【12 分かたれた道】
「生きていたのか」男は少年へ向けてスピーカーを通してザラザラの音声を向ける
「生憎、僕はお前と違ってあの商店街になじんでいたからね」
「あなたって何?空を見ると何があるの?」声を張り上げ私は問いかけるが
男は私の方を一切見ようとしない、まるで私は存在しないようだ
「救いようのない馬鹿だ、お前は。僕が手を下さずとももうじき死ぬぞ」
「死って何言ってんのあいつ」私が戸惑っていると少年はふら付きながら立ち上がり私の肩をたたいた
「白波、頼みがあるんだけどあいつをグラウンドに引っ張りだしてくれないか」
「いいけど…」
「僕は死なないよ、平気」
「分かった、信じてあげる」
私は少年とハイタッチをして走り出す、ずっと立ち仕事をしていたから体力には自信がある
無視をされてムカついていたのもあって、影の男に会うのが楽しみになってきた
走る、走る、走る 身体が軽い
図書室で待ち構えていた男は、勢いよく扉をスライドしてきた私に面食らったようで流石に動揺したような素振りをみせ本棚の隙間を走って逃げだす
正直、気分がいい
全力で男を走って追いかける、グラウンドから少年ががんばれ!!!と声を張り上げて応援するのが聞こえる
廊下に出て教室をいくつも駆け抜けていく
階段を降り、踊り場を超えて手すりを乗り越えてショートカットをする
男の風でめくれ上がるフードの中は金属の骨格で、肉や身体と呼べるものは存在しなかった
老朽化した男の金属の骨格は走るたびに軋み、グラグラと揺れる
しかし息が切れてくる私と違って相手はさすが機械だ、ペースが落ちない
お腹が痛くなってくる、廊下の曲がり角で転びそうになるのをすんのところで
こらえて滑りながら下駄箱まで追い込んでいく
ここでようやく、私は頬に風を受けながら(ああこの男は確かにあの少年なんだろうな)と腑に落ちた
臆病なのだ
グラウンドへ出た私と男は風にちぎられ始めた雲の下、円系の運動場に沿って走り始める
辺りがにわかに膨大な光に照らされ明るくなり始める
「待って!おい!!私は聞きたいことがいっぱいあるんだけど!」
叫ぶが男は見向きもしない
白波と別れた僕はなるべく校舎の暗いところを通って駐車場へと向かう
ここには教職員使っていた共用の車があるはずだ
僕の予想通り、備品であるそれは倉庫の中に眠っていた
倉庫を開けるバーを押し上げ、車へと乗りこむ
「動いてくれよ…」念じながら職員室から失敬したキーを差し込むと、凄まじい音をたてながら振動を始める
僕は白波が運転していた姿を思い出しながらハンドルを握る
ゆっくりと倉庫のシャッターが開いていく
僕は目を閉じて、綾香のことを思い出す
きっとこれが最後だ
彼女は優しくて、しっかり者で、割りばしだってきちんと割った
二人で行ったカラオケ、教室で開いた参考書、合格通知をファミレスで喜び合ったこと
笑うとえくぼがあってそれを気にしていたこと
僕は思い出の中の綾香に問いかける、(君の仇だ、やっちゃっていいよね)
綾香はもちろん、と頷いた後「いけーーー!!!!」と拳を上げて笑った
僕は目を開けてアクセルを踏み込み、光の中へと走り出した
「白波!!!」少年の声が聞こえたと同時に、ひどくオンボロの車が轟音を上げて走ってくる
グラウンドの砂を巻き上げて土煙を起こすそれは、まっすぐに影の男を目指してくる
私は走る方向を変えて、退避する
少年の運転する車はアクセル全開で凄まじいスピードを保ったまま男を撥ね飛ばした
宙を舞う男、金属片が光を反射しながらパラパラと輝く
雲が切れたその先は青かった、青と白その見事すぎる世界の中を黒いローブの男は落下していく
あまりの景色に息を飲んで見つめる、ほんの数秒を永遠のように感じる
数秒のち男はメシャッという音を立てて地面に衝突した
私は疲れた脚を走らせ駆け寄る
男の身体は複雑怪奇に曲がって油の匂いをさせる血だまりを作ってはいたが、停止してはいないようで煙を上げながらも機械音を立てて骨格を立て直そうとしている
ひとまずほっとしていると、背後の車のドアをけ破って少年が下りてくる
オレンジの血を膝小僧から流して、左足を引きずって男の前へと歩いてくる
その顔は晴れやかだ
「スカッとした!」そう言いながら男の胴体にあるスピーカー部分へと話しかける
「お前の言いたいことは分かるよ、僕はもうじき綾香のことを思い出として保持できなくなるんだろう
思い出と知識は違う
僕は綾香の苦しみや好きだったものに胸を痛ませることが出来なくなる
それはつまり、記憶のコピー元の25歳の僕の自我は死ぬってことだ」
「そうだ、お前はもうじき死ぬ」
「もうやるべきことはやった
13歳の僕として生きていくよ、支えてくれる人もいるしね」
少年は巾着を外し、男の首に当たる部分にかける
えんじ色のそれは、光の下ではけば立って淡いピンク色に見える
「彼女のことを覚えている、お前が持っていろ」
武骨な金属フレームが、柔らかなその布をつまむ
男はそのまま動かない
「私は別にあなたのこと、どうも思ってないから何かあったら頼ってもいいよ」
私は屈みこんでスピーカーの前でしゃべる
相変わらず男は私を一瞥もしない
「んん…」いけすかねえ~~~と思いつつも車に乗り込んだ少年の後を追う
そうして私たちは校庭を後にした
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