第5話 小日向日和はとても愛されている

「そ・れ・で・!アンタまさかこの夏休み綾瀬さんと日和に二股かけてたんじゃないでしょうねえ!?」

「そんな事してたら、今にも私の拳が黙ってないよ?私日和の事マジで大事にしてるんだからっ!そこのとこ影っちは分かってるのかな?かな?」

「ぐす‥優斗ぉ‥俺からアイドルを奪わないでくれよぉ。もし日和ちゃんを傷つけたりしたら流石にお前でも俺は‥」


 ゾンビと化したクラスメイト達から一通りおふざけ制裁を受けた後、何とか生還を果たした俺だが、今もこうして茅野と早乙女、太一から交互に肩を揺さぶられ尋問を受けていた。他のクラスメイト達もそれを止めもせず見守っている。


 小日向の愛されっぷりが凄まじい。さっきなんか普段大人しい図書委員の柴田さんにチョークスリーパー決められたし‥。


「‥みんな‥話を聞いて‥!‥ゆうくんの首がヤバい‥‥みんないじめちゃダメ‥‥」


 大丈夫だ小日向。そんな泣きそうな顔しなくてもみんな一応かなり手加減はしてくれてたから。


 一生懸命剥がそうともしてくれるのだが、残念ながら力及ばずである。まあこうなった原因も彼女なんだが、全く悪気はないので口が裂けても言わない。


「凪、舞、いい加減辞めてやれ。そろそろ優斗の首が取れそうだ。お前らも‥優斗がそんな事する奴だと思うか?それにずっと何か話そうとしてるだろ‥‥」


 首がグラグラで上手く喋れなかった俺に救いの手を差し伸べてくれたのはやはり恭二である。


「そ、それもそうね。ごめんね影山。やりすぎたわ」

「私もごめん。まだ話もろくに聞いてなかったし」

「そうだよな。お前の事はよく分かってんのに‥すまん」


 三人がそう言うと、俺も私もと他のクラスメイトが謝ってくれる。俺は本当にクラスメイトに恵まれているようだ。


「それで、優斗。実際どうなんだ?お前は綾瀬と別れて、小日向と付き合ってるのか?‥‥それともまさかとは思うが本当に二股なのか?」


 このクラスにスクールカーストは無いが、やはりリーダー的存在である恭二の言葉は皆を冷静にするだけの力がある。皆が俺の言葉を息を呑んで待っていた。


 やっと喋れるようになって、みんなに説明しようとした時、小日向がギュッと腕を組んできた。流石にこの場では空気を読んで良いはしないが、彼女の大きな胸に腕が挟まれて非常にやばい。


 そんな事されたら「彼女です」とこの場で言ってしまいたくなるが、ここはグッと堪えて事実を話す事にする。


「瑠奈とは別れてないし、小日向は友達だよ」

「‥じゃあ小日向の彼氏発言は??」


 それは‥‥どう言ったらいいのだろうか。俺がここで「小日向は俺の事が好きでついそう言ってしまったみたいだ」と言うのは違う気がする。まだハッキリと本人から告白された訳ではないし、告白されていたとしてもそれは俺じゃなく本人が言うべきだろう。


 てか俺がさっきお願いしたように、小日向自身が否定してくれるのが一番ここは皆を納得させれると思うのだ。


 俺が答えあぐねていると、小日向が腕をより一層強くギュッと組んできた。ふと隣を見ると俯いた彼女の顔は耳元まで真っ赤っ赤である。


 だからやばいんだって、腕が色んな意味で。そろそろ本格的に下がヤバくなってきた時、湯気が出るほどに顔を真っ赤にした小日向が意を決したように前を見た。


「‥‥あぅ‥私が‥一方的に‥ゆうくんの事が大好きなだけ‥‥。‥どうしても‥彼氏になって欲しいなって‥‥」


 そう言った後消え入るような声で「‥誤解させてごめんなさい‥‥」とシュンとなる小日向。恥ずかしさを堪えるように俺の腕をこれでもかと強く組んでもう片方の手で握りしめている。


 ‥‥ヤバいヤバい何コレヤバい。語彙力がなくなるくらいヤバい。胸のドキドキが止まらない。俺は何とかこの場をやり過ごす事だけを考えていたのに、まさか皆の前で告白されちまうなんて。告白自体は中学の時に瑠奈にされた事があり初めてではないが、それが嘘告だと分かった今は実質この告白が初めてみたいなもんだ。


