第10話 持つべきものはやはり友である
「な、なんの事やら‥サッパリ‥」
寝起き直後の頭ではまともな言い訳も出来ず、かろうじて答える事が出来たのはそれだけだった。
「とぼけんなって?お前の様子見りゃ何かあった事なんて一発で分かるんだよ」
太一は肩を掴んだまま一向に笑顔を崩さない。他の三人ももう諦めろとニヤけ顔である。
一つため息をついてから、俺は仕方なく皆を自分の部屋まで案内する事にした。
流石に教室であんな姿を見せたのは不味かった。帰ってから速攻でベッドに倒れ込んだし、何も考えもまとまっていない。どうしようか‥と真剣に俺が悩んでいるのに、後ろから付いてくる皆はいつも通りに騒いでいる。
「あ、私何気に恭二以外の男子の部屋に入るの初めてだ〜」
「そんな事言ったら、私なんて一回もないわよ?」
「はあ!?早乙女はともかく茅野がそんな訳ねえだろ?俺の事いつも童貞童貞馬鹿にしてる癖に!」
「‥何よそれ。私の事ビッチって思ってたの?本当だし!童貞の癖に生意気よ!」
「うるさいぞお前ら!すまんな優斗、こんな時間に家に来て。だけど皆で相談して、どう考えても今日のお前はおかしいって話になってな‥」
「いや、逆にごめん。心配してくれて来てくれたってのは分かるからさ‥」
みんなが俺を心配して来てくれたという事は分かっている。後は俺が話すかどうか、それだけの問題。部屋に案内して皆を座らせた後、少しでも考える時間が欲しいとお茶を入れにいこうとした時――太一が立とうとした俺の腕を優しく掴んだ。
「‥心配すんな。何があったか知らんが、お前のそんな思い詰めた顔見てられねえよ。早く話して楽になれ。これでも俺たち結構長い付き合いだろ?」
こういう場面でふざけず、真剣な太一は本当に友達想いのいい奴で。
「後藤っちよりかは付き合い長くはないけど、私達も高校入ってすぐ仲良しじゃん?なんか水臭くな〜い?」
何でも話して大丈夫だと思える人たらしな笑顔を早乙女に向けられて。
「そうよ影山。どうせ綾瀬さんと喧嘩しちゃったんでしょ?恋愛に関しては私に任せておいたらいいのよ!‥友達なんだから」
おそらく恋愛経験無しなのに、胸を張る茅野がとても頼り甲斐があるように思えて。
「一人で抱え込むな」
短い言葉ながら、どこまでも真っ直ぐに俺を心配してくれる恭二はいつにも増してカッコよく見えて。
プッとその場で吹き出してしまう。‥全く何で全部一人で抱え込もうとしてたんだろうな。いくら友達でも、こんな事を相談して負担をかけて本当にいいのかと悩んでいたが‥俺はとんだ馬鹿野郎ではないか。
こんな俺になんか勿体無いくらいの友達に、嘘をついてごまかすなんてそれの方が不誠実だ。
「‥皆、ありがとう。でも結構エグいぞ?本当にいいか?」
皆が頷くのを見て、俺は証拠を見せながら夏休みの出来事を話す事にした。
◇◇◇
「‥‥なんだよこれ‥ざっけんな‥」
「酷いな‥これは‥」
「うう‥影っち‥可哀想すぎるよ‥」
「‥決めたわ。コイツら今から◯しに行きましょう‥」
瑠奈が伊集院と浮気していた事、最低な二人の計画、そもそも瑠奈は嘘告で俺と仕方なく付き合い始めた事‥全部証拠付きで話した。
俺が二人に復讐したいと思っている事も隠さず全て。
やはり四人とも、ここまで深刻な裏切りだなんて思っていなかったみたいである。せいぜい激しく喧嘩して、別れ話でも夏休みにした程度だと思っていたようだ。
四人が暫く渋い顔で無言を貫く中、最初に口を開いたのは太一だった。
「でもよ?瑠奈ちゃんってこんなに最初からクズだったか?いや、別にこんなん見せられて擁護したい訳じゃねえんだ。始まりだって瑠奈ちゃんからお前への嘘告なんだと思う。‥けど中学の頃のお前らカップルは、俺から見たら二人共幸せそうに見えたけどなあ。あれらが全部演技だとしたら俺女子の事もう信じられなくなるわ‥‥‥怖えよ」
太一に言われて、中学の頃を冷静になって思い出してみる。伊集院とのやりとりを見ると、瑠奈にとって俺は「優しいだけの都合の良い保険」だったと分かる。だが記憶の中の瑠奈はどうだ?
