文化祭

第3話 文化祭のクラス企画といえば…

 クラスメイトとも馴染み始め、日常と言えるような日々を過ごし始めた頃、わが青俊高校では文化祭が開催される。

「えーそれでは、文化祭のクラス企画を考えたいと思います。」

 文化祭委員が前で一生懸命何か喋っている。しかし、隣の席の広井アリスの話し声で全然聞こえない。

「文化祭ってあれよね。メイド喫茶とかお化け屋敷とかやるやつよね。」

 アリスは目を輝かせながら、興奮気味に話しかけてくる。

「そうだけど、でも実際はお化け屋敷はトラブルが起きやすいから、やってる学校は少ないよ。それにメイド喫茶も衣装のこととか男女差のこととかで…」

 親切な説明がまだまだ続く予定だったのに、それも聞かずにアリスは大きく手をあげて文化祭委員に向かって声を張る。

「メイド喫茶がやりたいでーす。」

 明るく気さくな性格であり、今年転校してきたとは思えないほどクラスに溶け込んでいるアリスの発言だったからか、話し合いはメイド喫茶をやる流れになる。

「でも、女子ばっかり恥ずかしい格好をするのも不公平だよねー。」

 こういう話し合いの時にはなぜか難癖をつけるばかりで建設的な意見を言わない人間は必ず一人はいるもので、そいつのせいで女子の中からも不満の声が聞こえ出し、話し合いは停滞ムードが漂い始める。

「じゃあ、男女関係なくクジを引いて当たりを引いた人がメイド役をやるってことでどうよ?」

 普段二次元にしか興味がなく、ここまで黙っていた親友の栄一が口を開く。視線は持ち込み禁止のはずの漫画雑誌に落としたままで。やる気あるのかないのかよく分からない奴だ。しかし、この提案は妙に受け入れられたらしく、それなら…とクジ引きをやることになった。

――このクジでの当たりというのは名ばかりで、男子にとっては大はずれクジ……これは、まず間違いなく当たりを引いてしまうやつだ。外れクジ、罰ゲーム、貧乏クジ…あらゆる外れは引き尽くしてきた体質だから間違いない。メイド服を着た男子高校生なんてどこに需要があるのか…

 公平なクジ引きの結果、発案者のアリスもクジ引き提案者の栄一も当たることはなかった。しかし、幼馴染の長名が見事に当たりを引き、一部の男子から歓声が湧き上がった。

「一緒に頑張ろうね。只男君。」

 当然のように当たりを引いて男子の溜息を目一杯吹きかけられた俺にも長名は優しく声を掛けてくれる。うちの幼馴染は女神です。一方、アリスはメイドをやりたかったらしく、不機嫌そうに膨れているのを周りの女子になだめられている。

「それにしても、栄一がこういう時に提案するなんて珍しいな。みんな助かったって喜んでるぞ。」

 メイドをさせられることになった嫌味混じりに栄一に話しかける。栄一はクジの行方に夢中で、嫌味を言ったところで全く気にするはずもないが。

「サブカルを嗜む者としてメイドコスを生で見られる機会を逃す手はないからな。まぁ、多少の犠牲は仕方がない。それに、長名ちゃんなんかはメイドコスすると、きっとルミたんにそっくりになるぞ。」

 栄一はずっと読んでいた漫画雑誌の一ページを見せてきた。たしかに、長名の面影があるような女児キャラが描かれている。まさか、そんなこの上なく個人的な欲望を満たすために多少の犠牲にされてしまったとは…怒る気にもなれず力が抜けてしまった。

 こうして、職員会議では多少もめたようだったが、なんとか会議を通過し(フェミニストの先生にはもっと頑張ってほしかった!)わがクラスは希望通りメイド喫茶をやることになったのだった。


 数週間後。文化祭が翌日に迫り準備が本格化する中、衣装が仕上がってしまった。そして、当日メイドとして接客する者は別室で衣装の試着をすることになってしまった。

 器用な女子の手によって図体の大きな男子にもぴったり合うように仕立てられたメイド服の着心地は抜群だった。しっくりとした着心地のおかげか、これは意外にアリかもしれないなと調子に乗りつつ鏡に映った自分の姿を見ると、さっきまで調子に乗っていた自分をグーで平手打ちしたくような凄惨な姿のメイドが、気持ち悪い笑みを浮かべながら立っていた。モンスターだこれは。こんな姿で1日中接客をしなければいけないのか…周囲を見渡すと同じようにメイド服を着たモンスターが数体出来上がっていた。安堵の溜息が漏れる。

 これまた別室で着替えていた女子メイド達から着替え完了の合図を受け、準備係の生徒に一斉にお披露目をする。メイド姿を見たクラスメイト達は丁度歓声半分と悲鳴半分だった、と思いたい。若干悲鳴の声が大きい気もしたが。

「男子のメイド姿もけっこう様になってるよ。大丈夫!」

 こんな時には長名の優しさがむしろ傷をえぐるようだ。まるでメイド服は長名に着てもらうために開発されたのではないかと見紛うばかりにメイド服が似合う長名の隣に立つには、モンスター達は汚れ切ってしまっていた。心も、見た目も。

「いやはや…女装モンスターたちは置いといて、女性陣の華やかさといったら!」

 栄一が感動にむせび泣きしている、ふりをしている。男子達は最初から全くこちらを見ることなく女子メイド達の方ばかり見ているが、たしかに女子達はかなりレベルが高い。男子達をなんとか見れるくらいのモンスターに仕立て上げた衣装が、本来あるべき場所に帰ることでここまで輝くものなのか。

「みんな可愛い!長名なんか絶対ファンが増えるよ!やっぱり私も着たかったなぁ…」

 アリスは女子メイド達をしきりに褒めながら、いまだにメイド服を着ることを諦めきれていない様子だ。

「それに比べて…男子のみんなは…うん!大丈夫!」

 何が大丈夫かよく分からないが、フォローの言葉も出ないほどの姿だということを再認識させてくれた。

 なんだかんだとあったが衣装のお披露目会も終わり、翌日の準備物の確認をしていた文化祭委員が大きな叫び声をあげる。

「あー!飲み物買うの忘れてるじゃん!喫茶なのに…」

「ほんとだ。このままじゃただのメイドコスプレ披露会じゃん。誰か買い出しに行かないとだ。」

「じゃあ、公平にじゃん負けの人が買いに行くことにしよう。」

――突然始まるじゃんけんの流れ。負けたら帰りも遅くなり、教室の片付けもあるなど、確実に貧乏クジを引くことになる……これは、間違いなく負けるやつだ。それだけでなく、買い出しから帰ってくる頃にはみんな帰っていて一人で暗い校舎に帰ってくることになるやつだな…

「それじゃあいくよ。せーの、最初はぐー…」

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