二幕 屋上の約束

 目の前の思い人は、とんでもないことを言い放った。


「絶対信じてないでしょ?」


「信じられると思う?桐生さんふざけてるなぁ、とかじゃなくてさ。極端に『死ぬ』なんて、信じる方がおかしいだろ?」


 すると彼女は、鞄からクリアファイルを取り出し、一枚のA4の紙を差し出してきた。

 そこには見たこともない病名が、一生使わないであろう漢字約十文字で構成されていた。


「なんだよ・・・これ?」


 ファイルを持つ手が、震えているのがわかった。彼女も震えているように見えた。


 気を緩めれば倒れそうで、とりあえず屋上ドア横の日陰になっていたベンチに二人で腰掛けた。

 彼女の話によると、この病気は小学校五年生で発覚し、成人に近い年齢で亡くなる非常に残酷で無慈悲で稀な難病らしい。発症した人数も、日本では手足の指でこと足りる程の人数しかいないらしく、故に治療法は確立されていない。

 所謂いわゆる、不治の病だ。


「ごめんね、急にこんな話して。困るよね」


 炎天下で人の余命を、それも大好きな人の余命を告げられるなんて、全然思わなかった。思うはずもない。唇がカラッカラだ。


「人の余命とか信じたくないし、正直受け入れたくない。でも、それは打ち明けてくれた人を否定することだから、俺さ、桐生さんのこと、信じるよ」


 人って明日も何食わぬ顔で生き続けていそうで、いきなり死ぬことがある。有事の際、不幸なことは受け入れたくないのが第三者の率直な意見だ。だが、親しい人がそれを受け入れてくれるのと、受け入れてくれないのでは、当人も安心できないだろうと、俺は思う。ことが分かっている人には特に、受け入れ方や接し方を考えなくちゃいけないはずだと、俺は思う。


「ありがと・・・。それでね、私・・・日桜くんにお願いがあるの」


「・・・なに?なんでも言ってみなよ」


正直、もう何を言われても驚かないだろう。


「日桜くんに、私と最期の夏休みを、一緒に過ごしてほしい」


 最期って言葉が喉に刺さって、声が出せない。


「楽しんでほしいなんて、私の我儘わがままね・・・でもお願い、聞いてくれない?」


 彼女の願いは引き受けたい。でも引き受ければ、本当に君がいなくなってしまうことを認めることになるのが怖い。信じるなんて言っておいて、無責任だろう?だからお願いを聞く前に、どうか頬をつねって現実に戻してくれないかな。

 桐生夢喜が未来を生きる世界に。


「桐生さん、そんな大事なお願いは・・・俺でいいのかな」


 ふらっと立ち上がってフェンスに歩み寄る。野球部やその他運動部が練習を始めていた。

 これだけ人がいたら、若くして病気で死ぬ人が一人くらいいるものなのだろうか。

 でもさ、流石に桐生さんは例外だろ?

 彼女の代わりに死ねるなら、今この日光で焼き殺してくれよ。


「他の人じゃなくて、日桜くんがいいの」


 目からも汗が流れ始めた。あっという間に視界が霞む。酷い熱中症かもしれない。


「暑いね、汗が止まんないや」


 ハンカチで汗などを拭う。


「桐生さん」


 振り返るとそこに君がいてくれることが、どれだけ尊いことなのか。今も身に染みてるけど、これから先、もっともっと時が過ぎれば、骨の髄にまで染みるんだろうな。


「夏休み、一緒に楽しもうな」


 俺が生きてきたのは、俺が一番に大事な人を、幸せにするためだろうと、強く思った。





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