【02 惣菜店】

私こと白波は商店街の惣菜店で働いている

ここは唐揚げやつくだ煮なんかを売っている店だ

私は厨房を担当しているので、今日も油で汚れた赤いエプロンをかけて景気よく焦げ茶色の調味料を鍋に放り込んでいた

床に落ちる肉やら何やらの汁は渾然一体となってタイルの溝を流れ下水へと向かう

「おうい!白波!!!」

厨房の奥から、ラードの匂いを漂わせた巨体の店長がゆさゆさと現れた

「お前、今日買い出しに行ってくれよお」

「前田はどうしたんですか?」

私はまな板の上に乗った肉をドボンと鍋に落としながら聞く

前田というのはこの店のレジを担当する女性だ

長身の気のいいやつで、市場への買い出しは彼女が担当することになっている


「前田は今日はいないよ、そうじゃなかったら白波には頼まないよ」

それもそうか、と思い分かりましたと返事をして台車を取りに向かう

前田が休んだことってありましたっけという私の質問は店長の鍵ぃ!!!という叫びにかき消された


年代物の台車をギシギシ言わせながら市に付くと、朝は過ぎたというのにまだ賑わいを見せていた

ここのアーケードは赤と白の二色になっていて、黄ばんだ光を透かしてコンクリートに縞模様を作っている

毎朝市場に無人のトラックで輸送されてくる、様々な生き物達を市場に並べる人達

それを、ひとつひとつ小難しい顔で検分する人達

その賑わいの中に見知った顔があった

痩身を覆い隠すように継ぎはぎされたファーのコートを着た女性

ぶち模様の毛皮で膨れ上がった上半身から華奢な脚が延びている

向こうもこちらに気がついたようで、品物を物色するために屈んでいた膝を伸ばし私に向かってニッと笑った

彼女の青いサングラスが不気味に光る

「惣菜店の白波ちゃんじゃない、久しぶり

元気にしてた? 」

「はい、元気です。阿賀座は?」

「私はぼちぼちってとこかしら、んふふ」

「なぜ笑うんです?」

「白波ちゃんが来るなんて珍しいから」

「前田はどうしたの?」

「前田は今日はいないみたいです」

「店員が休むなんてことがあるんでしょうか」

「ふーん、ああ、彼女写真を撮るのが趣味だったから夢中になって何かの弾みに用水にでも落っこちちゃったのかもね」

「用水路にはピラニアがたくさんいるのに、もしそうなっていたら今頃前田はピラニアのお腹の中ですね」

私は前田がパクパクとピラニアに食べられて、あっという間に小さくなりなくなってしまう様を想像した

「とてもじゃないけど働きになんていけないわね

ねえところで白波ちゃんは何を買いに来たの?」

阿賀座が物珍しそうに私の顔をのぞき込む

「私は鶏です。脚が多ければ多いほどいいんですけど

脚が多いのは高いから、うちでは買えても3本脚までですね」

「白波ちゃんはあまり市にはこないでしょう、私が案内してあげよう」

阿賀座は上半身をそらして胸をポンと叩く

ガラスビーズで作ったネックレスがガランとはねた

市場にはありとあらゆる生き物が並ぶ

ヌートリア、ペンギン、アロマノカリス

部位で切り分けられて量りにのせられる首長竜、まだ皮のついたものから精肉に加工されたものまで様々だ

阿賀座はそれらを器用にかきわけてくれ、顔馴染みらしい店主と話を付け私は無事に買い出しを済ますことが出来た

店主は私を訝しげに見たあと、釣りと領収書を握らせた

「ありがとう阿賀座」

「いいのよ、私も収穫があったから」

そういって彼女はひょいとビニール袋を持ち上げ、中の何かをガサガサ言わせた

「お得に買えてよかった」

「そういえば白波ちゃん、お金貯めてるって前に言ってたわよね

今度何に使ったか教えてね」

「えっ?」

阿賀座は私の耳元でささやくと、楽し気な微笑みを見せた



「店長、買い出し終わりました」

「おーうおうちゃんと釣りもあるな、領収書もだせ」

「はい」

私は脂肪で膨れた店長の手に領収書を載せる

店長はしげしげと釣り領収書を見比べた後、こういった

「白波はよぉ、買い物が下手でえらい額を使ってくるから

釣りをちょろまかしてたんじゃないかって今日も心配だったけど、普通に買えるじゃねえか、よかったよぉ」

「はい??」

店長は肉切包丁をゆらゆらさせながら、部屋の奥へと消えていく

私は立ち尽くし、その巨体を見送った

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