第121話 What I didn't know
「でも、それでも夜音は頑張ったよ」
そう風夏が言った。
特に何か特別に思ったことがあるかと言えばない。
けれどなぜかふと彼女の方を見た。
風夏は目を瞑り、上を向いていた。
俺からしたら見たことのない彼女の姿、という印象だった。
「中学生のころ、夜音。何回も家に訪ねてきてさ」
「私に家事のやり方聞いてきて。私もわりと頑張ったよ」
「知らないことを他人に教える、だなんて難しいよ」
「でも彼女は私とともに真剣に頑張ってくれた」
「夜音は天才だよ、何もかもの。
でもそれには努力が備わっているんだな、って初めて感じた。」
俺は黙って聞いていた。
ここに横やりを入れるべきではないという判断というより、
この話の結末を受け取るしかなかったからだ。
「そんな夜音を奪った海斗を私は許さない。」
「けれど嫌いというわけではないよ。海斗はそれ以上に罪を償っているし」
「でも、夜音は海斗がプロゲーマーしていることに気が付いたとき凄く尊敬していた」
「え?」
俺は顔を上げて、風夏の方を見る。
彼女は依然として目を瞑り上を向いているばかりだった。
「夜音は言ってた。私が居なくなってもプロゲーマーは続けてほしい。
でも私の代わりに支える人が出るまで私が今は支えるんだ__って。」
「だから、私が言いたいのは……」
ようやく風夏は目を開けた。
でもその彼女の表情はいままで見たことがないほど真剣で。
俺は自然と背筋が伸びた。
「彼女の期待にはすべて答えるべき。プロゲーマーをまた続けてよ」
「え、でも」
何度も言われる。
別にそれが嫌というわけではないし、本当にプロゲーマー復帰という道もなくはない。
現にチームメンバーにはいいよとも言われた。
「でもじゃない!海斗は続けないとダメなんだよ!」
風夏は少し怒るように、でも見たことない表情だった。
どうしようもない悲しさ、そして何も言えない寂しい感じ。
怒っているとは言えない表情にも見えた。
「それが海斗に課せられた罰。早く理解してよね」
「ごめん」
「まったく何度言えば分かるんだよ……」
風夏はやれやれとでもいうように呆れていた。
けれどこの決断は変えることないよう心に強く受け止めた。
「ありがとう。こんな俺に付き合ってくれて」
彼女に心からの感謝を送る
「もう…。でももういいよ。」
「私はもう夜音に言いたいことは全部言い切った。だから病院にはもう行かない」
「覚悟を決めたんだ。これ以上会うと、たぶんこの先引きずっていく。」
「それに夜音にも、そう言われたから」
「そっか……」
風夏の感情は心底理解しているつもり。
けれど周りからじゃ汲み取れないほどに深い悲しさが突き刺さっている、そんな気がした。
でも、俺にはどうすることも出来ず言葉が詰まった。
「だから、次は海斗の番。」
彼女はベンチから立ち上がり、俺の方向を向いた。
この瞬間彼女と目が合った。
風夏はふと少し笑って、
「あと1度だけの機会。全部話してきなよ」
そう言って彼女は去って行った。
特に後から付いていくこともなくぼんやりと景色を眺めていた。
いつの間にか遊んでいた子供たちは居なくなり、
ようやくもう夜だったんだと感じた。
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「まあ、そうだよね」
家のドアを開けてもおかえりなどという声は当然飛ばない。
この春休み、それも1週間くらいしかない短い期間に起こった出来事は
今まで溜まりにたまっていたパンドラの箱の鍵のようで
記憶が少しずつよみがえり、それが鮮明になっていく。
そして、それが無くなっても、鮮明な記憶がすぐに消えるわけではない。
こんなはかなさを抱いたまま数日過ごさないといけないのはやはり残酷で、時には辛くなる。
それ以上に、夜音がここまで印象に残るのかという現実を押し付けられ、
以前ならここで滞り、しばらく動けなかった。
けれど今は違う。
高校生にもなり、今となってはまだいい人間になったと信じたい。
だからこそこの自信がいつか弱点になるかもしれないが今はどうでもいい。
「覚悟を決めろ、俺」
まるでバトルものの最後の決戦のような覚悟が、今俺の中で湧き上がっていた。
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