第13話 姫野胡桃は胸中を明かす
食事をしながら、少しずつ姫野先輩は自分の悩みを打ち明けてくれた。日和は既に家に連絡済みのようで、俺も今は一人暮らしだ。時間には余裕がある。
店員のおばあさんに「ゆっくりしていってね」というお墨付きも貰った事で、日和と二人で先輩の話を最後まで聞く事にした。
悩みを話す先輩は出会った頃のテンションが嘘のように、今はショボンとしている。表面上は持ち前の明るさで元気そうに見えても、内心はとても落ち込んでいたのだろう。
今まで話してくれた内容はこうだ。
小学生まで先輩は少しばかりお調子者ですごく明るいだけの女の子だった。だけど中学に入ってから周りからチヤホヤされ始め、高校に入ってからアイドル扱いされた事でどんどん調子に乗っていったらしい。
さらには毎日のように告白され「あれ?私って超可愛いんじゃね?」と完全に自覚。その後は元々お調子者だった事も相待って悪い方に日々無双したそうだ。結婚したいと思える人以外とは付き合わないという意外と乙女な先輩は、連日告白してくる男子をバッタバッタと薙ぎ倒し、ハイテンションな言動と自分が可愛い事を自覚した発言で女子達からも一歩引かれる存在となってしまう。
今では「遠くで見ている分にはマジ大天使」という事で、生温かい目で生徒達から見守らるようになってしまったらしい。
そんな寂しい生活をしている時に声をかけてきたのがあの男、伊集院翔である。久しぶりに他の人に声をかけられて嬉しくなった先輩は、夏休み後半に一度デートの誘いに乗ってしまった。そこで伊集院が自分の身体目当てだと知った後は、その場で全力逃走。そんな事があって間もない時に、俺が話しかけてしまった為に異常に警戒されたという訳だ。
それは本当に申し訳ない。聞いた先輩の境遇も確かに可哀想‥なんだけど――
「‥半分以上‥自業自得‥‥」
「うう‥ごめんなさああああい!」
日和さん‥かなり深い所エグったな‥
「私も反省してるんだけど、中々自分では性格治らなくて‥逆に今度はたまに話しかけられても自分が警戒しちゃってええええ!どんどん一人になっちゃってええええ!うわあああああん」
「‥よしよし‥とっても辛かったんだね‥‥」
「ぐず‥ありがどう‥!びよりぢゃん〝っ!!」
涙と鼻水でエラい事になっている先輩の顔を、日和が身を乗り出して懸命に頭を撫でる。見た目は先輩の方が大人っぽいのに、今は日和の方が圧倒的にお姉さん感がある。
一頻り優しく撫でられ終わった先輩は、喋れるくらいには冷静さを取り戻した。俺も救ってくれた日和の撫で撫では、やはり絶大な癒しの効果があるみたいだ。
「それで、ここからが一番の悩みなんだけどね?あっ‥ごめんね二人とも。かなり長い間暗い話を聞かせちゃってるわね。お姉さん会ったばかりなのに二人に甘えすぎよね‥」
「全然気にしないでください!それに、ここまで聞いたら最後まで聞きたいですし」
「‥ん‥私も‥」
「キミ達は本当に優しいね‥ありがとう」
正直最初は仲間になって欲しいという下心から接触した訳だが、今は人として姫野先輩の力になりたいと本気で思っている。
何より昨日友達の有り難みを身に染みて知った俺としては先輩の事を放っておけない。同時に下心ありきで近づいた俺を許して欲しいという罪悪感も生まれた。
今後も色んな人と話していくにしても、誠実さだけは決して忘れないようにしなければ。元々色々と抜きにして仲良くなれるならそれに勝る事はないし、俺だって出来ればそうしたいのだ。
姫野先輩の一番の悩み――それは親友との仲違いだった。
