第13話 リレーのバトンパスの時は…

 リレーの走る順番は、またしても北王子君がしゃしゃり出て…ううん、気を利かせて考えてきてくれていた。

――こういう時は、大体アリスとバトンを受け渡しするようになっていて、バトンリレーの時に何か起こるやつだ。

「1走目は女子でその後は男女交互で走るということなので、最初は一番速い女子でリードしてバトンを一番内側で受け渡せるようにするのが鉄則。だから、女子は速い順に走ろう。男子はアンカーの距離が二倍だから、最後が一番速い方がいいってことで…男子は遅い順に走ろう。最初の方は女子がリードを広げてくれるだろうし…」

 北王子君は意外としっかりと考えていた。それだけ本気で勝ちたいということか。

「…だから1走は広井でその次が佐藤、そんで…」

 体育委員しか見れないはずの体力テストの結果を当然のように持っている北王子君が順番を決め、予想通りアリスの次に走る順番となったのだった。


「それじゃあ4組、優勝するぞー!青俊ー…ファイ!…ファイ!…ファイ!」

 円陣を組み、北王子君の掛け声に合わせて、運動部の面々がオー!と声を出している。きっと運動部では共通の掛け声なのだろう。さっきのムカデ競争の4人とは全然違ったまとまりを見せている。しかし、運動部以外には掛け声が分からず、アリスも分からなかったようで、隣で呆然と北王子君の方を眺めているだけだったが、その顔には羨ましさが混ざっている気がした。

 各クラスの円陣が終わり、入場が始まった。どうして高校生は円陣を組んで団結感を演出するのがこんなにも好きなんだろうか。

 1人半周のコースのため、一旦アリスと分かれて男子を先導する形となったが、見知った人がいない中で陽キャの群れに放り込まれ、緊張とは違った意味で少し震えた。

 2走で男子の中では最初に走るため、走行レーンに立って待機していると空砲の音とともに一斉に女子が走り出した。さすがクラス1位のアリスはスタートから体一つ抜け出してトップで回ってこようとしていた。北王子君の作戦通りコースの一番内側でバトンを受け渡しできそうだ。

――順調な滑り出しのリレー。アリスからのバトンの受け渡し……これは、必ず何かトラブルが起こるやつだ。考えられるとすれば、受け渡し直前にアリスが転ぶか。

 念のためバトン受け渡しゾーンの一番手前で待っておこうと歩き出すと、周囲の生徒は不思議そうにこちらを見ていた。突然陰キャが歩き出して不審に思ったに違いない。

 順調にコーナーも曲がり切り、アリスが先頭を切って勢いよく向かって来た。もうあと数歩というところまで何事もなく近付いて来たので、これは何も起こらないかと安心し始めた時、突然アリスの足がもつれ始めた。運動会のお父さん現象になってしまっている。そのまま転ぶかと思ったが、アリスはお父さんと違って若く足腰も強いため、何とか粘って2歩、3歩ともつれる足を前に出し続ける。しかし、4歩目を踏み出すのは厳しかったようで足が出ずに、アリスは体を投げ出すように転んでしまう…と思ったが、そこはすでにバトン受け渡しゾーンに到達しており、一番手前で待機していたおかげでギリギリで体を支え、バトンを受け取ることができた。

「よくやった。任せろ。」

 バトンを受け取るわずかな時間しかなかったため、短く言い残して走り出す。本当ならここで格好良くリードを広げたいところだが、本来は選ばれないはずの脚力しか持っていないため、本気の運動部達にみるみる差を縮められてしまう。必死で走ってもアリスのリードを食いつぶしてしまい、2位に並ばれながら何とかバトンをつなぐのが精いっぱいだった。

 しかし、北王子作戦が功を奏したのか、そこからの陽キャたちが速かった。前半は女子がリードをして男子が追い付かれる展開だったが、後半は逆に男子がリードを広げる展開となり、結局アンカーまでトップを譲ることはなかった。そして、アンカーの北王子君はクラス最速の名に恥じない見事な走りを見せ、余裕をもって1位でゴールテープを切ったのだった。

 結局、3走以降は2位に並ばれる場面すらなかった。あれ?じゃあ一番足を引っ張ったのは…うん。考えるのはやめよう。

 ゴール付近では北王子君を中心にメンバーが集まって、もみくちゃになりながら喜び合っている。全力疾走してテンションが上がったのか、柄にもなく陽キャの輪に入ろうと駆け出しながらアリスの方を見てみると、なぜか待機場所から動かずに座っている。

――こういう時に真っ先に駆け寄りそうなアリスが動いていない。立ち上がってすらいない。バトンパスの時にはほとんど転んでいた……これは、転んだ際に足を痛めてしまったやつだ。それを隠しているな。そして、声を掛けたら保健室に連れて行かないといけなくなるやつだ。そうなると、リレーの優勝の喜びをクラスメイトと分かち合うのに参加できなくなる。それは少し寂しいものがある。でも…

 北王子君を中心とした輪に背を向け、アリスの元に駆け寄っていく。案の定、足首を押さえてうずくまっている。近付いて始めて分かったが、かなり腫れているみたいだ。人の気配を感じたのかアリスは顔を上げ、かなり痛むだろうに笑って話しかけてくる。

「ホントに優勝しちゃった!北王子君すごかったね。というか、これでムカデ競争のリベンジだね!」

「そうだな。嬉しいのはよく分かったけど、痛くて動けないんだろ?肩貸すから保健室に行こう。」

「やっぱり…バレちゃってたか。せっかくの優勝なんだから水差すのもなって隠してたんだけどね。」

 近くの先生に事情を説明してアリスを連れて行く。

「でも、どうして只男は分かったのかな?結構上手に隠せてたと思うんだけどなぁ。これも体質のおかげとか?」

「まあ体質もあるけど、優勝だーって時にアリスが動かないのは絶対おかしいっていうのは、普段の様子を見てたら誰でも分かるでしょ。」

「そっか、そっかぁ…只男君は普段から私のことよく見ていらっしゃるのかぁ。いやらしいなぁ。」

「べ、別に、よく絡んでるだけだし!変なこと言うんだったら肩貸すのやめるけど!」

「あははっ、うそうそ。ごめんね…ケガに気付いてくれて嬉しくてさ。」

 いまだにやまない歓声を背に、アリスと二人で冗談を言い合いながら保健室に向かう。

 クラスの輪に入れなかったのは残念だったけど、これはこれで悪くないんじゃないかなどと考えながら、ゆっくり、ゆっくりと二人の歩調を合わせて歩いたのだった。

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