転校生とフラグ察知鈍感男

加藤やま

出会い

第1話 遅刻しそうになって曲がり角に突っ込むと...

 快晴の朝日はカーテンの隙間から漏れ入り、スズメの鳴き声が朝の始まりを告げる。

 名前は佐藤只男、青俊高校に通うどこにでもいる平凡な高校2年生。平凡な高校2年生と言ったが、他の人とは違う点もある。まずは、なぜか美少女と仲良くなってしまうご都合主義の世界で生きているということ。そして、生活の中であまりにもベタな展開が起こってしまうので、今となってはベタな展開が起こる時には事前に察知できるようになってしまったということ。その上、大抵それが現実となってしまうという体質なのである。

 今日は2年生になって初めての登校日、始業式の日だ。今日は絶対寝坊しないようにしっかり確認しながら目覚まし時計をセットしておいたはずなのだが、鳴る前に朝日のまぶしさに起こされてしまったようだ。

 ――ん?まだ4月だから普段なら朝日がまぶしくて起きるなんてことはありえないはず。薄暗いうちに目覚まし時計が鳴る予定なのに……これは、目覚まし時計が壊れているやつだ。そして、そのせいで遅刻ギリギリの時間になってしまい、急いで家から出ないといけないという展開になるやつだ。

 目覚まし時計を見てみると、やっぱり思った通り。針が3時15分のところから1秒も動いていない。

 寝ぼけ気味だった頭を起こして、脳をフル回転させて計算をする。学校までは走れば15分。ということは準備の残り時間は5分、いや、4分になった。

 ベッドから跳び起き、床に重ねてある洗濯物の山から適当にシャツを手に取って頭に通す。柄など選んでいる暇はない。どうせ制服で隠れるからどれでもいいだろう。その上から制服を羽織るが、ボタンを留めている時間はない。登校中に走りながら留めよう。そして、洗面所、トイレとモーニングルーティンをこなす。残り1分を切った。残念ながら朝食はあきらめよう。ボタンを留めながら、勢いよく玄関を飛び出す。

 家から出るとすぐに交差点がある。ここは見通しが悪く、よく事故が起こっているのを見る。しかし、今は立ち止まっている時間などない。交差点は走り過ぎよう。

――普段なら立ち止まる見通しの悪い交差点に走って突入する。遅刻ギリギリの時間帯。始業式の日……これは、食パンを咥えながら走って登校する美少女とぶつかってしまうやつだ。しかし、立ち止まる時間はない。視界に何か入ったら止まれるように警戒だけはしておけばいいだろう。

 しかし、警戒したからといってすぐに立ち止まれるはずもなく、交差点に突入して視界の端に何か映ったと思った瞬間、世界が真っ白になった。一瞬意識が飛んだが気が付いてみると、目の前には食パンが道路に転がっている。頭が鈍く痛み、目に映る光景の中で星がチカチカ光っている。自分の反射神経を過信しすぎたみたいだ。

 視線を食パンから上げると、尻もちをついている金髪美少女が目に入ってきた。そして、スカートが守るはずの部分が、文字通り無防備になってしまっているのを視界の端で捉えてしまった。

――無意識だけど視線を下半身に送ってしまっている状況……これは、のぞいていたと勘違いをされて変態だと勘違いされてしまうやつだ。

「いたたた…ごめんなさい。寝坊したせいで急いでたの。」

 考え事をしている間に、美少女が額をさすりながらこちらを見てくる。と同時に、こちらの視線が自分の下半身に向かっていることに気が付き、とっさにスカートの端を寄せる。

「…見たでしょ?…この、変態!」

 咄嗟に嘘をつくこともできずに黙ったままでいると、美少女は立ち上がり汚物に向けるための目付きで睨みつけてきた。

「とにかく、今は急いでるの。運がよかったわね。それと、そのTシャツ…センスが良いと思ってるの?」

 反射的に自分の胸元を見てみると、よりにもよって女児向けアニメのTシャツを着ていた。土産として渡された時はネタになると思って喜んで受け取ったが、今となってはこんなものを買ってきた友人の栄一が憎い。

 自分の身なりを急いで整えた美少女は、こちらを一瞥すらせずにさっさと走り去ってしまった。まるで台風が過ぎ去った後かのような静けさの中に、食べかけの食パンと二人で取り残されてしまった。少しの間呆然として、自分も遅刻寸前であったことを思い出し、美少女と同じ方向に走り出す。

 ――始業式の日に見覚えのない美少女とぶつかる。そして、美少女はウチの制服を着ていた……これは、美少女が今日からウチの高校に通うことになった転校生で、さらにウチのクラスにやってくる、なんてことになるやつだ。そうに違いない。なんてこった…

 そんなことを考えながら全力で走ったが、時間は予定を大幅に遅れており、間に合うことは絶望的であった。


 結局、校門通過時刻は守れず、門番である教頭の小言を聞く羽目になってしまった。交差点の出来事がなければ間に合っていたはずなのに。

 教室に着くと乱れた髪を整え、制服のボタンを留め直す。栄一のTシャツが目に入り一人毒づく。そこへ幼馴染の長名清香が声を掛けてきた。

「ギリギリに登校してくるなんて珍しいね。きっと、目覚まし時計が止まってて、急いで学校に向かって来たけど、途中で人とぶつかったりとかしたんでしょ。」

「まるで見てきたかのように当たっているけど…エスパー?それともストーカー?」

「バカにしないでよね。只男君の行動パターンなんてお見通しなんだから。」

 なぜか誇らしげな顔をしている長名は、家が隣で幼稚園の頃からずっと同じ学校に通っているいわゆる腐れ縁というやつだ。黒髪で人懐っこいながら控えめな性格であり、容姿もそこそこ整っているため、一部に熱狂的なファンがいるという噂もある。

「そういえば、今日からウチのクラスに転校生が来るらしいよ。」

 長名の言葉にボタンを留める手が止まる。

――朝、美少女にぶつかった直後の転校生……これは、絶対にあの美少女が出てくるやつだ。そして、俺を認識した途端に変態扱いをしてくるはずだ。さらに、そのやり取りを見た担任が知り合いと勘違いして世話を押し付けてくるに違いない。

 その時、普段時間を守ることのない担任がチャイム前に教室に入ってきた。

「みんなー席つけー。今日は転校生が来てるぞー。」

 担任が緩みきった声で転校生を招き入れる。すると、ドアの向こうから金髪の美少女が姿を見せた。その姿に男子女子関係なく感嘆の声が漏れる。

「はじめまして!広井アリスといいます。母は日本人で父がアメリカ人です。父の仕事の都合で小学校の途中から今年までアメリカにいました。全然知り合いとかもいないので仲良くしてくだ…」

 流暢な自己紹介だったが、視線がこちらを向いたと思った瞬間、声が止んでしまった。

「あー!朝の変態君!まさか…追いかけてきたの?ストーカーなの?」

「変態じゃないし、ストーカーでもない!」

 クラスメイトの視線が一斉にこちらを向く。いたたまれない。中には男子生徒による明らかな敵意の視線すら感じる。

「冗談よ。でも、朝のことは許してないんだからね。」

 そう言いながら意味ありげな微笑みを浮かべる。強い敵意の眼差しが一層強さを増してこちらに向けられる。この数十秒で将来の男友達が何人か減ったことは確実だ。

「あー、知り合いがいたなら丁度いい。席は佐藤の隣な。園田から後ろは一つずつ席下がってくれるか。佐藤は広井の面倒見てやってくれな。」

 適当を極めた担任による思い付きの名采配によって、さらに男友達が減っていくことを肌で感じながら朝のHRは終わった。

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