【08 街に蔓延る亀裂とその中身】

「正気かよ、白波」

阿賀座の家を後にしたあと、まだカメラを探すと告げた私に少年は信じられないという顔をした

「まだ見つかってないし、前田の記憶が戻るかもっていうのもあるけど

ひょっとしたら前田も影の男に殺されて水路に突き落とされたのかもしれない

カメラが見つかればフィルムにあの男の正体や、あの男の目的に繋がるものが分かるかもしれない」

「君に何の得があるんだそれは、ただ危ないだけじゃないか」

「分からない、でもすごく気になる」

家でかつての白波たちが横領した金を見つけた時のような、強い興味を感じる

そう伝えると、少年は渋い顔をして商店街をぐるりと見渡す

夕方の商店街は本筋というのもあって人の往来もあり賑わっている

「正直なところ僕にもこの街の全容は把握できないんだ

こんなに商店街が際限なく広がっていくなんて、計画していなかった」

「確かにほとんど人のいない側道の商店街も沢山あるね」

「僕の設計上ではもっと自然な生活を営む予定だったんだ

生殖も確率は安定までいかなかったけど不可能なわけじゃないし、世代を重ねて文化を発展させながら緩やかに人口が増えるような想定をしていたんだよ

それなのにこの街の人間はほとんど老いも生殖もしないまま工場で生産されて、また同じ人間が同じ場所に戻るのを非常に短いスパンで繰り返している

これではまるで商店街のほうが生き物みたいだ」

少年は声を潜める

「白波、僕はこの商店街に僕らが想定していなかった何者かの手が入っていると考えていいと思う」

「つまり、影の男は」

「工場で生産されている人間じゃない、そんなのはアーカイブリストにいない」

アーケード越しに沈んでいく太陽が、あたりを赤く染めだす

店頭に並べられたブリキやビニールの人形達が俄かに不気味な表情を持ち始め

黄ばんだアーケードを通して作られるはっきりとしない影が、足元から伸びていく

「…先、帰ってていいよ」

「君はどうせ止めてもやるって分かってる、付き合うよ

ただし日が沈むまでね。僕はまだ成長期だから睡眠が必要なんだ」

「ありがとう」

「いいんだ、君は…僕の友人じゃないけどこれも縁だと思うことにするよ」

少年から網を借りて、私は軽いスキップで公園へ向かう


「あったよ、カメラ」

私は戦利品をかかげて夏草を踏み、見張りをしている少年の元へ意気揚々と戻る

「泥だらけじゃないか!うっわヘドロの匂いがする…

よくやるなあ、ホント…」

ドン引きしている少年に渾身のピースサインをしてみせる

「やっぱり水路のゴミの中にあったんだよ

手を伸ばしても届かないから、水路の中まで入っちゃった」

少年は難しい顔をしてカメラを見ている

「フィルム見れそうかな」

「分からない、分解してみないと」

「そっか…、中身が無事だといいんだけど」

彼が熱心にカメラを観察する間に段々と私の身体から汚泥の匂いがすることに私自身が耐えられなくなってくる

鼻が曲がりそうだ

私の顔を見て少年は笑う、「今日はもう帰ろうか、僕も商店街には日没がないことを忘れていたよ」

私と少年は連れ立ってギラギラと光る商店街の照明の下をぽてぽてと歩く

すれ違う人たちが肘先まで泥で汚れた私を見て怪訝な顔をしたり、眉根をよせる

きっと今日の私はあの人たちの夕飯の肴になるのだろう

少年が隣で大きくあくびをする

「付き合ってくれてありがとね、帰りに布団を受け取って帰ろう」

「えっ」驚いて立ち止まる少年

「いいの、僕に」

「いいよ、白波が残したお金があったから、フローリングで眠るのは体に悪いよ」

「ありがとう…ありがとう」

「うん」


石鹼で念入りにドブの匂いを落とした私が部屋に戻ると、先にカラスの行水を済ませた少年はもう布団をしいて寝る支度をしていた

「カメラは乾燥させて、明日分解することにしたよ」

「何が写っているんだろうね」

「わくわくする?」

「とても楽しみ」

私は自分のせんべい布団を押し入れから引っ張り出し、少年の布団の隣にしく

この狭い部屋では並べて眠るしかない

ごろんと床の硬さを感じながら横になると、少年が電気の紐を引っ張てくれた

眠りに落ちる私の小さな部屋

カーテンから僅かな街頭の明かりだけが漏れる

「実はね、僕は綾香より背が低かったんだ」

少年は天井をみつめたままそっと打ち明ける

「そうなの」相槌を打ちながら寝返りをごろんと打ち、横向きになる

「といっても少しだけだけど…だから、大きくなりたいんだ」

「どんくらい大きくなりたいの」

少年が布団の上で自分の位置をずらし、私と足の位置を揃える

彼の目線がちょうど私の顎のあたりにくる

「今はここだから、このくらいかな」

少年は一息にそう言うと私の頭よりさらに上へ身体を動かした

「野心家だね」

「いいじゃないか、細やかな夢だよ

…ねえ白波、外は随分と静かだね」

私達二人の話声しか聞こえてこないのを訝しんだのか彼は不安げに瞬きをする

「商店街の照明が落ちてからは誰も外に出ないよ、そいうものだから」

「そうか、それじゃあ僕らももう寝たほうがいいね」

「おやすみ」私は少年に布団をかけて瞼を下す

「うん…また明日」


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