第108話 episode4
「意識がないってどういうことですか?」
俺が焦ったようにそう言うと、井上先生は少し言いにくそうにしていた。
でも俺と目が合ったとき、何かを決めたのだろうか。
「ちょっとこっちに来てくれ、話したいことがある。」
そう言って彼は廊下を歩き出した。
どこに行くのか分からなかったが、付いていくしかなかった。
先生が止まった先にあったのは一つの部屋だった。
俺が何度も見た生徒指導室そのものだった。
「座って」
俺が席に座った時先生は向かい側で座っていた。
「落ち着いてよく聞くんだ。いいな?」
本当に深刻な事なのかと俺は思わず息をのんだ。
「はい」
「彼女は今自分が誰なのか分かっていないだろう」
俺が理解できる言葉数ではなかった。
「どういうことですか?」
「もし俺の勘が正しければ彼女は今新しい人格を持っている」
「えっと…」
つまりどういうことなのか分からない。
分かりたくないの間違いかもしれない。
「彼女が目を覚ました時、それはもうあの彼女じゃないんだ。」
「そう、ですか」
少し間をおいてようやく理解が追い付いた。
でも、理解が追い付いたことで恐怖がやってくる。
「い、今までの夜音は…」
「どうなるかは俺にも分からない」
先生は申し訳なさそうに首を振った。
「彼女が倒れた原因がまだあまり分かってないんだ。でもおそらくは過度の疲労かもしれない」
「えっ」
「人間に出来る範囲量を完全に超えていたのだろう。生きる限界まで物事を詰め込み過ぎたんだ。おそらくの話だがな」
「俺のせいだ…」
「俺が、俺がバカだったから。学校に行かなくなったせいで…」
「海斗君。落ち着いてくれ。だれもお前が悪いとは…」
「俺が悪いんだ!絶対そうだよ。俺が彼女を狂わしたんだ」
「おい…別にお前が悪くないとも悪いとも言わない。だが今から出来ることを考えることなら出来るだろ。」
俺は少しだけ顔を上げた。
「希望を失ったらおしまいだ。これからどうすべきか考えるのがお前の最優先事項だ。いいな?」
そう言って先生は席から立ち上がった。
そして俺の方へやってきて、
「お前なら出来る。まだ何もかもが終わったわけじゃない」
そう言って頭の上に手を置いた。
「うん…」
もはや頷くことしかできない。
俺がこれからどうすべきなのか、それしか頭の中には無かった。
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部屋から出ると一人の少女が居た。
下を向いていたからこそ誰か分からなかったが、声を聴いたとき正体が分かった。
「なんでそんなに下を向いているの」
風夏だった。
電話を聞いて駆けつけたようだ。
「実は…」
俺は彼女に本当の事を話し始めた。
最初こそは俺の事を思って聞いてくれていたのかもしれない。
だが、次第に鼻をすする音さえ聞こえてきた。
「ということなんだ…」
「そう…。確かに先生の言うことは正しいね。これからを考えよう」
風夏は俺を責めなかった。
絶対責められると覚悟していたからこそ少しだけ驚いた。
「俺を責めなくていいの?」
「あんたなんかを責めても事が進まない。さっさと行くよ」
そう言って彼女は歩き出した。
向かう先は夜音の病室だった。
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実際には彼女は集中治療室だった。
だからこそ俺たちは入れなくて外から眺めていた。
「夜音は目を覚ますかな」
俺がそうポロリとつぶやいた。
「縁起悪いこと言わないで」
風夏は俺にそう怒りながら言った。
「どんな夜音でも私は支えるよ。」
「ありがとう。でも俺も身の回りの事頑張らないと。」
すると
「海斗なら出来るよ!!」
夜音の声が聞こえた気がした。
ふと彼女の方を見たが、眠っていた。
まるで天国に逝くかのような悲しくてでも夜音らしい声だった。
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