第36話 肝試し前の対策が功を奏して…

 他の先生と連絡を取るため電話している先生と困っている長名を栄一に任せて、長名が教えてくれた方に向かってアリスを探しに行く。

 人は大体6秒くらいで落ち着くって聞いたことあるから、今回もそれくらいで我に返るとして、冷静になって周りを見て迷子になったことを自覚したら…アリスのことだからその場から動かないはず。花火大会でも迷子になってくれたおかげでかなり行動パターンが読めるぞ。

 おおよそアリスの全力で6秒走ったくらいの地点に着いた時、スマホでアリスに電話をかける。耳元でコール音がすると同時に、やや離れた茂みから大音量の童謡うさぎとかめとアリスの叫び声が聞こえた。

「こんな所にしゃがみ込んで。スマホの設定いじってて正解だったな。」

「…只男ぉ…只男…只男ぉぉ…」

 語彙力が破滅的になっている。余程怖かったのだろう。その上いきなり大音量が流れ出したのがとどめになったか。整った顔が泣きすぎてぐちゃぐちゃになってしまっている。

「ぐすっ…只男…何で分かったのぉ…ひっく…怖かったよぉ…」

「アリスのピンチは分かるって言ったろ。皆の所に戻るからその顔はどうにかしとこう。」

 アリスは頷きながらこちらに飛び込んできた。突然のことに硬直していると、こちらのシャツで顔を拭いていた。自分の物は汚したくなかったのか、こういう時でもそういう知恵は回ることに感心した。

 少し落ち着いてきた様子を確認してから歩き出す。だが、アリスがついて来ない。

「怖い…手ぇ…」

 未だに語彙力が幼児並みだったが、手を差し出すジェスチャーとカタコトの言葉で手を握って帰りたいことは伝わった。ここで変に意識して放置するのも可哀想だし、手を引いて連れて行くしかない。

「結局只男なんだよね…誰か助けてーってなった時に思い浮かぶのも、実際に助けてくれるのも…」

 道中大人しく引かれていたアリスがポツリと呟く。やけに素直になっている。

「そりゃあ、アリスの失敗パターンはもはや未来予知レベルで読めるからかな。」

「なんか予想を超えない人間って言われてるみたいで悔しい…!」

「事実だし、おかげで対策もしやすくて助かってるよ。」

「あんまり嬉しくないんだけど…そういえばスマホの着信!あれも只男が?」

「トイレ行ってる間に迷子対策しとこうと思って。」

「やっぱりかぁ…心臓飛び出るかと思った…」

「てか何でうさぎとかめ?」

「只男ってなんだか亀っぽいじゃん。」

「…誉め言葉だよね?」

 比較的元気になってきたが、手を離す素振りもなく大人しく付いてきている。普段の快活な感じと違うしおらしい姿に、実は動揺が隠しきれない。それを悟られてはいないか、握っている手がおかしくないかが気になって仕方がない。

「でも…只男で良かった…来てくれたのが…」

 …はい、とどめを刺されました。好きです。

 普段元気な子の大人しい姿というギャップで破壊力抜群なのに、素直さまで足されて落ちない人なんているだろうか、いや、いるはずがない。

 その後、無事に栄一達と合流したものの肝試しは途中棄権となってしまい、そのまま部屋に戻っていくことになった。完全に気持ちに自覚してしまった今、少し離れて冷静になる時間ができたのはありがたかった。

「栄一、俺アリスのことが好きみたいだ。」

 部屋で2人になったタイミングで栄一にカミングアウトする。

「…はぁ?そんなの当分前から分かってる。」

「そうなのか!?俺は最近やっと自覚し始めたのに…」

「まぁ気持ちに自覚したってことは一歩前進か。でも、問題はこれからどうするか、どうなりたいか、だぞ。」

「どうなりたいか…」

 流石、先輩の言葉は重い。好きな人とはもちろん付き合って彼氏になりたいのだろうけど…その前には告白してOKしてもらう必要があるわけで…そんなことを自分がするなんていうのが想像もできない…

 ぐるぐると考えを巡らせてみたが、脳や心が考えるのを拒絶するのか強烈な眠気に襲われる。アリスとこれからどうなりたいのか考えながら寝落ちしてしまっていた。


 4日目は京都で体験活動をするということで、映画村で時代劇の衣装を着て記念撮影や演技体験をした。もちろん楽しいのには違いなかったし、周りから見ても楽しんでいるように見えるよう振る舞っていたが、心の中では昨日の問いがいつまでも繰り返し思い浮かんでは答えが見つからないまま沈んでいく。

 結局どうなりたいのか、そのためにどう行動するのか。悲しいかな、今まで考えたことのなかった難問に悩まされながら、楽しくもあり悩みも多く生まれた修学旅行は幕を閉じた。大きな宿題を残したまま。

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