケ行くぞおおお!!!
「「おー!!!」」
「‥ん!」
金曜日の放課後、太一のいきなりの号令に早乙女、茅野がノリよく応える。日和も心なしかいつもよりテンションが高い。
「え、そんな約束してたっけ?」
「今さっき話し合って決めた!喜べ優斗!第一提案者は何を隠そう我らが日和ちゃんだ!!」
「‥ゆうくん‥いつも通りに見えて‥やっぱり元気ない‥私には分かる‥」
「そういう訳で、俺らもお前にいつまでもそんな辛気臭い顔されてたらたまらないんだわ!ちなみにお前には拒否権一切無しな?姫野先輩は優斗が電話して呼んでくれ」
「すまん、優斗。俺は今日部活にどうしても行かないといけなくてな。また今度男だけで話をしよう」
「あ、ああ‥ごめん皆。気を使わせて」
「馬鹿野郎!お前の為じゃねえよ!俺が姫野先輩と遊びたいんだッ!!」
どうせ俺は帰宅部だし、太一達の勢いに圧倒されて頷く。皆には瑠奈と別れた事は既に話してある。
あの日から早いものでもう金曜日。別れを切り出した事は当然だと思ってるし未練もない。だがあの日から一週間近く経っているというのにまだ瑠奈は登校していないようなのだ。
もっとヒステリーを起こされると思っていたが最後に見た様子がアレだ。正直気にならないと言えば嘘になる。かといって酷い裏切りをされてこちらから連絡する気になれる訳もなく‥何とも複雑な気持ちだ。どうでもいい筈なのに、どこかヤキモキしている。
顔に出さないように最大限気をつけていたつもりだったが皆にはお見通しだったみたいである。
恭二が部活に行った後、姫野先輩に電話をかける事にした。案の定、既に姫野先輩はウチのクラスに物凄く馴染んでいる。というかもう大人気だ。先輩も居場所が出来て相当嬉しいようで、最近では休み時間の度にこっちに遊びに来る事も多い。
俺も全てを話して、会ったばかりの頃よりさらに先輩と気軽に話せる関係になっていた。
何よりも先輩と俺たちが出会って二週間経った一番の大きな変化は――
「‥ゆうくん‥胡桃ちゃん‥来る‥??」
「今から呼んでみるよ」
「‥ん」
そう、日和が姫野先輩にめっちゃ懐くようになった。初対面あれだけ警戒していたのに、今ではすっかり仲良しである。先輩が日和を可愛がるだけではなく、ちゃんと対等な友達として接しているからだろう。元々面倒見のいい裏表のない性格で、変態度は相変わらずだが先輩が分別を弁えるようになった事も大きいと思う。今では日和の先輩の呼び方も胡桃ちゃんに変化する程に懐いている。
今では校内で仲良く二人で歩いたりする様は男子達の視線の的となっていた。
ちなみに今では、友達として太一達とも日和はもっと仲良しになっている。前に少しアドバイスをしたら「妹みたいじゃなくて、ちゃんと友達として接して欲しい」と皆にハッキリ伝えたようだ。俺はその場にいなかったが太一の話に寄ると、特に日和を可愛がっていた早乙女は嬉しすぎてガチ泣きしていたようだ。
電話をかけると、姫野先輩は驚くほど早い速さで出てくれた。
「もしもし先輩?今日皆でカラオケ行くんですけど一緒に行きませんか?」
「行くよ!すぐ行くよ!!お姉さん皆と遊びに行くとか久しぶりなんですけどおおおお!で、どこ行ったらいい!?」
「‥校門前集合でお願いします」
「分かったわ!てかてか〜もう『友達』のお姉さんに敬語なんかいらないっていつも言ってるのにぃ。キミって本当にシャイなんだから。ふふふ、優斗く――」
話が長くなりそうなのでそのまま電話をブチ切りする。
「日和、先輩来てくれるって」
「‥やった‥!!」
姫野先輩が来ることを伝えると、日和が見惚れる程の笑顔を見せてくれた。
皆で校門前まで行くと、先輩は既に待っていた。嬉しそうに手を振る先輩に日和がトコトコと駆け寄っていく。
「‥胡桃ちゃん‥!」
「日和ちゃん!昼休みぶりね!さっきよりも可愛くなってない?」