 クソッ‥小日向がこんな勇気を出してくれてるのにおっぱいがどうとか考えてた愚かな自分を殴りてえ‥。


 本当にやばい。頭がボーっとして、何も考えられなくなる。ただただ小日向の言ってくれた「大好き」という言葉だけが頭の中で反芻する。誰が今日こんな事起きると予想出来た?夏休みのムチと今日の飴の差が激しすぎる‥。


 クラスメイト達も、小日向のあまりにも真剣な告白が嘘でないと悟ったようで男子達は恭二以外崩れ落ち、女子達は本気で困った顔をしている。太一に至ってはもはや屍のようだ。


「小日向の優斗への想いは分かった。けど‥」

「そうね‥。でも影っちはあれだけ瑠奈ちゃんの事大切にしてたし‥」

「うん‥。これからどんな選択をするにしても、きちんとケジメはつけなさいよ?」


 恭二、早乙女、茅野の言う通りだ。小日向の真剣な気持ちはよく分かった。勿論こちらも真剣に応えるつもりである。


「ああ、分かってる。さっき放課後ちゃんと話すと約束した」

「‥ん」

「優斗‥お前なら大丈夫だと思うが、中途半端に小日向を傷つけたりするのだけは許さないからな?」

「ああ、分かってる」

「ふ、ならいいさ。その顔を見て安心したよ。俺にとっても小日向は大事なクラスメイトだからな。なら後はお前達二人の問題だしこれ以上俺たちが口出す事じゃない。ほら、皆も席に戻るぞ」


 恭二の言葉を皮切りに皆がトボトボと自分の席に戻って行く。特に仲の良い恭二、太一、八乙女、茅野には明日きちんと話さないといけないな。まあ、他のクラスメイトにもまた尋問されるだろうが‥。


 次の授業は、さっきの授業とは別の意味で全く集中する事が出来なかった。おそらく今日一日は先程の小日向の告白と放課後の事以外考えられそうにない。放課後話すべき事をまとめたいのに、まだ心臓が激しく脈打ち思考に上手く集中出来ない。


 小日向もやはりさっきの大勢の前での告白は相当恥ずかしったのか顔をまだ真っ赤にして授業を受けていた。その愛くるしい姿を見る度に現実かどうか疑ってしまうが、自分の頬をつねってみるとちゃんと痛い。


 次の休み時間、予想通りと言うべきか噂を駆けつけた他のクラスの生徒が鬼の形相で駆け寄ってきた。中には本気で殴ろうとしてくる者もいる有様だ。仲の良い自分のクラスメイトではないので、みんな手加減と言うものをしらないのか掴まれるだけでも大分痛い。


 いっそ背中を向けて教室を出て逃げようかと思ったのも束の間、小日向が俺を背中から強く抱きしめた。


「‥行かなくていい‥‥ゆうくんをいじめる人‥みんな大大大っっっ嫌い‥‥早く帰って‥」


 うわ‥‥えっぐい‥‥。下手したら死人が出るぞこれ‥‥。


 案の定小日向がそう言った瞬間、駆けつけてきた他のクラスの奴ら全員の魂が目視出来るレベルで抜けていく。


「小日向、マジで助かったわ。ありがとな」

「‥ん!」

「‥‥‥。‥ん!じゃなくてそろそろ離れてくれないか?」

「‥‥‥ぐす‥イヤなの‥?」

「‥‥くっ、そんな目で俺を見るな‥!」


 嫌じゃないです。涙目で訴えるこの子を力ずくで引き離せる奴この世界にいるか?だがクラスメイトの視線が凄く痛い。「イチャつくな。◯すぞ」と視線が訴えてきている。


 視線に怯えながらも、何とか力をあまり入れずに小日向を引き離そうともがいている時、いかにもチャラついた感じの金髪イケメンが教室に入ってきた。


「マジかよ‥‥!?噂は本当だったみてえだな‥。おい影山。随分イチャついてるみたいだが、瑠奈が昼休みどういうことかちゃんと説明しろってマジギレしてたぜ?」


 いかにもエロゲーの竿役のようなこの男を俺は知っている。視界に入れるだけでも不愉快極まりない。


 そう、俺から瑠奈を奪った男――伊集院翔だ。

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