第11話 姫野胡桃は頭がおかしい
「ごっめーん!!キミも私にやっぱ一目惚れしちゃった感じ??でもでもでも〜キミとは初めて会ったんだし〜お姉さんとっても困っちゃうっていうか〜‥。他にもね?いっぱい私の事好きって言ってくれる人達がいて‥‥ほら私って見ての通り超可愛くてスタイルいいじゃない?‥でもでも〜私結婚したいって思う人が出来るまで付き合うつもりなんてないし‥ね?だからダメぇ‥だよぉ‥?そんな真剣でいやらしい目つきで見つめてこられてもダメえぇぇ‥‥え‥。‥は!?もしかしてキミも私の身体目当て!?きゃああああああああ!?離れてええケダモノおおおおおお」
「ちょちょちょっと待ったああああああ!!俺まだ先輩に『少し話があるんですけどいいですか?』としか言ってないですよね!?何全力で俺を犯罪者に仕立て上げようとしてんスか!?」
太一から事前に姫野先輩の特徴は聞いていた。紅髪のロングはいくら校内髪色自由だと言えどもやはり珍しい。翌日の昼休み、早速姫野先輩と接触を試みた訳だが、先輩の美貌もあってすぐに発見出来た。
身長は女性としては高めの160半ばくらい。それと太一が言っていたように大きい。大きすぎて目のやり場に非常に困る。それでいて決して太っている訳ではないという‥何というか肉付きがよくて世の男性諸君が軒並み好みそうなスタイルである。その点で言えば日和と似ている。
まあそれでも日和の方が圧倒的に可愛いと感じてしまうのは仕方がない。正直日和をもう昨日の事で異性としてかなり意識してしまってる事もあって、先輩へすんなりと緊張せずに話しかける事自体は出来たのだが――
その結果がこれである。俺はその姫野先輩と今正にお互い汗だくになりながら中庭で格闘していた。
勿論エッチな意味ではない。何を勘違いしているのか、俺を変質者だと勝手に勘違いして逃げ出そうとする姫野先輩を必死に止めている真っ最中だ。
お互い声が大きくなってきた事で、校舎の窓からは多数の生徒が顔を出してザワつき始めていた。特に一階の一年の生徒達からは丸見えである。
今の俺はただでさえ学園の生徒達から「彼女がいながら日和に無理矢理言い寄った男」だの何だのと悪評が広められている。
「どうして逃げるんですか!」
「やだやだああ離してええ!あなたもあのコみたいに、誠実を装いながら私を部屋に誘い込もうと思ってるに違いないんだからっ!内心『ひひひ、お前のおっぱいはどんな味だろうな‥』って舌舐めずりしてるに違いないんだわっ!!そんなの絶対にだめよ!だめだめええええ!」
「くっ‥この先輩被害妄想が激しすぎる‥!そして恐ろしいくらいに人の話を聞かない!!ああ、先輩待って下さい!せめて変な誤解を解いてから行ってくれええ!」
正直甘く見ていた。太一は確かに昨日『先輩はすこーーーしだけ変わった人」とか言ってたが、全然少しではなかった。まさか話しかけただけで変態扱いされるとは。会話が一方通行過ぎるだろ‥。こんなの奇人の領域ではないか。
抵抗虚しく姫野先輩に振り解かれ、全力で逃げられてしまった俺はその場で呆然と立ち尽くしてしまう。力凄えな姫野先輩‥。
「また影山がなんかやらかしたみたいだぞ!しかもあの姫野先輩だ!」
「マジかよ!日和ちゃんだけじゃなく姫野さんまで!?まるで性獣じゃないか!?」
「てか影山って瑠奈と付き合ってるよね!?どうなってるのよ!お猿さんなの?」
「待ってくれ!!全部誤解でしかないんだって!!」
外野からは酷い言われようである。これ味方増やすどころか逆に敵増やしてないか?茅野は昨日男子は俺の味方してくれると言ってくれたが、これ以上悪目立ちしては駄目な気がする。
とりあえず太一に抗議をしようと、逃げるようにその場を離れる。急いで教室に戻った俺は、他人事のように爆笑するクラスメイト達に出迎えられた。
ちなみに今日の朝、伊集院がクラスメイト達に敵認定されている事は確認出来ている。ただ瑠奈の浮気については、今はまだ日和と昨日家に来た四人だけの秘密にして貰っている状態だ。
腹を抱えて笑っている八乙女と茅野を無視して、気まずそうに目を逸らしている太一の席まで向かう。よく周りを見ると恭二までも笑いを必死で我慢しているのが分かる。
「太一‥‥。お前、やったな??」
「ごめんって!待て待て早まるな!何か先輩はおかしい事言ってなかったか?俺らも全部の会話が聞こえてた訳じゃないからさ!」
