夏休み

第15話 夏休みのイベントといえば…

「…というわけで、長期休みだからといって気を緩めることなく青俊校生という自覚を持った行動を取るように。解散。」

 担任がテンプレート通りの注意事項を事務的に言い終える。ということは、今から待ちに待った夏休みということだ。

 とはいっても、実際は特に予定があるわけでもなく、受験もまだ目前に迫っていない高校2年生はクーラーの効いた部屋でとにかく怠惰を極めるしかない。

「さてさて、この夏休みはビッグな祭りもあるし充実したものになりそうだな。」

 栄一は数日前から雑誌やサイトとにらめっこしながら予定を立てていた。ちなみに、栄一の言う祭りとは、薄い本やコスプレが集まる例のやつである。オープンオタクを謳っているくせに変なところで隠語を使いたがる。

「予定が詰まってそうで羨ましい限りですね。俺はクーラーの効いた部屋で海賊王になるための旅の3周目でも読んどくよ。」

「ふっふっふ…予定が…欲しいか…!?貴様は予定もない酸っぱい夏休みを送るのだろうと思って、予定を入れてやったぞ。海水浴だ!来週水曜日の朝出発!」

「入れてやったって…勝手に確定?まぁ、予定はないからいいんだけど。それにしても、男2人で海に行っても…辛くないか?」

 リア充が集まる海辺で栄一と2人で過ごす様子を想像しただけで目から海水が出てきそうになる。

「その点も抜かりはない!女子2人も来るはずだから。」

――これまでのイベントには必ずアリスの姿があった。そして、体育祭後に栄一と長名がこそこそ話しているのを何度か見かけることがあった……これは、栄一と長名に仕組まれた海水浴イベントが始まるやつだ。体育祭の保健室でのことを勘違いして気を回してくれたやつだ。

「来るはずってどういうこと?」

「いやいや、女の子の手配は長名ちゃんにお任せしてるからさ。どうなるか分からないんだよなー誰が来るのかなー」

 白々しく知らないふりをしているが、栄一のことだ。アリスが来るようにあの手この手で根回ししているに違いない。

 当のアリスはというと、保健室では何もなかったかのようにいつも通りに過ごしていた。けど、やっぱりあれ以来いま一歩踏み込んでこないようにしているような気がする。踏み込まないといえば、長名も体育祭以降どこかよそよそしく、話していても周囲を気にして落ち着かない様子だ。最近、人間関係の歯車が少しずつずれて空回りしているような感じがする。

「丁度良いところに当事者がいるじゃない。今清香にムカ4で海に行くお誘いを受けたんだけど、只男も誘われた?」

「俺も今栄一から聞いたよ。てか、ムカ4て何?」

「ムカデ競争で絆が芽生えた4人、略してムカ4よ。今更何よ?只男以外みんな使ってるわよ。」

「嘘だろ…こんなださいの…」

「なんか文句あるわけ?それよりも、海よ。どうなの、行けそうなの?」

「まぁ、夏休みに予定があるわけでもないから断る理由もないし…」

「なにクールぶってんのよ。本当は行きたくてたまんないくせに。」

「クールぶってなんか…」

「とにかく!体育祭のプチ打ち上げね。水着を新調しちゃおうかな。」

「そうか。水着を買わないとな。」

「あら?只男も新しく買うの?」

「新しくというか、高校に入って初めて買いに行くというか…」

 本当は水着なんて買うのは小学生以来だが。

「あ…そっか、今まで海に行くような相手がね…」

「いや、お察し…みたいな感じで憐れむのやめて。可哀そうなものを見る目をするな!」

「いや…そんなつもりはないけど…ねぇ。去年1年は…ねぇ。花の高校生活が…ねぇ。」

 ねぇで濁されているが、アリスは相当煽ってきている。去年までの甘さの欠片もない酸っぱいばかりの青春の日々を掘り返されて天を仰いだ。あれ、目から冷汗がこぼれそうだ。

「楽しそうな夫婦漫才の途中だけどいいかな?話を聞くところによると皆さま方水着が必要だということだね。なら、YOU達一緒に買いに行っちゃいなYO?もちろん俺らも一緒にね。長名ちゃんもきっと一緒に行きたいはずだから。」

――これは、水着選びという青春ものにありがちなサービス回になるやつだ。今回は栄一が次々と良い仕事をしている。

 栄一はさっと風のように立ち去って、あっという間に長名を攫って帰ってきた。長名と話していた友達が唖然としたままこちらを見ていたが、気にするまい。

「長名ちゃんも一緒に行きたいって。ということで、週末にショッピングモールに10時集合ね。詳しくはムカ4のグループRINEで連絡するね。」

 いつも無気力に二次元やアイドルばかり見ているくせに、こういう時には抜群の行動力を発揮してどんどんと進めていってしまう。あのアリスでさえただ頷くばかりだ。ましてや、攫われたばかりの長名は状況を理解するので精いっぱいだった。そうして、こちらが反応をする間もなく、栄一がサクサクと予定を決めていってしまったのだった。

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