俺一人では怒りで思い出すのすら躊躇っていた記憶も、友達の前では少しだけ落ち着いて思い出す事が出来た。瑠奈は少なくとも俺の側にいる時は笑顔で、俺はそんな彼女の笑顔が大好きだった。デートも何度も行った。その楽しい思い出が全て嘘?
勿論、その可能性も大いにある。寧ろあのメッセージの内容を見ると、狡猾で醜悪な本性を今までずっと隠していたと素直に考える方が自然なのかもしれない。
だけど太一の言う通り全てが演技だとしたら、アカデミー賞受賞女優も下を巻く程の出来栄えだ。果たして女優を目指している訳でもない瑠奈に、そんな演技が出来るのだうか。そこは些か疑問が残る。
「どっちにしても許せないでしょ!影っちを振るなら二人の問題だししょうがないなってなるけど、無意味に傷つけようとしてるじゃん!」
「舞の言う通りよ。どんな事情があろうと、今まで自分を好きでいてくれた彼氏を最後に絶望させようなんて普通考える?頭おかしいでしょ!!」
そうなんだよな。いずれにしても、二年以上付き合って来た俺を、高校で出会ったばかりの伊集院にあっさりと乗り換えた事は事実だ。最低な計画を伊集院としている事も。既に身体の関係まで持たれている。
「‥話は分かった。俺も皆と同じで許せない。それで、復讐は具体的にはどうするつもりなんだ?」
「瑠奈とは別れないで気づかないふりをしつつ、卒業式前に二人のやり取りをどうにかして全校生徒にバラす」
今まで神妙な面持ちで黙っていた恭二の問いにそう答えると、恭二以外の三人は何故か呆れた顔で俺を見て、口をポカーンと開けていた。
「お前はマジで生徒事情に疎すぎだからっ!!頼むぜ優斗」
「まあ、いつも綾瀬さんにご執心だったからね〜‥はあ‥」
「あんた、マジで私達に相談して良かったわね!!」
え?そんな変な事俺言った!?恭二と目が会うと彼も首を傾げている。俺達が戸惑っていると早乙女が「仕方ないな〜」と愚痴りつつ説明を始めてくれた。
「まず、私達の学校での男子人気は大きく分けてここにいる一年生の恭二と伊集院に派閥が分かれてるの。二年生にも超カッコいいって噂の
「あ、ああ。まあ、何となく‥てか心の声出てるぞ?」
「う、うるさーい!影っちのバカ!人が真剣に説明してるのに!」
阿久津玲?雲雀誠司?‥誰?その人達‥‥。いかに俺が今まで自分と瑠奈と周囲の友達以外に興味が無かったか実感する。
顔が真っ赤になった八乙女に代わって、次は茅野が講義を開いてくれるようだ。ちなみに八乙女の想いは、恭二の難聴が発動して今日も全く届いていない。
がんばれ、八乙女‥!
