第9話 こうして日和は優斗を好きになった

「‥そういえば‥‥今日のデートは‥?」

「はえっ!?」


 至極真面目な表情で突然聞いてくる隣の子犬系美少女に、俺は素っ頓狂な声を出していた。手こそ繋いではいないものの、当然の如く身体との距離は異常に近い。歩く度に肩が触れ合い、いっそ手を繋いだ方が歩きやすいくらいである。離れようとしてもお構いなしにひっついてくるのでもうどうしようもない。


 確かにそんな事を小日向は今日の朝、勘違いして言っていたような気はするが‥俺の聞き間違いだと思っていた。ていうかさっきの会話の直後に、流石に二人で今日デートする体力はない。色々ありすぎて帰ったらすぐ寝たい。今なら秒で寝れる自信がある。


「また今度な?」

「‥‥えー」

「ごめんって‥」

「‥‥えー」


 不満を顔一杯に表す小日向に、思わず吹き出しそうになる。小日向は全部顔に出てしまうタイプで、アホ毛も尻尾のように感情に連動しているので非常に気持ちが分かりやすい。


 あの後一緒に帰り始めた時はブンブンだったのに、今は髪の毛が見る影もなくヘナヘナだ。天然なのか神経が意外とタフなのか、あんな出来事があった後とはとても思えない程に小日向はいつも通りだ。


「‥‥‥日和」

「ん?どうした?」

「‥これから‥日和って呼んでくれるなら‥許す‥」

「‥‥‥(可愛いすぎる)」


 あまりの可愛さに言葉に詰まるのと同時に、彼女の想いに応じられなかった後ろめたさを感じてしまう。


 今の俺がこんな幸せでいいんだろうか。


 改めて思うが、何で俺の事を小日向は好きなんだろう。


「小日向はさ‥」

「‥日和」

「ひ、日和はさ‥何で俺の事が好きなんだ?」


 冷静に考えてみたら、自分で聞くのはあまりにも痛すぎる質問なのでとても顔を見ながらは言えなかった。ただ、やはり今ちゃんと聞いておきたい。というのも、俺は特に日和に好意を向けられるような事をした覚えはないのだ。


 自然と二人の歩くスピードが落ちる。しばらく日和からの返事はなく直球すぎたか?と焦り始めた時、ようやく日和が口を開いた。


「‥ゆうくんは‥初めて私と『対等』に接してくれた人‥」

「対等?」

「‥ん。‥私ね?‥今まで友達が‥出来なかったの‥。‥舞ちゃん達や他の学校の皆は‥私を大切にしてくれるけど‥‥」

「あー‥言いたい事は分かるかも」


 日和はその容姿と性格からか女子からはマスコット、男子からはアイドル扱いされているのは周知の事実だ。勿論皆別に侮っている訳ではない。友達になりたいと思っているんだろうが上手く伝わらず、日和も人見知りで寂しい想いをしていたんだろう。


「‥最初から‥話すね‥?‥意識し始めた‥きっかけはね‥‥ゆうくんが私を‥襲われそうになった時‥助けてくれたの‥」

「え!?そんな事した覚えないぞ??」


 マジで記憶にない。喧嘩もした事ないし、そんなヒーローみたいに俺が助けに入るなんて出来やしない。もちろんそんな場面見かけたら警察に通報くらい――


「あ!まさか‥‥?」 


 頭の中の霧が晴れていく。だがあまり思い出したくない情けない記憶だ。


「‥うん‥あの時だよ‥ゆうくんは‥誰を助けたのかまで見てない‥凄い勢いで逃げて行ったから‥私はお礼を言いたくて‥間に合わなくて‥」


 あれは4月末くらいだったか?丁度日和が俺におずおずとだが、自分から話しかけてくれるようになった時期だ。


 たまたま夜に太一と街で遊んだ帰り道、女の子の悲鳴を聞いた。警察を今から呼んでも到底間に合いそうもない余談を許さない状況。最悪俺が代わりにボコボコにされている間に逃すという選択肢を頭の中で浮かべつつ、少し考えてからパトカーのサイレン音の動画を最大音量で鳴らしたのだ。たまたま通りかかった中年の男性に「お巡りさん、こっちです」と演技してもらいつつ、俺は「警察だ」と出来る限り大声を出した。


 遠目に暴漢が走って逃げて行ったのを見送った後、上着をひん剥かれてブラジャーを丸出しにされた女の子の姿を見た。上に捲られた服で顔は俺から見えなかったけど、その女の子の泣いている声だけはハッキリと聞こえたんだ。


 幸い上着を脱がされそうになっただけで、大事には至らなかった。


 だけどその姿が見ていられなくて‥自分がもっと早く目撃していて、もっと早く判断して行動してあげていたらと激しく後悔した。考える暇があれば、とっとと俺が出て行って肉壁になるべきだったのだ。


 そうだ、その後凄まじい罪悪感を感じたから‥その場を協力してくれた男性に任せて走り出したんだった。


 俺にとっては美談でも何でもない。自分を犯罪者のように責めてさえいた嫌な記憶だ。だから頭にモヤがかかったように、なかなか思い出せなかったのかもしれない。


 まさかあの時の子が、日和だったとは‥。


 同じ学校の、しかも同じクラスの生徒だなんて奇跡的な確率である。確かに言われてみればこの時期から日和は俺に少しずつ話しかけてきてくれたが、同一人物だなんて考えもしなかった。