皆んなから一歩引かれるようになった先輩にも、最後まで側にいてくれた親友がいた。だけどその親友からの恋愛相談を受けた事で関係に亀裂が入ってしまったようである。何でもその親友の好きな人の本性を知っていた先輩が、親友の前でソイツをボロカスに言ってしまったそうだ。その後先輩が言っていた事が正しかったと謝りにきた親友を、強く拒絶してしまった‥と。
「大嫌いって言われたのがとても悲しくて‥謝られて本当は凄い嬉しかった癖に‥子供みたいに突き放しちゃったの。物凄く後悔してるわ。時間が経つにつれて、どんどんお互い気まずくなっちゃって‥私がすぐに素直に謝ったらこんな事になれなかったのに‥」
気心の知れた親友だからこそ、中々素直になれない‥分かる気がする。俺も太一と大喧嘩した事が一度過去にあったが、中々お互い素直に謝れなかったものだ。
丁度最後まで話を聞き終えた時、店員のおばあさんに声を掛けられた。
「ゆっくりしてって言ったのにごめんねえ。お客さんが増えて来たから‥」
「ううん、私がごめんねおばあちゃん!二人も本当にごめんね!二人が話を聞いてくれたから、お姉さんスッキリしちゃった!約束通り、私お会計するね〜」
あれほど悩みを話すまでハイテンションだった先輩が、空元気で笑っている姿を見ると心が痛む。日和も同じようで、どんな言葉を選ぼうか悩んでいる様子だ。
今すぐ先輩に俺達が出来る事があるならそれは――
「なあ、日和?」
「‥ん‥分かってる」
日和が力強く頷いてくれた。
店を出て一緒に歩いている間も、姫野先輩は空元気を貫いて俺達に気を遣わせまいとたくさん話しかけてくれた。
「じゃあ、私はこっちだから。‥今日は本当にありがとうね!またこんなお姉さんでよかったら、二人共相手にして頂戴ね!」
名残惜しそうに先輩が帰って行こうとした時、俺と日和は顔を一度見合わせて呼び止めた。
「先輩!俺、先輩と友達になりたいです!」
「‥私も‥!‥もっと‥仲良くなりたい‥!」
「‥‥‥えっ?」
「嘘‥」と呟いて先輩が固まる。だけどそんな先輩を無視して俺達は続ける。
「嘘なんかじゃありません!会ったばかりだけど、今日喋ってみてもっと仲良くなりたいってマジで思いました!一度俺達のクラスに遊びに来ませんか?先輩みたいな人、俺達のクラスなら皆きっと大喜びですよ!」
「‥ん‥間違いない‥みんな先輩みたいな人‥多分大好き‥私も‥好きだよ‥?‥匂いを嗅がれなければ‥だけど‥」
それでもまだ「本当に?」と不安そうな先輩に、俺達は力強く頷いて見せる。
間違いなく俺達だけじゃなく、クラスの皆も大歓迎の筈だ。それに俺達と先輩が仲良くしていたら、先輩の親友が嫉妬して向こうの方から話しかけてきてくれたりするかもしれない。先輩の親友だって、今でも仲直りしたいと考えくれていると思う。
しばらくした後、ようやく信じてくれたのか両手を大きく広げた先輩が猛ダッシュしてきた。そしてその勢いのまま、俺達をガバッと勢いよく抱きしめる。
「もう‥本当にもう‥!なんて可愛いコ達なのおおおおおお!!こんなのもう‥可愛すぎてお姉さんどうにかなっちゃいそおおおおおおお!」
抱きしめられた後に見た先輩の笑顔は、今日一番素敵な笑顔だった。
◇◇◇
色々な出来事がありすぎた週も終わりを迎え、今は日曜日。特に何もする予定がなくベッドで昼過ぎまで二度寝をしていた俺は、鳴り止まぬインターホンと一通のLINEで目を覚ました。
『来ちゃった。そろそろ一度、話さない?このままずっと喧嘩したままなんて優斗も嫌でしょ?』
『ごめん寝てた。今玄関まで行く』とだけ返して、すぐにベッドから起き上がる。突然で驚いたが先延ばしにしていても仕方がない。
もう決断はしてある。今日、瑠奈に別れを切り出そう。
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