「最初っから最後まで全部変だったわ!話も全然聞いてくれないし!‥‥あっ、でも‥‥」
「どうした?何でもいい。何か気になる事を言ってなかったか?」
「確か先輩は俺を『あの子みたいに私を部屋に誘い込もうとしている』とか言って怖がってたような‥」
「それだ!伊集院の野郎だよ!絶対そうだ!」
確かにその可能性が高い。となると尚更、どうにかして魔の手から逃してあげたいが‥。聞く耳すら持って貰えないとなると話にならない。
「‥ゆうくん‥大丈夫だった‥?」
「ありがとな‥日和だけだよ‥笑わないで慰めてくれるの」
気づけば日和がピタっとくっついて、顔を覗き込んで心配してくれていた。今日はずっと教室に入った瞬間から暇さえあればくっつかれている。先輩に会いに行く時も一緒に付いて行くと言ってくれたが、何故かクラスメイト達が必死で止めた事で俺一人で行く事になったのだ。
「まず姫野先輩ってどんな人なのかもう少し詳しく教えてくれないか?変わってるとは聞いてたが、あそこまでだなんて聞いてないぞ‥。それに、あの先輩の様子じゃ俺がもう一度話しかけても聞いてくれるかどうか‥」
俺が純粋に疑問をぶつけると、太一が何故か苦虫を噛み潰したような顔になる。太一がこんな顔をするのはとても珍しい。何か隠し事でもしてるのだろうか。
様子を変に思っていると、恭二が代わりに答えてくれた。
「やたらとテンション高くて自意識過剰、おまけに可愛い物が異常な程好きな変態とは聞いてるな。入学当初はやたらとチヤホヤされて毎日のように告白されていたみたいだが、問題のある性格が知られてからは遠くからそっと温かい目で見守られてるらしい。そう言えば四大アイドルとか言われていながら友達といる所を見た事がないな‥‥」
「え、マジ?まあいきなり犯罪者扱いされた時はびっくりしたけど面白そうな先輩だと思ったけどなあ。にしても変態て‥」
「二年の小日向のファン達が必死になって毎日先輩と小日向が会わないように工作する程らしいぞ」
日和が付いてくるのを必死で皆が止めていたのはそれを知ってたからだったのか。
「もしかしてぼっちなのかな‥?前に私達も先輩に話しかけた事あるんだけど、めっちゃ警戒された事あるよね。何か他の一年生の女子友も警戒されたたって言ってたし‥」
「その時は意外と人見知りなだけかもって深く考えなかったけど‥。そう言われるとなんか伊集院の事無しにしても先輩と話したくなってみたかも。変わり者は疎まれたりしやすいしな〜‥。もしかして何か女子から嫌がらせとかされてたりするのかな?遠目から見てる分には、いつも姫野先輩は笑顔だし無いとは思うんだけど‥」
早乙女と茅野も先輩の事を心配し出す。
うーん、どうしたものかと考えていると太一からポンポンと肩を叩かれた。
「すまん優斗、ちょっと付き合ってくれ」
「ん?ああ。いいけど」
話の途中だった三人に断りを入れてから、二人で教室を出る。教室から離れて人のいない場所まで来たところで、太一は照れくさそうに頭をかきながら話し出した。
「実は誰にも言ってなかったんだけど、俺入学してすぐに姫野先輩に一目惚れして一度告ってフられてんだ。だけどどうしてもやっぱお近づきになりたくてさ‥。日和ちゃんと仲良くなれたお前なら先輩とも上手く話せそうだし‥。ほら、お前なら皆が緊張するような相手でも普通に話せるだろ?もし先輩とお前が仲良くなったら、お前の親友として先輩と話しやすくなるかなと思ってさ‥。すまん!」
「なるほどな。別に謝る程の事でもねえだろ‥。でも、なんで恭二や八乙女、茅野じゃ駄目なんだ?アイツらの方が誰とでも上手く話せると思うが‥」
「恭二は駄目だ!アイツは超イケメンだし!!先輩が惚れたらどうすんだよ!その辺はお前なら大丈――あいだっ!?」
ゆるーく頭にチョップをかます。
「軽くディスってんじゃねえか」
「八乙女と茅野は絶対めっちゃ俺の事揶揄って遊ぶしよ‥」
「別に何も言わなきゃ揶揄われないと思うが‥まあ太一はすぐに顔に出るからな‥。でも分かったよ。何とか次また話しかけてみる」
「恩に着るぜっ!流石親友!」
「それでも無理だったら今度はあの三人に頼んでみるぞ?」
「分かってるって!」
姫野先輩を守りたいのと同時にちょっとした下心があったと言う訳か。あれだけ日和ちゃん日和ちゃんといつも五月蝿い癖に‥。その軟派な性格治したら、太一もかなりモテると思うんだがなあ。
出来ればニカっと笑う太一の為に力になってやりたい。けど同じ方法で行ってもまた逃げられるに決まってる。