「次は舞に変わってこの私が教えてあげるわ!肝心なのはここからなのよ!恭二はこの通り朴念仁で恋愛に無頓着でしょ?だからめちゃくちゃムカつくけど、今は外面が良くて親しみやすいと思われてる恋愛脳の伊集院に大きく軍配が上がってるってわけ!そんな状態でさっきアンタが言ってた計画を実行した所で、伊集院がこんなの捏造だって言ったらそれでおしまいよ。どうせ伊集院に傾倒してる子達はろくに裏を取りもしないで、逆にアンタが伊集院を貶めたって責めるのは目に見えてるわ‥。それに綾瀬さんも人望が厚いし彼女も否定したら‥分かるでしょ?男共は元々伊集院が嫌いみたいだしアンタの味方してくれるだろうけど、そんなの伊集院にとっては何のダメージにもならない。私達にとってはアンタは大切な友達でも学園全体にとっては‥その‥やっぱモブになっちゃうって訳なのよ‥ごめんね?こんな事言いたくないんだけどね‥」
いつも強気な茅野がシュンとなるのを見て、俺は慌てて否定する。とんでもない。八乙女と茅野に色々聞けて、俺がどれだけ甘かったか理解出来た。
「いやいやいや、よく分かったよ!逆にごめんな茅野。そんな事お前の口から言わせて。甘かったわ、色々と」
「‥うん。でもね?それは正攻法で行けばの話。ね、舞?」
話を振られた八乙女は、茅野の意図を理解しているのか頷いた。
そして茅野がゲス顔で高らかに宣言した。
「外堀から埋めていけばいいのよ!!」
つまり今伊集院のファンだったり、伊集院自身が狙っている女子を取り込むって事か。でも、それはとても俺一人では出来ない。本格的に巻き込んでしまう事になる。相談に乗ってもらうだけでも心に負担をかけてしまったのに、これ以上大切な友達に負担を掛けていいのだろうか??
「影っち‥その顔はまだ私達に気を遣ってるみたいだね。でも今日影っちが日和と二人で急いで帰った後、クラスの他の皆とも今日の事話し合ったんだ。その時にクラスの
「そうよ!伊集院は今じゃ私達クラスの敵認定済みなの!アンタが気に病む事ないわ!」
「そうだぜ優斗!!俺も女好きだけど、女を不幸にする奴はマジで許せねーんだわ」
「校内事情とかは知らんが、俺は元からお前に協力するつもりだぞ。だから余計な心配はするな」
「‥お前ら‥‥‥」
本当に、言葉が出ないとは今この時のような事を言うのだと思う。日和や、目の前の皆は今日一日だけで俺をどれだけ救ってくれたか。相談出来る相手がいて、自分の心に寄り添って貰える事がどれだけ幸せな事なのか、身を以て知った。
「ありがとう‥本当に‥。皆が何か遭った時は絶対に言ってくれ。必ず、俺が絶対に力になるから」
今日はとても涙腺が緩い。また泣きそうになるのを必死で堪えて頭を下げた。誰も今は泣いてんのか?と茶化したりはしない。その気遣いもとても心地よかった。
太一が俺の背中を気にするなというようにバンバン叩く。
「いいって事よ!でさ、俺から提案があるんだけど。優斗、頼めるか?」
「何だ?俺に出来る事なら何でも言ってくれ」
「二年の
「姫野先輩?また知らない人だな‥。分かった。探して会ってみるよ」
「へ?お前姫野先輩も知らないのかよ!?!?」
俺としては普通に答えたつもりなのだが、太一は身体を仰け反らして驚いていた。太一だけじゃなく、またもや恭二以外の女性陣からも驚かれてしまう。
「まままさか‥学園の四大アイドルを知らないって事‥」
「??四大アイドル?日和だけじゃないのか?」
え?そんなにやばい?