「でも、俺だってよく分かったな?」 

「‥私からは見えてた‥同じクラスの人だって‥」

「‥本当にごめん。あの時、もっと早く判断してたら‥‥」

「謝るなんてとんでもない!!ゆうくんはその日、二回も私を助けてくれたんだよ!?」


 日和は強く否定する。二回ってどう言う事だ?まさか――


「‥あの後ね‥ゆうくんと一緒に助けてくれたと思った人が‥しつこく口説いてきて‥恩に着せてきて‥でも大丈夫‥‥少し胸を触られたくらいの時に‥警察が来てくれたから‥」


 どういう神経していたらそんな非道な事が出来るんだよ。優しそうな人だったし「俺が警察を呼ぶ」と言っていたから任せたが、念の為自分で走りながら警察を呼んで本当に正解だった。


「そんな事が‥。でも、何で言ってくれなかったんだ?」

「‥最初は‥ただ怖くて‥ゆうくんも‥あの男の人みたいに‥私を襲おうとするのかなって‥」


 そりゃそうか。愚問だった。二回も同じ日に襲われそうになって男を信じられる訳がない。それに日和は元々基本的には男子が苦手なようだったから、尚更である。


「‥でも‥やっぱり助けてくれた人だし気になって‥ちょっとずつ話しかけて‥隣の席になって話す機会が増えて‥ゆうくんは怖い人じゃないって分かった後は‥今度は‥嫌われる事が怖くて‥‥あの時ゆうくんは‥絶望してたから‥何も悪くないのに‥私を助けてくれたのに‥ごめんなさい‥」

「そうだったのか‥。色々気を遣わせてごめんな。でももうこの件で自分を責めるのはやめにするよ。今は日和を助けられて本当に良かったって思えてる」

「‥ん‥本当に‥ありがとう」


 俺がいないと日和はもっと酷い目に遭っていた。あの時は自分の判断の遅さを呪ったが今被害者である日和から礼を言われて、少なくともこれ以上は自分を責める事ははない。


 日和が無事で本当に良かった、心からそう思う。俺がもっと遅ければ‥クソ野郎に警察を呼ぶ事を任せていればと思うとゾッとする。


「‥話をしてて優しい人だな‥って分かった後は‥好きになるのに‥時間はかからなかった‥だってゆうくんは私にも‥頭にチョップしたり‥デコピンしたり‥叱ってくれたり‥いつでも対等に接してくれて‥これが友達なんだって‥嬉しくて‥もっと仲良くなりたいなって‥」


 微笑みながらそう話す日和はとても幸せそうで。その笑みに目を奪われずにはいられない。


 瑠奈が俺が女子と仲良くなるのを嫌がる事もあって、俺は女子にも男友達と接するように気楽に接するようにしていた。


 それはアイドル的存在の日和でも例外ではなかった。というか、日和ほどツッコミがいのある変わった子もそうそういない。


「‥気づいたら私は‥いつのまにか‥綾瀬さんに嫉妬してたの‥。この気持ちが何なのか分からなくて‥お母さんと妹に相談したら‥恋だよって教えてくれた‥。‥それからはもう毎日ドキドキして‥私の初恋で‥でもゆうくんは‥綾瀬さんと付き合ってるのは知ってたから‥ゆうくんが綾瀬さんを大好きな事も‥だから気持ちを必死に隠してた‥夏休み綾瀬さんが伊集院くんとキスしてるのを見て‥私‥好きを抑えきれなくなってーー」

「わかった!もう充分だ‥!まさかそこまでずっと俺を想ってくれてたなんて思いもしなかったよ」

「‥ん」


 日和もヒートアップしすぎて恥ずかしかったのか、その後はお互い顔を真っ赤にして無言で歩く時間が続いた。少し進んだ所で日和がピタっと足を止める。


「‥ここ‥私の家‥」


 ここが日和の家か。俺の家から歩いて10分もかからなそうだ。 


「‥また一緒に帰れる‥?」

「勿論!」

「‥ん‥また明日‥」


 挨拶も済んだしそのまま帰るのかと思いきや、日和は何故か中々身体にひっついて離れない。


「お、おう。今日はありがとな。‥本当に。‥また明日」

「‥待って‥連絡先‥交換‥まだダメ?」


 瑠奈との関係がこうなった以上断る理由はない。LINEを交換してようやく身体から離れてくれた。


 一人になったので色々考えたいが、とにかく今は寝て疲れを取らないと思考もままならない。

 

 俺は自分の家に着いた瞬間、手だけ洗って制服のままベッドにダイブした。


 ‥‥どれくらい眠っただろう。インターホンを鳴らす音がうるさく否応なく目が覚めてしまった。寝ぼけ眼で窓を確認すると夜はもう真っ暗になっている。時計を見ると夜の9時。3時間程眠っていたみたいだ。


 こんな夜に誰だろう?俺の家を知ってる奴なんて限られてるが‥。


 寝起き間もないフラフラとした動きでモニターを確認しに行く。画面を見ると恭二、太一、八乙女、茅野が玄関前にいた。こんな時間に何の用だ?


 開けろ開けろとうるさいので仕方なくドアを開ける。


「で、お前一体瑠奈ちゃんと何があった?」


 最初に入ってきた太一が、開口一番肩をガシっと掴んで笑顔で言った。

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