かといって何も方法も浮かばないまま教室に戻ると、日和がスタスタと駆け寄ってきた。
「‥ゆうくん‥」
「ん?どうした日和」
「‥私が‥ゆうくんと一緒に行けば‥お話ができるかも‥」
クラスメイト達が日和の言葉にザワザワし出だす。俺としても、二年の一部の有志達が、先輩に日和を合わせる事を阻止する程ヤバいと聞いてからはやはり心配である。
「日和ちゃん、気持ちは凄え嬉しいけどやめといた方が‥」
隣にいる太一もやはり渋い表情だ。日和は太一に「‥大丈夫だよ‥?」と言ってから上目遣いで俺を見つめた。
「‥それに‥ゆうくんが‥私を守って‥くれる‥でしょ‥?」
「そりゃあ絶対守るけど、本当にいいのか?」
「‥うん‥それに‥私だって‥皆の力に‥なりたいもん‥」
日和が胸の前で、拳をギュッと握りしめる姿を見てクラスメイト達が涙ぐみ始めた。まるで戦地に赴く子を見送る親のようである。
‥いやいや流石に大袈裟すぎないか?いくら変態といっても別にとって喰われる訳でもなかろうに‥。ともあれ日和が来てくれる事で会話の成功率はグッとあがる。
少し心配ではあるが、ありがとうと伝えると日和は愛くるしい笑顔で応えてくれた。
その後何事もなく全ての授業を終えた後、日和と学校を早めに出て先輩の帰り道の角で待ち伏せする事に。事前に聞いた先輩の帰る方向は俺と日和の帰宅路とは逆方向だ。日和も一緒にいつもより歩かせてしまうのは申し訳ないが、学校ではこれ以上騒ぎを起こせない。
昨日といい今日といい、非常に慌ただしい放課後である。今俺達は姫野先輩を今か今かと少し歩いた先の曲がり角で待っている状況。チャイムが鳴った直後に教室を早足で飛び出してきた為、帰る生徒達はまだ見えない。
そう言えばここまで来たまではいいものの、姫野先輩が真っ直ぐ帰宅するとは限らないという大事な事を忘れていた。俺は待つのは構わないのだが、日和に悪いなと思い始めたその時、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「本当にすいません先輩!この通りです!夏休みの時の事は謝りますから、もう一度だけ俺にチャンス下さい!」
「ダメっ!また私にいやらしい事しようと考えてるに決まってるんだからっ!!」
伊集院と先輩のやりとりだと確信した俺は、日和の手を引き角を出た。見れば逃げようとする先輩の腕を伊集院が掴んでいる。
助けようとして「先輩!」と声をかけると姫野先輩は俺達を見た。途端に姫野先輩は大口を開けてパクパクとし出す。
「ままままままさか‥!?!?ひひひひひひひひひよよよりりりてゃん!?!?!?」
「先輩‥?いきなりどうしたんですか?ですから俺の話を‥もうあんな事しないですから!」
「どっせええええい!!日和ちゃあああああああん!!!会いたかったよおおおおおおお!!!」
「うお!?!?」
口説くのに必死で俺達の姿にまだ気づいていない伊集院を豪快に道路にぶっ飛ばしながら、姫野先輩が凄まじい勢いで突進してくる。伊集院は走る車に轢かれそうになりながら間一髪で事なきを得た。
先輩は目を血走らせながら日和の前まで来たかと思えば、そのまま自身の豊満な胸に日和を埋めるように思いっきり抱きしめた。
「ずっとずっとずっと‥貴方に会いたかったのおおおおおお!はあ〜〜可愛いいい‥‥モッフモフ!モフモフよおおおお!すーーはーーすーーはーー‥ああああん‥とってもいい匂いぃ‥‥」
「‥わっぷ‥息が‥できない‥」
「ちょ!何やってんですか!!この‥ド変態っ!!」
あまりの変態ぶりに少しばかり放心状態だったが、すぐに我に返り先輩を力づくで引き剥がした。
「日和!?大丈夫か??」
「‥ん‥だいじょぶ‥でも‥あの先輩‥かなり‥ヤバい‥」
俺にしがみつきながら日和は怯えた表情をしていた。ああ、俺も同じ気持ちだよ‥正直舐めてた。ここまでアレな人だったとは‥。
「ごめんね〜日和ちゃん!お姉さんちょーーとだけ興奮しちゃってたみたい♡ あっ君はあの時の!ふふふっ、私と付き合いたい為に日和ちゃんを連れて来てくれるなんて‥。なんて健気な子‥!そんな子にはぁ‥胡桃ちゃんポイントいっぱいあげちゃうっ!!」
引いてる俺達の事を完全無視して、姫野先輩は最高の笑顔だ。
殴りたい、この笑顔‥!
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