第122話 Until we meet again
「どうしたの……あっ」
俺が病室に入った第一声目彼女はそう言った。
最初すぐにこの状況を理解し、察したのだろうか。
「私倒れたんだっけ」
「そうだよ」
もう特に隠すわけもなく、というか隠したところで意味が無かった。
夜音は少しはぁという声を出した。
それはどういう意味なのか俺には汲み取れない。
「もう長くないのかもね。私がそう感じる」
彼女は窓の方を向いた。
病室には夜音1人しか居ないからこそ、特に聞かれたくない話などは無かった。
だからここで一つ話がしたかった。
「俺、覚悟決めたよ」
目を背けることなく、ただ夜音を見つめそう言った。
覚悟を決めるということにどれだけの時間がかかったか自分に呆れてしまう。
けれど、決まったからにはもう揺らぎたくない。
だから夜音にそう誓うように言ったのだ。
「そう。ようやくだね」
彼女は俺の方を向かなかった。
「海斗はこの先どうするの?」
「この先…は特に決めてないかな」
「そっか。家事とか一人で背負わないで十分私を頼ってね」
「うん。そうする」
「あとプロゲーマーも復帰してくれると嬉しいな」
「ああ。そうするつもりだよ」
家事を彼女に分担させる。
これが決して罪を償い終えたからというわけではない。
また新たにゲームとしてチャンピオンを目指す過酷な戦いが始まるのだ。
「私、海斗のプレイを見届けたかったな。この先もずっと」
「ごめん」
「謝ることじゃないよ」
夜音の声が若干上ずっている。
そんな気がした。
もしかしたら彼女は泣いているかもしれない。
けれど俺にその事実を突きつけられたところでどうすることもできなかった。
「海斗は何ごとも謝りすぎだよ。」
「ごめん」
「ほらまた~」
彼女はちょっと笑うようにこっちを振り返った。
そこには何も言えない彼女の笑った表情。
別れるということがつらいという悲しい表情も混じっていたかもしれない。
運命というものはこういうことなのかな。
そう感じている瞬間でもあった。
「海斗」
「ん?」
下を向いて色々考えていた。
彼女にふと呼ばれて上を向くと、彼女は俺の方を向いていた。
今まで以上に真剣な表情で、ふざけるなんて想定出来ない空気だった。
「成長したんだね。本当に」
「ああ」
「私が見る間でもなく、成長した。それはここ数日で分かりきった事実だった」
「中学生の時、海斗の事心配して損したな。なんだよ、ちゃんとしてるじゃん」
「これからプロゲーマーとして頑張るんでしょ?」
「うん」
俺は素直にうなずいた。
特に何か付け足して言うことは無く、もう聞くことの出来ない夜音の声を味わっていた。
「これからの私にも伝えてあげなよ」
「あ、えっと……」
一瞬頭によぎったことがあった。
(そういやあいつもblanc好きなんだっけ)
これは説明すると大変なことになるんじゃないかな。
「ふふ」
「どうした?」
急に夜音がふと笑った。
さっきまでの真剣な雰囲気はどこにいったのか。
「いや、海斗のこれからを考えてたら楽しそうでつい」
「今まで海斗を世話してきて、後悔したことなんて一度もない。これは揺るがない事実だよ。」
「だからあんまり引きずらないで。今見たいのは海斗の姿そのものだから。」
「本当にありがとう。私を成長させてくれて。」
彼女はベッドの上でお辞儀した。
「こちらこそありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」
今居る夜音とはもう会えないだろう。
そう病院の先生が言ってた。
けれど、俺からしたら夜音にこれからも頼るのは決まった事実だし、これくらいいいだろう。
「海斗、こっちに来て」
そう言ってポンポンと布団をたたいていた。
俺は言われるがままに彼女の横に座る。
「え?」
俺がそう声をあげた理由は簡単。
彼女は俺の身体を寄せてそのまま抱いたのだった。
困惑が9割あるなか、1割だけ、夜音って温かいなという何とも言えない感情が浮かんでいた。
「好きだよ、海斗の事。だからこそ大切な人を私は大切にしたかった。」
「本当にありがとう」
彼女の顔を見ることは出来なかったが、おそらく肩に雫が落ちてきたことで察した。
俺も悲しくなり、泣きたくはなったがここはこらえたかった。
最後に彼女にみっともない姿を見せたくなかった。
「俺も好きだよ。これからも大切にする。約束だよ」
思わずそう言った。
そっか、夜音の事好きだったのか。
今俺はそういうことに気が付いた。
だからこそこれまで以上に考えるし、大切にしたいとよく考えていた。
今となって困惑という言葉は頭から消えて、今は彼女と少しでも長い間ずっと一緒に居たいという感情で埋まっていた。
何分くらい経ったのか分からない。
けれどだいぶ長い時間は経った気がする。
俺は夜音から離れて、バッグをもう一度背負い直した。
「そろそろ行くよ……」
離れたくは無かった。
けれどここで離れなかったら多分離れることが出来なくなる。
「うん」
夜音は笑顔だった。
今まで見た中で一番綺麗、そう言える自信があった。
「じゃ」
俺の中にはたくさんの記憶が浮かんだ。
夜音と遊んだ記憶、喧嘩した記憶、勉強した記憶。
「頑張ってね!これからも!!」
後ろから彼女の声が聞こえる。
ここで振り返りたかったが振り返らない。
もう後ろは見ないと決めたんだ。
感じたことのない重さのドアをゆっくりと横に引いて、病室を出る。
すると、すぐそばには今まで担当していた病院の先生が一人立っていた。
「もういいのか」
「はい。俺はもう後悔しません。先に進みます。今までとは違うんで。」
ちょっとカッコつけたかもしれない。
けれどそれでいい。
帰り道に聞いたカラスの鳴き声はしばらく頭の中に残っていた。
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