刻拍

日向 灯流

一幕 酷白

 今年の夏の暑さはフライング気味で、教室の冷房は唸りを上げている。

 高校初の夏休みなのに、予定は白紙。部活にも入り損ね、趣味のバイトに精を出す毎日。

 このままじゃ死ぬに死ねないなと、最近よく思う。


「ねえ日桜ひざくらくん、成績どうだった?」


 と、俺にニヤけながら問うのは、桐生夢喜きりゅうむぎ。隣の席に住む女子で、入学して最初に出来た友人だ。最初は何を考えているのか分からない不思議な人だったのだが、それが最近少しだけ分かるようになってきている。


「聞くなよ。でも強いて言うなら、流罪が決まった時の気分に似ている」


「流されてよく戻って来れたねぇ」


 そんな俺の心が桐生夢喜に流れて戻って来られなくなったのは、最近のことだ。

 興味もない髪型を最近よく気にしたり、制服の白シャツに毎日アイロンをかけたりと、明らかにCPUに上書きが行われている。

 彼女を意識し始め、優しく気遣う場面が五倍ほど増えたことは、見れば馬鹿でもわかる。


「日桜くん」


「どうした?」


「今日はお昼まででしょ?このあと時間ない?」


「・・・あるけど」


 これが確変とか言うやつに違いない。間違いない。


「ちょっと話したいことがあって」


 どこに断る理由があるだろうか。あったとしても焼き払ってやるだけなんだけどね。

 以降、担任の夏の健やかな過ごし方などのありがたいお話は右耳を通って左耳に流れ落ち、襟を1分ごとに正し、最終的に生徒手帳を開きカレンダーの日付を順番に頭の中で足していくという奇行に至った。

 放課後が訪れた時には、人間であることを忘れないようにするのがやっとだった。

 そして俺は桐生さんに連れられ、屋上へと向かった。夏の日差しを遮るものがないそこは、半分地獄で半分天国だった。


「ごめんね、時間取らせちゃって」


「それはいいけど、どうしたの?」


 俯く彼女と肩に掛かる髪。太陽が二つ輝く、人には到底耐えられない眩しい空間で、俺は話の内容を予想することさえ出来ずに立ち尽くし待つだけだった。

 すると彼女は、俺の目を見ながらやや微笑んだ。期待と不安に、思わず身構える。


「日桜くんは、ヒトの心臓が一日にどれくらい動いているのか知ってる?」


 日常会話にしてはコアな話だなと思いながら、考える。


「そうだな・・・一万回くらいかな?」


「ぶっぶー!正解は約十万回です!大分違ったね」


 そうなのかと答えながら、その数を圧倒しそうな早さで動く心臓。

 彼女は自身の胸にふっと手を当て、続ける。


「ねえ、日桜くん。私の心臓ここ、あと三百万回くらいしか動けないんだ」


「・・・は?」


そういう冗談が流行ってるのか?







「私ね、死んじゃうんだ」


 世界が言葉通りになるなら、蝉に掻き消されればいいのに。何を言う時も綺麗な君だから、俺に聞き逃しを許さなかった。









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