第2話 校舎案内で立ち入り禁止を見つけて…
「疲れた。とにかく疲れた。」
朝から女子が転校生の周りに固まって自分の席にも座れないし、男子からは休み時間の度に転校生との関係を問い質されるしで、全く休まる時間がないまま昼休みを迎えた。
「朝の自己紹介から話題だったもんな。」
中学からの親友にしてオタTシャツ土産野郎、園田栄一が笑いながら苦丁茶オレを飲んでいる。
「毎度毎度よく分からないもの飲んでるなぁ。今回のそれは美味いの?」
いまだに女子の固まりのせいで座れない自分の席から避難して、栄一に絡みながら購買のパンにかじりつく。
「この絶妙な苦みと甘みのハーモニーが分からん奴はまだまだお子ちゃまよ。」
「それの良さが分からないといけないなら、いつまでもお子ちゃまでいいけど。」
「それにしても転校生はずっと人気だなぁ。朝からずっと質問攻めだもんな。あっ、動きがあったぞ。」
栄一の言葉に反応して転校生の方に視線を向けると、何か謝りながら席を立っていた。一瞬目が合った気がするが…気のせいだろう。
「人気があるってのも大変なんだな。って飲み物がない。」
――意味ありげに視線を交わして出て行った転校生。図ったようなタイミングで無くなる飲み物。買いに行くには転校生と同じ方向に出て行かなければならない……これは、教室から出たら転校生と出会ってまた何かに巻き込まれるやつだ。できれば今行くのは避けたい。けど、今日に限って購買でスコーンを買ってしまった。口中の水分が持っていかれてしまっている。
「飲み物買ってくる。悪いけどちょっと一人で食べてて。」
持ち込み不可のはずの携帯ゲーム機で二次元嫁に夢中な栄一に手を振るだけで返事を済まされる。
お金を入れ自販機で飲み物を選んでいると、横から手が伸びて適当なボタンを押す。
「やっぱり。アイコンタクトに気づいて来てくれたの?」
いつの間にか近づいてきた美少女が自販機から飲み物を取り出す。
「はいこれ。適当に押しちゃったけど…何これ?」
手渡された飲み物のパッケージには苦丁茶オレの文字が書いてある。こういう時に、見事にフラグを回収する自分の体質が恨めしくなる。
「別にアイコンタクトを見て出てきたわけじゃないけど…これは栄一が好きなやつだけど…」
「なーんだ。私が抜け出したがってるの気づいてくれたのかと思った。」
「広井…さんは抜け出したかったんだ?」
「まあね。朝からずっと女の子のおしゃべりに付き合ってたらさすがに疲れちゃうよ。それで変態君とでもリフレッシュに行こうかと思ったわけなの。他に知り合いもいないし。」
「変態って…朝のは別に見ようと思って見てたわけじゃ…」
「せっかくだし、このまま学校案内してってよ。レッツ、ゴー!」
何度目かの弁解をあっさりと流されて、そのまま校内の案内役を拝命することになった。
校舎内を一通り見て回り、最後にグラウンド横の休憩スペースを覗いて教室へ戻ることになった。
「この学校も結構広いのね。」
「最近建て替えたみたいだから、前の敷地と新しい敷地が合わさってかなりの広さになってるらしいよ。日本の学校は小学校以来だっけ?」
「そうそう。だから向こうの学校しか学校のイメージないのよね。向こうに比べて日本の学校は小さいって言われたりするけど、ここはそんなこともないみたいね。」
他愛もない会話をしながら、常に意識はグラウンドの方にも向けておく。グラウンド横を通る時の癖だ。
――グラウンドでボール遊びをする生徒がいる。広井はそちらを全く見ていない……これは、ボールが飛んできてぶつかりそうになるやつだ。
グラウンドでサッカーをしていた男子の団体の方から叫び声に近い声が聞こえてくる。
「危なーい!」
声が聞こえるより先に反応して、広井に向かって飛んできたボールを遮って受け止める。
「…あー、びっくりした。よくわかったね、ボールが飛んでくるの。」
「まあね。こんなトラブルしょっちゅうだからね。もし何かあっても俺が守ってあげるから。安心していいよ。」
「ふーん…そうなの…」
変なことを言ったのか突然口数が少なくなった気がするが、なんだか機嫌は良さそうな雰囲気だ。まぁよく分からないけど、機嫌が悪くないなら気にするまい。
「あっちにあるのが、さっき言ってた建て替え前の校舎?」
鼻歌交じりに先を歩いていた広井が旧校舎を指さす。
「そうだけど、旧校舎は取り壊しまで立ち入り禁止で…」
――立ち入り禁止の建物を輝く目で見つめる奔放な美少女……これは、忍び込みたいとか言い出すやつだ。立ち入り禁止とか教えるんじゃなかった。
「立ち入り禁止なの?禁止って言われるとちょっと見てみたくなるものよね。」
「そう言うと思った。そして、ちょうど人一人が通れそうな穴も見つけてしまった。」
「でかしたぞ、変態君。それでは未知なる世界へ、さあゆこう!」
返事も待たずに一人でいそいそと入って行ってしまった。
――立ち入り禁止の旧校舎に忍び込むなんて……先生に見つかって追いかけ回される気しかしない。けど、このまま置いていったら一人でも散策してそうだし、しぶしぶついて行くしかないみたいだ。
「なーんにもないね。」
「そりゃあこれから取り壊す予定だからね。まあ、学校の予算って1年毎に決めてるらしいから、実際に取り壊すのは来年以降だろうけどね。」
「そうなんだー。謎に物知りね。漫画の冒頭の説明役モブキャラみたい。あっ、これ誉め言葉だからね。それにしても、人も物もなかったら校舎ってこんなに広いんだね。」
さらっと心をえぐる一言を吐き出した後に、おーい、と突然広井が大きな声を出す。コンクリートの壁に反響はするが、返事をする人など誰もいない…はずだった。
「誰かいるのかー!」
廊下の先の階段から聞こえるのは、今最も聞きたくない声だ。
「やばい…教頭だ。忍び込んでるのが見つかったら、午後の授業中ずっと小言を聞くことになるかも。」
「それはラッキー!…じゃなくって大変!逃げなきゃ!どっち行けばいいの?」
「こっち!」
広井の手を取って声が聞こえた方と逆の階段に向かって走る。教頭が階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「誰かいるんだろう。待ちなさい!」
とにかく教頭に姿が見られないように、急いで階段を駆け下り、来た道を戻って教室のある新校舎まで無我夢中で走った。校舎に駆け込んで他の生徒の中に紛れたところで、やっと一息つけた。夢中で逃げるあまり意識していなかったが、ずっと握ったままだった手を慌てて離す。
すると、走っている間ずっと黙っていた広井が突然吹き出した。それにつられてしまい、思わず声を出して笑ってしまった。しばらく二人で笑い合っていた。廊下を歩く生徒たちが怪訝な顔をして通り過ぎていく。
「あははは。はぁ、はぁ…あー走った走った。こんな全力疾走したの久しぶり。なんだかよく分かんないけど、すっごい楽しかった。」
「楽しかったって…広井さんは教頭の小言の面倒臭さを知らないから…」
「ごめんごめん。でも楽しかったでしょ?あと、私のことはアリスでいいよ。私も只男って呼ぶから。ね、只男。」
そう言って笑いながら振り返った広井の…いや、アリスの後ろから日の光が差し込んでいてアリスが輝いているように見えた。口でこそ言わなかったが、確かに楽しかった。そして、アリスと一緒ならこれからの学校生活がこれまでよりもずっと楽しくなりそうな、そんな予感もしていた。
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