第12話 姫野胡桃は意外と可愛い人かもしれない

「影山ァ‥。お前、また俺の邪魔する気か?」


 恍惚の表情で日和と距離を詰めようとする先輩との攻防を繰り広げている中、伊集院が憎々しげにそう言ってきた。


「先輩、今すぐソイツから離れて下さい!ソイツは彼女いる癖に日和ちゃ‥小日向さんを誑かした女の敵ですよ!!」


 お前がそれを言うか、と今すぐに反論したい気持ちをグッと堪える。余計な事をポロッと口にしてしまいそうだ。


 前に日和から名前で呼ぶなと言われた事が相当効いたのだろう。伊集院は日和を苗字呼びに訂正して、気色悪い笑みを浮かべながら日和のご機嫌を取ろうとしていた。


「あら?そうなの?」


 伊集院の言葉を聞いた先輩は、ジッと俺達の顔を見る。


「いえ、そんな事俺はしてません」

「‥伊集院くんは‥嘘ばっかり‥騙されちゃダメ‥‥」


 先程のふざけた様子はなく、先輩の表情は真剣そのものだ。少しだけうーんと考える素振りを見せた後、暫くして先輩がパァッと明るい表情になる。


 何か分かったという風にウンウンと頷いた後、先輩が伊集院のいる方へ振り返った。


「伊集院くん、嘘はダメよ?お姉さんそういうの嫌いだな」

「嘘じゃないです!先輩は影山の肩持つんですか?話を聞いてましたが、ソイツとは会ったばかりですよね!?」

「別にそんなつもりはないわよ?でも日和ちゃんの顔を見たら、私にだって分かるわよ。キミを心底嫌悪してるって事くらい。それに‥必死に大切な人を守ろうとしてる」

「そんな事先輩になんで分かるんですか?小日向さんとも先輩は初めて会ったんですよね!?」

「そんなの決まってるじゃない!!」


 先輩は恐ろしく豊満な胸を張って、ドヤ顔を決める。


「女の勘よ!!!」

「‥そんなの無茶苦茶だ!」

「どっちにしても、貴方の事ももう一切信用できないし〜‥貴方よりはこっちの男の子の方が信用できるっていうか〜。てか、この話はもう終わり!これ以上貴方と話す気はないから帰ってちょうだい!この際だからハッキリ言うけど、もう顔を合わすのも不愉快だわ!軟派な男は嫌いなのよっ!」


 先輩はしっしっと手を払う。伊集院は顔をしかめた後、俺に怒りの矛先を向けてきた。


「クソ‥っ!影山ァ‥。ハッ、お前は知らないと思うが俺はお前をいつでも絶望させる切り札を持っているんだぜ?それが何か知りたくないか?もう俺の邪魔をしねえってんなら今すぐ教えてやってもいいぜ?もっと時間をかけてからの方が面白いと思ったが、お前の態度次第で今教えてやるよ」


 もう日和と先輩を口説くのは無理だと判断したのか、伊集院は本性を隠す事もしないようだ。


 確かに瑠奈を奪われている事を知らなければ、その煽り文句は効果的だ。だが既に全てを知っている俺にとっては何の意味も持たない。


 あくまで俺は強気な態度を崩す事はしない。


「逆恨みも大概にしてくれ。そもそも俺がお前に何かしたか?何もしてないよな?勝手にお前が信用無くすような事して自爆してるだけだろ。全部お前の一人舞台じゃないか」


 俺の態度が予想外だったのか、伊集院が忌々しげに俺を睨みつける。


「‥涼しい顔してんじゃねえっ!!ムカつく‥超ムカつくなあお前。まあいい、お前がその気なら容赦しねえ‥。ゆっくり時間をかけて最後に絶望させてやるよ。俺がお前の学校での居場所も無くしてやる。‥姫野先輩!俺は先輩の事諦めてませんからね!!」


 三対一じゃ流石に分が悪いと感じたのだろう。好き放題言うだけ言って伊集院は帰って行った。姫野先輩は子供みたいに隣であっかんべーしている。


 例え伊集院が誰に根も葉もない噂を吹聴しようが、俺にはたくさんの仲間たちがいる。日和も太一達も、他のクラスメイト達も‥信用できる人達が。


 全く伊集院の言葉に恐怖を感じる事はなかった。それどころか、酷く哀れに感じてしまう。


「うわあ‥清々しいくらいクズだねえ〜。私といる時は凄い猫被ってたんだなあ‥。影山くん?だっけ。キミも伊集院くんと何かあったの?」

「まあ、色々と‥」


 姫野先輩はふうーんと言った後、俺の方に向き直った。


「影山くん!今日の朝は勘違いしちゃってごめんね?そのよーーく見るとキミってその‥そこはかとなく男前ね!だから‥そのね?お姉さんに今日の事償わせてくれない?お姉さん、今日は奮発して何でも奢っちゃう!ね?いいでしょう!?」

