第14話 頑固者たち

 ハースとその母ナミルに懇願され、これからの行動にハースも連れて行く事になってしまった。

 正直言えば、まだ子供だとしか思えないハースを戦地へ連れて行く様なものなのだから、彼女を危険に晒してしまうのではないか――と言う不安と怖さもある。

 でもハースの決意は固いようだし、ナミルもハースの意思を尊重しているようで断り切れなかった。

 甘いなぁ。


 支度を整えて――と言っても、俺は替えの服とか無いし、取り敢えずは道中で食べられる携行食をメナスに用意して貰ったくらいだ。

 一方、ハースの方はと言えば……ちょっと遠足っぽい装いだが準備はしたよう。

 まぁ、ザックに僅かな着替えと幾つかの常備薬。

 これは猫獣人族伝来の薬らしいが、同じ効能の薬は普通に売ってるそうだ。単に万が一の備えとしてナミルに持たされたのだとか。

 そして、ナミルから渡された鉤爪グローブクロー。これは大切な物だから、ザックとは別に、革製のウェストバックのような物に入れて腰に巻かれている。


 そして、もう一人。


「ターナス殿、いつでも行けます」


 アレーシアが広場で待っていた。


 彼女も、命からがら逃げてきた事もあって、俺と同様にほぼ荷物らしい荷物は無いらしい。

 聞けば腰に吊るした布の袋とショートソードくらいだと言う。ショートソードと言いつつ意外と長いんだな。

 昨日は持っていなかったはずのザックを背負っているが、これはメナスに言ったら使われていない物を都合してくれたそうだ。

 道中で何か採取出来る物があれば、それを売って換金したい為だと言う事で、今のところ中身は空っぽ。


 布袋は、やはりハース同様に傷薬や痛み止め薬などの常備薬だと言う。

 ふと気になって、「あっと言う間に傷を治したり体力を回復するポーションはあるのか」と聞いたら、在るには在るが、とてもじゃないが高価で買えないと言う。

 なるほど。んじゃ、いざとなったら俺の回復魔法が活躍するってわけね。


「それじゃ、アレーシア。スマンが案内を頼む」


「ええ、お任せを。ターナス殿」


「ああそうだ、その前にもう一つ頼みがある。俺に対して堅苦しい物言いは止めてくれ。“殿”とか“様”も正直むずがゆい。ハース、お前もな」


 アレーシアにとっても、その方が楽だろう。いつまでも堅苦しいままってのは疲れるしな。


「いえ、それは出来ません。ターナス殿は命の恩人です。寧ろ今後は“ターナス様”と呼ばせていただきたい」


「えっ? いやぁそれは」


「あのぅ……」


「どうした、ハース?」


「ターナス様って呼んじゃダメなんですか?」


「いやまぁ、ダメって言うか、ちょっと慣れないと言うか」


「ターナス様はターナス様なので、私はターナス様って呼びたいです!」


 両手を前で組み合わせて、切なそうな目で訴えるのは狡い。

 ああ、これはダメだ。もう俺には分かった、ハースは頑固者だ。「こうしたい」と決めたら絶対に曲げない、譲らない。


「分かった、ハースの好きにしろ」


「ありがとうございますっ、ターナス様!」


 俺自身の事も分かった。俺はハースに甘い。うん、でもこれは仕方ない。


「では私も」


「ああもう、分かった。好きにしてくれ!」


「はいっ」


 くそう、アレーシアも頑固者かよ。

 俺、死神兼悪魔だよな? ちょっと弱すぎないか?


「よし、じゃあ行くとするか」


 気を取り直して、出発を宣言する。

 結局、ランデールへは徒歩で行く事になった。

 セサンに余剰な馬は無いし、そもそも長旅や行商でもない限り、馬車なんて金が掛かるものは使わないのが普通なのだそうだ。

 だからアレーシアにしてもハースにしても、疑問も不満も全く無いらしい。

 まぁ俺はと言えば、ラダリンスさんから授かった反則能力で、ほぼ疲れ無しの体になってるのだから問題無いのだけど。


 セサンの住民に見送られて集落を出発。

 猫獣人族と羊獣人族の商人が三名ほど一緒にいるが、それほど離れてない別の集落へ行くというので、警護ついでにというわけだ。


「アレーシア、ランデールでは何か当てがあるのか?」


「ランデールの冒険者ギルド。そこで一度、情報を収集するのが良いと思います。ランデールは基本的に亜人種族を擁護しているので、亜人種族を仲間にしている冒険者パーティーも多いんです。なので、聖王国騎士団の情報も入手し易いかと」


「そうか、分かった」


「それともう一つ。ラダリア教の教会にも」


「ラダリア教?」


「はい。ラダリア教は異種族共存を謳う神、ラダリンス様を信仰しています。そのために、一神教であるガーネリアス教からは「唯一神への冒涜」だと指弾されているんです」


 ラダリンスさんって、ちゃんと信仰されてる神様だったのか。


「じゃあ、アレーシアもラダリア教なのか?」


「はい、一応はそうです。あまり熱心ではないのですが……」


 ばつが悪そうにモジモジするアレーシアだが、クリスマスも初詣もする日本人からしたら「あ、そう」で済んじゃう事なんだけどな。

 俺も信仰心は薄いから気にするなと伝えると、少し安心したようだ。

 そもそも俺はラダリンスさんから“死神”にされちゃってるからな。しかも能力は“悪魔”だし。

 この事をアレーシアやハースが知ったら…… 今は考えないようにしよう。


 ふとハースの方を見てみれば、首を傾げて「なんですか?」みたいな顔してるし。

 いいんだよ、いいんだよ。ハースはそれでいいんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る