もう何回見たか分からない二人のハグ。先輩の鼻の下は僅かに伸びてはいるものの、前のようにセクハラをする様子はない。愛おしい存在を抱き抱えるように大きな胸に日和の顔を埋める。
俺としても二人がここまで仲良くなってくれたのは嬉しい。皆で微笑ましく見守っている中、空気の読めない馬鹿がいた。
「‥なあ優斗?俺も先輩の胸に埋まりたいんだがどうしたらいい?‥やっぱり美少女に生まれ変わるしかないのか?クソッ‥何で俺は男に‥‥でも男じゃないと‥‥ああ‥‥」
「気持ちは分かるぞ。俺もいつも目のやり場に困るんだよ‥だが言うな‥太一‥」
「‥全くこのスケベ男共は」
「台無しじゃない‥バカ」
何故か俺までジト目を向けられながらも、気にせずカラオケに向かった。学園からそう遠くない目的地のカラオケ店は他の生徒達も利用している。アイドル二人を連れている事で嫉妬の視線を受けながらも、待ち時間もそこそこに俺達は部屋に入る事ができた。
歌う順番は無難に時計回りで太一、茅野、早乙女、姫野先輩、俺、日和の順である。勿論俺が今日一番楽しみにしているのは日和の歌声だ。姫野先輩がどんな歌を歌うのかも気になる。
先方の太一の歌は正直上手くはないが、底抜けの持ち前の明るさのおかげで全く気にならない。次に茅野が意外にもハードロックを上手く歌い上げ、早乙女も続けて今流行ってるポップなダンス曲を歌い上げ場は大いに盛り上がった。
「次、先輩ですね!俺、姫野先輩の生歌聞けるなんてマジ感激っス!」
「太一くんはいつも嬉しい事言ってくれるわね!よーし、超がんばっちゃうぞー!」
やけに姫野先輩をおだてる太一に、茅野が少しムッとしたように見えるのは気のせいだろうか。
ともあれ次は姫野先輩の番。正直に言おう。俺は先輩はかなり下手っぴだと踏んでいる。普段のおチャラけた先輩を知っているからか、どうにもその方がしっくりしてしまうのだ。
だが、その予想は綺麗に外れた。
誰もがいつまでも聞いていたいと思わせるような艶のある美声と、その声に負けない歌唱力。他の皆も同じ気持ちなのだろう。その場にいる誰もが聞き入って口をあんぐりと開けたままになってしまう程であった。
まさか姫野先輩にこんな特技があったとは‥。
ふぅーっと気持ち良さそうに歌い終えた先輩は、俺たちの様子に気付き急にわたわたと焦り始めてしまう。
「あ、あれ?み、みんなどうしたのかな?お姉さん、ちょっとばかり歌に自信があったりしたんだけど‥。もしかしてまた私、何かやっちゃった‥??」
「とんでもない!下手だと勝手に思ってた俺を許して下さい!歌上手すぎます!」
「先輩‥感動ッス!絶対歌手目指した方がいいですよ!!正直、舐めてました!すいません!」
「めっちゃ下手だと勝手に思ってた〜。でも凄すぎて私超感動しちゃった!!」
「私も悪いですけど、めっちゃ下手だと思ってたわ‥。まさかここまで上手いなんて‥」
「‥ん‥考えもしなかった‥最高‥」
「私今褒められてるのよねえ!?一体普段の私はみんなにどう思われてるのか、一人一人聞いてみたくなったんだけど!?!?」
褒められてるのに、涙目になる先輩はいつもの残念な先輩だが歌の実力は紛れもなく本物であった。
みんなで先輩をヨイショして泣き止ませつつ、次はいよいよ俺の番である。先輩の後は気が引けるが、結果はというと――
「まあ、普通だな!」
「うん普通だね。影っち、どんまい!」
「悪くないんだけど、先輩の歌の後だとちょっとね‥可も無く不可もなくというか‥」
「皆容赦ないわね!?でもアレよ、うんアレ‥最後のめっちゃ苦しそうに歌ってた所、ライブ感があって凄い良かったわよ!」
「酷い言われようだな!」
うん、分かってたよ?思った通りのこの言われようである。てか先輩‥それ褒めれてないですからね?単に声出なくて上擦ってただけですから!