太一はコイツ本当に男なの?っという顔で俺を見た後、呆れながらも説明してくれる。
「本当に瑠奈ちゃんしかお前に異性として映ってなかったんだな‥。四大アイドル一人目は我らが小日向日和ちゃん!まあ日和ちゃんは言わずもがなだ。んで二人目が一年の
「いや、すまん‥ない。多分そんな有名だったらどこかで聞いてるんだろうけど、興味なかったというか‥」
「‥オーケー、まあいいや。で、さっきも言ったようにお前には姫野先輩にまずは会って親交を深めてもらう。伊集院の野郎はおそらく千楓ちゃんや会長も狙ってるだろうが、今一番狙われてる胡桃先輩が先だ。それに千楓ちゃんや会長は‥簡単には近寄れないしな‥常人は‥」
正直全員の名前が初耳に思えるが、要は姫野先輩に会ったらいいんだよな?獅堂という同学年の女子や会長についても、何故常人じゃ近づけないのか気になるが、また今度聞く事にしよう。
分かった、と太一に伝えると太一は真面目な顔で俺の両肩を掴んだ。
「姫野先輩は‥可愛い‥そして大きい‥いや‥大きすぎる‥言わんでも分かるな?だが‥‥ほんのすこーーーし変わってる人なんだ‥。これは日和ちゃんにも容姿なくツッコんできたお前にしか出来ないミッションだ。優斗‥頼んだぞ?」
「お、おう‥‥」
変人の太一に変わってると言われる姫野先輩は一体何者なんだろう?何か急に不安になってきたぞ‥。
「影っちが姫野先輩に会ってる時、私達は色々伊集院の情報を集めておくよ!」
「俺も手伝おう」
「私も!本人に悟られないように充分に注意しないとね!あっ、そうだ影山‥一つだけ。綾瀬さんとは本当に別れないでいいの?酷い裏切りされてもう好きでもなんでもないんだったら、顔を見るのも辛くない?それに‥日和の気持ちも‥ああ!?そうだ!日和とどうなったか聞くの忘れてた!!」
「それは‥‥」
瑠奈と別れる、か。日和から想いを聞いた今、復讐の為とはいえ瑠奈と身体の関係を持ち続ける事には強い罪悪感を感じる。
日和に後ろめたい想いをしてまで、瑠奈と付き合ったままでいる必要があるのだろうか。
一人だけで抱え込んでいた時が嘘のように、思考がクリアになった今なら分かる。
あの時は何故か瑠奈と別れない方がいいと思った。それは今思えばただの嫉妬‥心の奥底で瑠奈に未練を抱いていたからではないだろうか。
今日日和から告白されて、皆に全て話す事ができて俺の心は嘘みたいに軽くなった。今の俺は、心の底から綺麗さっぱり瑠奈に対する未練はなくなっていると言える。
幸い今、瑠奈とは今日の教室のやりとりで向こうも気まずい状態である。気まずくなった時はいつもお互いのどちらかが数日空けてから謝罪のLINEを送ってきた。俺が送らなければ瑠奈が送ってくるだろう。
その時に別れるかハッキリと決断しようと思う。別れるなら、証拠を使って今は脅しはしない。伊集院と浮気してるのを見た事を理由にしようか。そして誰にも言わない事を約束しておいて、瑠奈を安心させて別れる。
瑠奈の方も、俺に執着する理由はない筈だ。だってもう瑠奈の気持ちは伊集院の方に向いているし、伊集院との下衆な計画もリスクを負ってまで実行するものではない筈である。
お互いに別れない理由がない。それに、瑠奈と伊集院の浮気のメッセージさえあれば充分に復讐には事足りる。
仲間達と外堀を埋めた後に、全て証拠を晒して伊集院と共に瑠奈も弾圧させて貰う。それで充分だ。これ以上顔を見る度に嫌な記憶を思い出さなくても済む。
俺が前に進む為にも、絶対に別れた方がいい気がしてきた。
「ねえ影山!急にボーっと考えだして聞いてるの!?マジで私さっき超重要な事思い出したんだけどっ!!日和とはどうなったのよ!?」
「私もそれ聞くの忘れてた!影っち〜白状しろ〜!」
「そうだった!俺の日和ちゃんがあああああ!ゆうとにぃぃぃぃぃ!」
「ちょ‥!?やめ‥お前ら‥死ぬって!!」
しばらく自分の世界に入っていた意識が、首を絞められた事で力ずくで引き戻される。
俺は恭二に助けを求めて視線を送るが――
「すまん、優斗。俺も聞きたい」
「裏切り者ぉぉぉぉ!」
結局、深夜までコッテリ搾られる事になったのであった。
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