第4話 やっぱりあの子の様子がおかしい
目の前には声を枯らしながら未だに大絶叫しているクラスメイト。この大合唱が終われば怒涛の質問責め、中には俺をこの場で亡き者にしようとする輩も出てくるに違いない。
つまりこのままだと死は逃れられない。
そうなっては色々手遅れだと思った俺は、まずは二人きりで少しでも話をする為小日向を抱っこして逃げるように走り去った。あ、柔っこい‥‥じゃなくて!
「‥あ‥抱っこされてる」
いきなり俺に抱き抱えられているにも関わらず小日向は何故かうっとりとした表情でアホ毛を揺らす。か、可愛い‥‥じゃなくて!!
もうすぐに各クラスで授業が始まる時間なので幸い俺が小日向を抱っこしている姿を誰にも見られないで済んだ。
適当な場所で小日向を降ろし、ゼェゼェと息を吐く。降ろされた小日向は、何故か物凄く不満顔である。
「で、小日向さんや?さっきのはどう言う事?」
俺が真剣な眼差しで聞いても、小日向は言っている意味が分からんと言わんばかりに可愛く首を傾げた。
「いやいやっ、さっきなんでいきなり頭撫でてくれたり、その‥俺の事‥か、彼氏なんて言ったんだ?」
え、何で言わなきゃ分からないの?小日向にとって今日俺の頭を撫でて恋人宣言する事は確定事項だったりするの?
そうツッコもうとしたのだが、小日向が凄く言いにくそうに下を向いてモジモジしている事に気付いて辞める。この様子を見ると、本当は俺が聞きたい事を分かっているようだ。
「‥ごめんゆうくん。‥‥言うね?」
少しの間待つと、小日向がアホ毛をシュンと項垂らせながら、俺を見つめて小さな口を開いた。
「‥私ね?夏休みに綾瀬さんが伊集院くんとキスしてる所‥偶然見ちゃったの‥。綾瀬さんはゆうくんの彼女の筈‥。ゆうくんがかわいそうだと思った‥‥。」
ああ‥それで頭を撫でてくれたのか。確かに何かめちゃくちゃ慰めるように優しく撫でてくれてたもんな。優しいんだな小日向は。
「‥早く教えてあげたかったけど、前にゆうくんの連絡先を聞いても教えてくれなかったし‥‥家も近いから直接言おうと思ったんだけど‥綾瀬さんの事大好きだったみたいだから‥傷つけちゃうのが怖くて‥でもゆうくんの顔見たら‥‥いてもたってもいられなくって‥‥」
あー瑠奈は俺が他の女子と絡む事を極端に嫌がっていたから連絡先交換してないんだっけ。家も近かったのか。なら道端であったりしそうなもんだが、もしかして瑠奈に気を遣って出会わないようにしていてくれたのかもしれない。
小日向は俺が思うより俺の事を大切に思っていてくれていたようだった。普段短い言葉しか話したがらない小日向が、俺の為に必死に言葉を紡いでくれている事がそれを物語っている。彼女の優しさに自分の胸が熱くなっていくのを感じた。
小日向はクラスだけじゃなくて学園全体にも知れ渡るアイドル的存在だし、瑠奈もいたからどこか友達と思う事を俺は遠慮していたのだ。
小日向の方も男子とは距離を取りがちだったが、ある日から何故か俺にだけ自分から話してくれるようになったし、席が隣になってからは俺がマイペースな小日向を割と世話したりしていた。今振り返ってみると確かに俺と小日向ははっきり友達だと言える関係だと思う。
「小日向、ありがとな。なんかさ‥俺凄い嬉しいよ。俺の事をこんなに考えてくれてさ‥その、マジでありがとう」
まずは小日向に心からの礼を伝えたいと思った。吐く程辛い事があって‥その事を共有出来る人がいなくて‥。復讐の為に誰にも共有してこなかった自分が悪いんだけど、こんなふうに俺の事を考えてくれている事を本当に嬉しく思う。
「‥ん。‥ゆうくんの事だから考えるのは当たり前‥」
柔らかい笑顔でそう言ってくれる小日向に心を奪われそうになりながら、俺は一番聞かなくちゃならない事を思い出しもう一度聞く。
「でも、彼氏‥とは?」
そう言うとアホ毛が一瞬ピクッと動き、小日向は目に大粒の涙を溜めウルウルさせながら上目遣いで俺を見上げた。
「‥やっぱり‥ダメ‥??」
ダメだと答えたら今にもその場で崩れ落ちてしまいそうな彼女を見て俺は確信する。俺はそこまで鈍感じゃない。