「‥ゆうくん‥凄くカッコよかったよ‥」
そんな中、一人だけ優しい言葉をかけてくれたのが日和だ。伸びた手を引っ込める事が出来ず、日和自ら差し出してきたので思わずみんなの前で頭を撫でてしまった。『対等』に扱われたいという日和だが俺や女友達から撫でられたり、抱きしめられたりする事は別みたいで、いつも目を細めて凄く嬉しそうにする。
今も頭の上のアホ毛はブンブンである。
流石にもう皆も見慣れた様子で何も言ってはこないが、いつまでもこうしてはいられない。名残惜しいが日和の頭から手を離す。
次は一番楽しみにしていた日和が歌う番だ。日和の歌唱力はどうなんだろう。正直全く予想できない。ただ声は相当可愛いので、どうしても期待はしてしまう。
「‥この歌‥妹が大好き‥私も今ハマってる‥」
日和が選んだのは、朝やってる少女向けのアニメの主題歌だ。俺もたまたま見た事があるが、結構面白かった記憶がある。
この曲なら日和の可愛いらしい声と合いそう――
‥と思っていたが、開幕早々に見事にその予想は裏切られた。しかも姫野先輩みたいに良い意味ではなく、悪い意味で。
声は透き通っていて非常に綺麗で可愛らしいのだが、なんて言うか全く抑揚がないのだ。明るい曲調と合間ってシュールさがもの凄い。音程も外しまくっており、正直もはや原曲が分からなくなってしまっている。
姫野先輩とは違う意味で皆が口をあんぐりとしている中、日和がドヤ顔でやり切った感を出しながら歌い終わった。
「‥ゆうくん‥どうだった‥?」
「あ、ああ‥。個性的でよかったぞ?」
「‥‥‥本当に?」
そうだった‥日和は妹やアイドルみたいな扱いをされて、遠慮される事を嫌っている。それをよく知ってる俺が変な遠慮をしては駄目だ。
「すまん、正直超下手くそだった!俺が知ってる奴の中で一番下手だと思う」
「‥むぅ‥言い過ぎだよ‥?‥ふふ‥でも‥正直者‥」
日和は下手だと言われたのにも関わらず、とても嬉しそうにポカポカと胸をたたく。やはり正直に答えた方が良かったようだ。
その姿を見て、みんなも友達の日和に遠慮はいらない事を思い出したのだろう。口々に皆が日和を下手だと茶化し始めた。そんな日和は口では不満を言ってはいるが、とても嬉しそうでこちらまで嬉しくなってしまう。
なんて言うか、日和が望んでいた対等に接してくれる友達が増えるのが嬉しくて‥それが俺の好きな友達や先輩なんだからこんなに嬉しい事はない。
その後も日和とデュエットしたり、先輩と日和が太一達の要望でアイドルソングを歌ったりして心ゆくまで楽しんだ。
散々歌った後はファミレスにでも行くつもりだったみたいだが、みんな結構疲れていた事もありカラオケのメニューで済ませてしまう事に。
夕飯を食べ終えた頃に終了時間になり、皆で会計を済ませて外に出た。
今日はみんなの気遣いのおかげで凄くストレスが発散できた。せめてものとして、流石に皆の分を強引に奢らせて貰うことにした。
帰り道は俺と日和だけが最後まで一緒で、他の四人とは別方向だ。別れ間際、突然さっきまで他愛もない会話をしていた太一が真剣な表情で向き直る。
「なあ優斗、あんま色々気にすんなよ。少なくともお前は被害者なんだからな」
「そうだよ影っち。ちょっとくらい綾瀬さんに病んでもらってもバチは当たらないと思うよ」
「てかそもそも気にする必要あるの?私だったらもう浮気した奴の事なんて考えたくもないかなー」
「お姉さんも綾瀬さんには激おこよ!私は優斗くんに断固として味方するわ!」
「‥なあ、俺マジで皆の事抱いていいか?さっきから胸が高鳴ってしょうがないんだ」
