第14話 保健室の先生って大体適当で…
「湿布が切れちゃってるみたいだから倉庫まで取りに行かなきゃ。少年、ちょっと見てやっててくれるかね。」
無事に保健室に到着して任務は完了したかと思ったら、養護教諭が倉庫に行ってしまい、戻ってくるまで付き添うことになってしまった。
ベッドが並ぶ部屋に二人きりだと思うと、思春期真っ只中の男子高校生は変に意識して緊張してしまう。誤魔化すために適当に口を開くが、いくらしゃべっても上滑りしている感は否めない。
「…それにしても優勝とか出来過ぎな気がするよな。北王子作戦がドンピシャって感じだったけど、あれっていつ考えたのかな?北王子君、めっちゃ張り切ってたから今頃絶対大喜びしてるよ。」
「うん…そうだね。」
「…それにしても、こんなに頑張った体育祭も初めてだったなぁ。文化祭の時といい今回といい、バタバタしたけどこれはこれで楽しいもんだな。」
「そっか。良かったね。」
アリスは保健室に着いたくらいから素っ気なく、反応も上の空といった感じだ。またしばらく沈黙が続き、アリスはというと何か考え事でもしているように難しい顔をしていたが、ふと思いついたように顔を上げ、ポツリポツリと話し始めた。
「只男はさ、さっきも言ったけど、転校してきた日からずっと、私のことをよく見てくれてるんだよね。冗談とかじゃなくて。」
――妙に真剣な顔をして何か言いにくそうにしている……これは、何かやらかしてて引かれたやつか?それかアリスが俺のことを…っていうのはありえないし、何をやらかしたのか…
考えながら話しているのか、俯きがちだが視線が落ち着かない様子だった。前髪の隙間から覗いている顔は、白くて透き通るような肌に赤みがかっていて相変わらず整っている。
「…それってさ、私のことを気にしてくれてるってことだよね?」
「そりゃあ…まあ、面倒見るように指名されたのもあるし。」
「たしかに、そんなこともあったね。でも…それだけなのかな?」
「それってどういう…」
「私はね、それだけじゃないんじゃないかなって思うの。私とおんなじなんじゃないかなって。」
おやおや?これはもしかするともしかするやつか!?しかし…
――いきなりの真剣な話。期待したくなるような怪しい話の流れ……これは、話の肝心なところで誰かに邪魔されるやつだ。もしかしたら盗み聞きしている奴がいて噂が広められるやつかもしれない。
「同じって?」
「私ね、いつからとかっていうのはよく分かんないんだけど、今日はっきりと分かったの。私、只男のこと…」
「おー!長名ちゃんじゃん。長名ちゃんも広井のお見舞いに来たの?」
部屋の外から栄一の声が聞こえてアリスの話が途切れる。それと同時に誰かが走り去る足音が聞こえてきた。どっちもだったか。長名は変な噂は流さないだろうけど…
「あれ?おーい?」
ノックしながら入ってきた栄一は、走り去る人物の後ろ姿を目で追いながら首をかしげている。
「なんで行っちゃたんだろ?おっ、只男もいたのか…あぁ…これはこれは…失礼しましたー」
「ちょっ…まっ…」
振り返って部屋の中を見た途端に何かを察した栄一は、風のように去って行ってしまい、声を掛けて引き止める暇もなかった。再びアリスと二人きりになる。再び沈黙が続く中、次の言葉を催促するかのように拍動する心臓の音がやけに大きく感じる。
口を開いたのはアリスだった。
「ふふっ、なんか変な空気になっちゃったね。あーあ、先生まだかなぁ?」
さっきまでの様子から一変して、いつもの明るい調子に戻っている。
「えっ、さっき何か言いかけて…」
「もういいから!只男もいつまでもこんなところにいないで戻った戻った!」
「いや…でも…」
突然元気になったことに、呆気にとられているうちに追い出される。結局話の肝心なところは聞けずじまいだった。
保健室を出る時に振り返ってみたが、アリスはこちらに背を向けてしまっており、どんな表情か読み取ることはできなかった。
一人ですごすごと戻っていると、栄一が壁にもたれて退屈そうに突っ立ていた。こちらを目認すると、ぱっと目を輝かせて一目散に寄ってくる。さっき保健室で邪魔をしてしまったことをしきりに謝りながらも、保健室での様子を窺おうとしてくる。しかし、さっきまでのアリスの言動を振り返って、あの場で何も気の利いたことを言えなかった自分を反省することに夢中で、栄一の言葉はほとんど脳まで届かずに右から左に抜け出て行った。
グラウンドに戻ると、興奮冷めやらぬ様子で騒ぎながら閉会式が始まるのを待っている様子だった。4組のメンバーの中に長名の姿を見つけたが、周囲に合わせて笑っていても心なしか元気がないように見える。それとなく近づき、どこから話を聞いていたのか探ろうと思ったが、タイミングが合わずに話しかけることができなかった。というか避けられているような気がする。栄一なんかとは談笑するのに、その話の中に入ろうと近付いていくと女子の輪の中に埋もれるようにどこかへ行ってしまう。何とか接触を試みるも、結局長名とは一度も話す機会がないまま閉会式を迎えてしまった。アリスが言おうとしていたことも消化不良のまま、長名にも避けられてしまい、モヤモヤとした感情を引きずりながら、かつてないほど濃密だった体育祭が幕を下ろしたのだった。
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