正直言うと、さっきの教室での小日向の行動から十分に予想は出来た。だけど俺自身の自己評価の低さから、こんな可愛い子が俺の事を好きだなんてありえないと勝手に決めつけていたのだ。
どういう訳か、小日向は俺の事が好きなんだ。多分ずっと好きでいてくれてて、瑠奈の浮気を知って俺が当然別れるんだと思ってる。そしてこんな俺を彼氏にしたいと思ってくれてる。
これは決して自惚れなんかじゃない。彼女の今の様子を見たら流石にもう疑いようがないじゃないか。
あの学園のアイドルの小日向日和が俺の事を好き‥‥。頭が全然追いつかない。夏休みあんな事があってすぐの全く予想だにしなかったイベント。正直頭の中はぐちゃぐちゃだ。
しかし小日向日和の想いは本物だろう。だから俺も出来るだけ真摯に答えたい。決してこんな授業の隙間時間で終わらせてしまえる事ではない。教室に戻ればクラスメイトの尋問が始まるし、昼休みは瑠奈との約束がある。約束を破ると面倒なので、誰にも邪魔されない所で出来れば放課後ゆっくりと話がしたい。
「今日の放課後会えるか?ちゃんと時間を取ってゆっくりと真剣に話したい」
「‥ん。‥ゆうくんとデート‥?」
「へ?」
「‥‥」
さっきのウルウルした顔はどこへやら途端にニッコニコになる小日向を見て、今余計な事は言うのは辞めにする事にした。ふとスマフォを見るともう授業が始まって10分程経っている事に気づく。
「ごめん小日向、授業遅れたわ。そろそろ戻ろうか」
「‥ん」
「その前にさ、瑠奈の浮気の事なんだけど誰にも言わないでくれるか?」
「‥‥‥ん」
「後、クラスの皆の前で俺の事いきなり彼氏っていうの禁止な?友達な?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ん」
質問が後半になるにつれて、頭の上でピコっと跳ねた毛がシュンと倒れていくのを見て苦笑する。コクリとうなずいてくれるものの頬をふくらませかなり不満気だ。コロコロと表情が変わる所はほんとに子犬みたいである。
さてとと、歩こうとした時キュッと腕の裾を掴まれた。
「‥さっきのは?」
「え?」
振り返ると両腕を大きく広げる小日向さんのお姿が。え?また抱っこってか?
いやいや流石にそれは不味いと伝えたが、なかなか歩こうとしてくれないので仕方なく右手を差し出す事にした。
「これで勘弁してくれ‥」
「‥ん!」
まあ許してやろうというような顔でちゃっかり恋人繋ぎまでしてくる小日向。今すぐ何もかも忘れてモフりたくなる行動は頼むからやめてくれ。何なのこの可愛い生き物。
教室に入る前は流石に手を離し入ったが、教室に入った瞬間凄まじい殺気を四方八方から受けた。流石に授業中なので誰も襲ってはこないがクラスメイト達からの威圧感がえげつない。
こりゃあ、あとでマジでちゃんと説明しないとブチ殺されそうだ‥。
ガタガタと震えながら、先生に遅れた事を謝罪して席に座る。小日向も教室の異様な空気に気づいていないのか、いつも通りふんわりとした表情で隣の席に座った。
授業はずっと殺気に晒されて全く集中できない。しかも隣を見たら小日向とめっちゃ視線合って笑顔だし、うっとりしているし‥マジでカオスすぎるんだが。
運命の授業終了のチャイムが鳴り、恭二だけが苦笑いする中、クラスメイトがゾンビのようにジリジリと俺たちに集い始める。その中で一際血に飢えた、ゾンビ代表の太一が俺の机の前に立った。
「さてと‥優斗。辞世の句を詠む時間をやろう。彼女を持ちながら我らが日和ちゃんに私の彼氏と言わせた罪人よ。最期に何か言い残す事はあるか?」
この場で俺の言葉には何の意味もない。ここは小日向に誤解を解いて貰おうと彼女に目配せした。任せて、というようにいつもの「ん!」を頂戴する。頼むぞ小日向‥!俺が生きるも死ぬもお前の言葉次第だ‥。
「‥ん‥ゆうくんは‥‥『今はまだ』彼氏じゃない‥‥私の『特別な』お友達」
「小日向さん!?!?!?」
決まったとばかりにこれまたニッコニコで親指を立ててくる小日向を見て、俺はどうしても怒る気になれずその場で死を覚悟して天を仰いだ。
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