皆は真面目モードの時、本当泣かせに来るから困る。
冗談半分、本気半分でそう言うと、本気でみんなドン引きながら逃げるように帰っていった。
‥本当俺、周りに恵まれすぎだろ。前世で一体どんな徳を積んだんだ?正直憎しみはあれど、悲しみはみんなのおかげでもうほとんどない。
俺一人だけじゃ間違いなくここまで早く夏休みから立ち直る事は出来なかった。いくら日常をいつも通りすごそうと意気込んでいても、いつか身体に異変が起きていただろう。
皆には、本当に感謝してもしきれない。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
「‥ん」
二人でゆっくりと帰る途中、日和が左手をコツコツと俺の右手に当ててきた。いつもの手を繋ぎたいという合図だ。
「本当に甘えん坊だなあ」
俺は日和の小さな左手に手を伸ばした。
「‥落ち着く‥」
瑠奈と別れた今、もう何の躊躇いもない。そもそも恋人でもないのに同級生と手を繋ぐなんて世間の常識ではおかしいのだが、日和が望んでいるので大丈夫な筈だ。
それに日和とこうしていると、俺も凄く落ち着いた気分になれる。
「日和、ありがとな。日和が今日のカラオケ提案してくれたんだろ?」
「‥ん。‥私も‥とても‥楽しかったから‥」
「でも日和って歌下手なのに、どうしてカラオケなんだ?」
「‥むぅ‥ふふっ‥いじわる‥」
少し悪戯心でそう言う俺に、日和は一瞬頬を膨らませた後すぐに微笑んで訳を話してくれた。
「‥妹が‥落ち込んでる時‥私が歌うと‥笑ってくれる‥」
「それで俺を笑わせようとしてくれたのか」
「‥ん」
どうしても学園では子供っぽい印象を抱いてしまうが、家ではちゃんとお姉さんなんだな。自分の歌が下手なのを知っていて、俺を励まそうとしてくれたみたいだ。少なからず皆の前で歌うのは恥ずかしい気持ちがあっただろうに。
するとまたもや抑えきれない胸の高鳴りが。俺は先ほどの過ちをまた繰り返す。
「‥なあ、抱いていいか?」
「‥ん。‥いつでも‥」
途端に日和はバッと手を離して、待ってましたという勢いで両腕を広げる。物凄く勘違いしている。この手のノリは純粋な日和には駄目だったのかもしれない。
「ああー‥。すまん、そういう意味じゃなかったんだが‥」
「‥?」
日和はしばらく目に?を浮かべていたが、少しして顔を真っ赤にした後両腕で自分の体を抱きすくめた。
どうやら意味を理解したらしい。
「‥ゆうくんの‥えっち‥」
「ごめん!そんなピュアな瞳で俺を見ないでくれ!」
しばらく顔を真っ赤にしたままお互い帰り道を歩く。どこからともなくお互い笑いあってまた手を繋ぎ始めた。
「‥ゆうくん‥明日は‥暇‥?」
「ああ、暇だよ」
それってもしかして、デートの誘い!?平静を装ってはいるが、もう胸はドッキドキである。
「‥よかった‥私の家に‥来ない‥?」
「‥‥‥へ?」
まさかのデートどころの話じゃなかった。それってまさか‥‥。待て待て流石にそれは駄目だ。俺たちはまだ付き合ってすらいない。
「‥私を助けてくれたお礼を‥家族みんなが‥どうしても‥言いたいんだって‥今までは‥私が止めちゃってたから‥今頃になって‥ごめんね‥」
「そんな!全然いいのに!」
良からぬ妄想をしていた俺だったが、日和の意図を理解して一度平静に戻る事が出来た‥が――
「‥それに‥未来の彼氏を‥ちゃんと両親に‥紹介しなきゃ‥」
頬を紅く染めながら言う日和に、またすぐにドキッとさせられる事になった。
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