第15話 これは良いものです

 セサンを出て三時間弱、距離的には10kmくらいにはなるのだろうか。

 やはり砂利道の街道を歩くってのは時間が掛かるものだな。

 ラダリンスさんの粋な計らい(だと思ってる)で、俺はちょっとアンティーク風な腕時計を持っている。この世界で時計という物が既にあるのかは知らんけど、これは非常に有難い。


 同行していた商人達は、目的地の集落近くまで来たので此処で別れると言う。


「ターナス様、お世話になりました」


「いや別に一緒に歩いてきただけで何もしてないぞ」


「いえいえ、ターナス様は私の家内の病も治して下さいましたから」


 どうやら集落中の傷病者を癒して回った中に、彼の奥さんもいたようだ。

 個々の特徴なんて気にしてなかったし、全く気が付かなかった。


「何もお礼が出来ませんでしたが、どうぞこれをお納めください」


 そう言って差し出してきたのは、一本の小振りな剣。しかし手に取ってケースから取り出してみると、それは片刃ではなく両刃になっているナイフ――。

 所謂『ダガー』と呼ばれる物だった。

 そういえば獣人族の多くは腰にこいつを差してたみたいだったな。


「これは売り物じゃないのか?」


「まあまあ。特に業物というわけではございませんが、普段使いには申し分ない物だと思います。どうぞお使いください」


「そうか、ありがとう。使わせてもらうよ」


 派手な装飾などは施されていないが、狩猟用としてならまさに質実剛健といった感じの作りをしている。

 まぁ、これを普段使いと言っちゃうあたり、生活様式の違いと言うか世界観の違いと言うか……。

 こういう物を持ち慣れていない者としては「どうやって使うんだろう?」って考えて苦笑いしちまうんだけども。


「良かったですね、ターナス様」


「ああ、そうだな。とても良い物を頂いた」


 ハースが言うには、あの商人が扱ってる刃物はドワーフの鍛冶師が打った物だそうで、丈夫でよく切れると狩りに出る者には人気があるらしい。

 大事にしよう。


 再び道を進みながら、アレーシアにドワーフについて訊ねてみた。


「ドワーフは、聖王国やガーネリアス教ではどんな扱いにされてるんだ?」


「ドワーフ族も亜人種とされています。ですから人間中心主義を理念としている国では、ドワーフの鍛冶師を労働奴隷として監視下に置いて武具を作らせ、それで利益を得ているという感じですね。ガーネリアス教もドワーフは他の亜人種族と同じように捕らえて、聖王国などに奴隷として売られてしまうか、最悪、処刑されてしまいます」


 とことん胸糞悪い連中だ。

 ラダリンスさんの話よりも酷い気がするが、何れにしたって、そいつらをぶっ潰すために『最強の悪魔ディアボロス』の能力を授かったんだしな。

 やってやるぜ、クソッタレ!


「ターナス様……」


「ん? なんだハース」


「なんか凄く悪そうな顔なんですけど……」


「わ、悪そうな顔だったか? 怖い顔じゃなくて?」


「はい。悪そうな顔でした」


「なぁアレーシア、俺は――」「はい、凄く悪そうな顔してました」


 二人とも、そんな真顔で言うなんて。ううっ、気を付けよう。

 こういう時は話題を変えるのがセオリーだよな。


「あ、ああそうだ、そろそろ休憩しようか。ハースもお腹空いただろう?」


 そういえば途中、小休止したくらいでシッカリとした休憩はとらなかったよな。

 朝飯の習慣が無いから何も食わずに出発したし、丁度良いだろう。

 街道から少し外れた場所に良さそうな石、じゃなくて岩か? が、ある。椅子替わりになりそうだ。


 セサンを出る時にメナスから貰ったパンと燻製肉、それと小さな樽に入ったスープを取り出して、テーブル替わりに良さそうな上面が平らに近い岩の上に並べる。

 この樽って、山岳救助でセントバーナードが首に付けてる樽に似てるよな。あれは確かお酒が入ってるんだっけ。

 スープ用のコップも入れてくれたとは気が利いてるじゃないか。まぁ、普通に考えれば分かるか。

 燻製肉は食べやすいように薄く切らないと――なのだが、ナイフが無かった!

 流石に商人に貰ったダガーは大き過ぎて使い辛いし……。


「良ければ、これを使って下さい」


 おお、グッジョブ! アレーシアが自分のナイフを差し出してくれた。

 気が利く女はイイネ!


「すまん、助かる」


 ナイフを受け取り燻製肉を薄く切り分け、パンの上に載せてハースとアレーシアに渡す。具の無いスープはコップに移し替えて、これもそれぞれ渡した。


 ちょっと切り難いナイフだなと思いつつ、アレーシアに返す前にブレードを綺麗にしようと汚れ具合を見てみたら、結構使い込んでいると見えて所々刃毀れしている。

 エッジに指を当ててみると、大分ヘタってるようだ。これじゃ切れないわけだ。


「なあアレーシア。このナイフの手入れって、どうしてるんだ?」


「ここ暫くは全く手入れしてないんですよ。というか、その暇すら無かったもので……」


「ん~、じゃあ俺がちょっとやってもいいか?」


「ターナス様が?」


「ああ」


 多分これなら能力で修復出来るはずだ。

 ナイフのブレードに手を当てて魔力を流していく。

 傷ついたブレード、刃毀れしたエッジ、欠けたり削れたりしている部位を復元しつつ、研磨して研ぎ澄まされた姿をイメージする。ついでに汚れが付着しにくい表層にしておこう。


 ほんの数秒で新品同様に蘇ったナイフをアレーシアに渡した。


「す、凄い! まるで新品みたい!」


「多分切れ味も良くなったはずだ。後で試してみるといい」


「ありがとうございます! これもやはり魔法なのですか?」


「まぁ、そんなもんだ」


 食べるのも忘れて、欲しかった玩具を買ってもらった子供みたいに、ナイフを四方八方から眺めて喜んでくれてるようで、ちょっと嬉しい。

 け・れ・ど・も……

 隣でハースが口を開けてアレーシアを見つめてるな。


「ハース、お前の鉤爪手袋クローも見せてくれるか?」


「はひっ!」


 驚かすつもりは毛頭なかったのだが、どうやら全く気が抜けていたようで、驚いた猫がすっ飛び上がるみたいに、呆けていたハースは座った状態からピョンと跳ね上がった。

 やっぱり猫なんだな。


 ハースからクローを受け取って、グローブの指に付いている刃を良く見てみれば、こちらはナミルが日頃から手入れはしていたようで、錆もくすみも無い。

 ただ、それでもエッジの刃毀れは幾らかある。


 アレーシアのナイフと同じように、ハースのクローも修復と復元、そして研磨を施す。


「さあどうだ、お前のも綺麗になったぞ」


「ありがとうございます、ターナス様!」


 クローを受け取ったハースは、それはそれはもう嬉しそうに、満面の笑みで応えてくれた。

 食べ終わったら二人に試し切りさせてやろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る