「その心は?目が泳いでいますよ先輩」

「せっかく日和ちゃんと会えたんだし、一緒にご飯行きたい!!!でもキミに謝りたいって気持ちも本当!!!」

「本当に清々しい性格してますね!てかお姉さんお姉さんって歳一つしか変わらんでしょ!」


 俺としては、姫野先輩と仲良くなる事が目的だったので正直万々歳である。しかし、この変態と日和を長居させていいものだろうか。先程はやりすぎたと感じたのか、今はその変態性がなりを潜めているが今後いつ暴走するかわからない。


「‥私も行きたい‥」


 そんな俺の心配を他所に、意外にも日和は自分からそう言ってくれた。


「いいのか?話すきっかけも日和のお陰で出来たし、全然断ってくれていいんだぞ?」


 日和は首をブンブンと振る。


「‥ゆうくんを‥女の人と‥ふたりきりなんて‥絶対ダメ‥」

「はああああん!恋する日和ちゃんって何でこんなに可愛いのおおおお!!」


 堪らんとばかりに抱きしめようとした先輩を、日和が睨みつけて静止させる。睨みつけらた先輩は落ち込むどころかお尻をフリフリしながら興奮していた。どうやら姫野先輩は、そういう性癖をもお待ちのようである。


 俺も思わずその場で日和を抱きしめそうになっていたが、ある意味先輩の変態な言動なお陰で我に返る事ができた。


 何はともあれ、俺達は先輩に夕飯を奢ってもらう事に。行き先は先輩にお任せする事にした。すると先輩曰く「ぼっちな自分でも入りやすくて、ご飯も美味しい素敵なお店よ〜」とのお店に案内して貰った。


 あまり高校生が利用しなさそうなお世辞にも綺麗とは言えない店。中に入ると、店員さんと思われるおばあさんが一人だけいた。


 若干の不安を覚えながら、優しそうなおばあさんにテーブル席に案内された。先輩は日和の横に座りたいとうるさかったが、勿論ここは一人で座ってもらう。俺が日和の横で俺と先輩が向かい合う形で席に座った。


「おばあちゃん、いつものお願い!!」

「はいはい。胡桃ちゃんがお友達と来るなんて久しぶりね〜。お二人さんとも、仲良くしてあげてねえ?この子、最近とても寂しそうにしてるから‥」

「おばあちゃんったら、余計な事言わないの!私のお姉さんポイントが下がっちゃうでしょ!?」

「何じゃそりゃ‥そんなもん初めから‥」

「‥ん‥ゼロに近い‥というより‥元々‥ない‥」


 「意地悪っ!」と拗ねる先輩を無視して、俺と日和はおすすめメニューを選ぶことにした。値段もお手頃で奢ってもらうにしても高すぎない丁度いいメニューだ。


「ふふふっ、でも本当に誰かとどっかに行くのなんて久しぶりね。今日はとても良き日かもしれないわ」


 先輩は本当に嬉しそうに笑って言う。今みたいに普通にしていれば、間違いなく誰もが目を奪われる美人だろう。


 だけどお冷をぐいっと飲み干した後から、どんどん先輩の顔が暗くなっていく。


「良かったらまたこういう風に私に付き合ってくれないかな〜‥なんてね‥。やっぱり嫌よね?こんな変わり者の先輩の相手なんて‥ははは‥他の皆みたいに‥」

「いや、そんな事ないですよ?確かに先輩には色々引いてますけど嫌ではないです。面白いですし」

「‥ん‥セクハラしなければ‥一緒にいて‥楽しそう‥」

「‥本当に?」

 

 よく見れば先輩は目に涙を溜めていた。本当に感情の起伏が激しい人だ。


「私だって分かってるのよおおおおお!私が変わり者だって!変態だってええええ!でもこんな私だって友達欲しいのおおおお!」

「とりあえず、話を聞きましょうか?」

「‥ん‥全部‥吐き出して‥泣かないで‥」


 滝のように涙を流すその姿はとても年上の女性とは思えないが、素直に気持ちを言える先輩は少しだけ可愛いく思える。


 とりあえず先輩の愚痴を、日和と二人で聞いてあげる事にした。

 

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