第13話 決意
メナスの家で助言を受け、大まかではあるが今後の方針を決める事が出来た。
ハースとナミルの居る家に戻ろうとしたところ、気を利かせてくれたメナスがトウモロコシ粥と野菜スープを持たせてくれた。
そう言えば既に小一時間経っていたし、最初の食事時間としては頃合いか。
「ハース、戻ったぞ。メシにしよう」
「おかえりなさい、ターナス様」
「ああ、ただいま。粥とスープがあるから、お母さんに持って行こう」
持って行こう――とは言っても、玄関(と言うか出入口)から既に見えてるんだけどな。
「ナミル、トウモロコシ粥と野菜スープを貰ってきた。食べてくれ」
貰ってきた粥とスープを鍋から皿に移し替え、ベッド脇の小さなテーブルの上に置くと、起き上がったナミルは粥の方を手に取って食べ始めた。
起き上がれるようになった事で、介助無しで食事が出来ると笑ってる。
まだ体力が戻ったわけではないから、見た目は瘦せ細って病弱な雰囲気はあるのだが、食事を摂る様子からは全くそんな感じは見られないな。
ハースはベッドの脇に置いた椅子に座り、話し掛けるでもなくニコニコとその様子を眺めている。
ハース自身もパンをスープに浸しては、母親の顔を見ながら自分の口に運んでいるのだけれど、母親が起き上がって食事を摂れるようになって、余程嬉しいのだろう。持っているパンとスープにはまったく目を向けていないので、零しやしないかとヒヤヒヤしちまう。
二人の姿を眺めつつ、俺もパンと粥を食べる。
皆が食べ終わったのを見計らって、今後の話を切り出した。
「俺はこれからランデールに行く事にした」
「えっ?」
ハースは目を真ん丸にして驚いたようだ。
「ランデールでも亜人種族が危険な目に遭ってるみたいでな。俺の役目はそんな状況を打開することだし、その危険がこの集落にも及ばないようにしないと、皆も安心して暮らせないだろ?」
「ターナス様……」
「心配するな。俺が強いのはハースも知ってるだろう? それにな、アレーシアも一緒に行くんだ。アイツもそこそこ強いらしいぞ?」
ハースは目に涙を溜めてジッと俺を見つめているが、そんな泣くような事じゃないって。
「ターナス様! 私も、私も一緒に行きたいです!」
「バカな事言うな。折角お母さんが元気になったんだぞ。お母さんに美味しいものをいっぱい食べさせてやらなきゃ」
「それは、そうですけどぉ」
そう言って俯くと、ハースの膝にポツポツと涙が落ちて染みを作っていく。
折角仲良くなったのだから、そりゃ俺だってもう少し一緒に居たい気持ちはあるが、流石に子供のハースを連れて行くわけにはいかないからなぁ。
「ハース、ちょっとあの箱を取ってきて頂戴」
ナミルが部屋の片隅で無造作に置かれている――ように見える家財道具の中から、一番端にある箱を指差してハースに持ってくるよう促した。
トコトコと小走りに向かい、示された箱を持って戻りナミルに渡すと、ナミルは箱の蓋を開けて中身をハースに渡した。
それは、革製のグローブで、五本指のそれぞれに鋭く鋭利な鉤爪が付いた物だった。
「このクローは、私が昔使ってた物」
この物騒な鉤爪のグローブをナミルが使ってた⁉
驚く俺を余所に、ナミルは話を続けた。
「ハースも10の頃から鉤爪を扱う練習をしています。勿論、このような本格的な物じゃなくて、木製の鉤爪が付いた子供用ですけど」
ああ、つまり猫獣人族は子供の頃から戦闘訓練をしてるって事なのかな。
それにしては、行商の連中は戦闘に長けてるようには見えなかったけどなぁ。
「私は猫獣人族の中でも、戦闘を得意とするカール族の生まれでして、物心ついた頃から戦いの訓練をさせられました。そして、成人してからは同じ猫獣人族でも商いを生業とするミミ族に雇われて、行商の護衛をしていました」
それから、ナミルは行商の護衛で知り合った商人の男と恋仲になり、この集落に落ち着いたのだと言う。そして生まれたのがハースだと。
「ハース、これをあなたにあげるわ。お母さんは大丈夫。こんなに元気になったんだもの、すぐに歩けるようになるわ。それまではもう少し、ご近所の皆に手伝ってもらうから。だから行ってらっしゃい」
ナミルはクローをハースに手渡すと、しっかりとハースの目を見つめながら彼女の両肩を抱き込むように手を添え、優しく微笑み旅立ちを促していた。
「お母さん……」
「ターナス様、ハースはまだまだ未熟ですが、どうか一緒に連れて行っていただけないでしょうか。この子なりに、お役に立てるかと思います」
「だが、危険過ぎるだろう」
「勿論承知しております。ですが、もしこのまま此処に留まっていたら、きっとこの子は明るさも元気さも失くして、暗く沈んだ日々を過ごす事になるでしょう。そのような姿を母親として見る事は出来ません」
果たして認めていいものなのか、非常に悩む。
この数日一緒にいた限りでは、ハースが戦えるとは思えないし、そもそもこんな子供に戦いをさせたくない。ましてや折角母親が元気になったのに、だ。
でも、もしここでハースを残していったら? やはりナミルの言うように、ずっと塞ぎ込んだままになってしまうのだろうか。
たった二人きりの母子であり、母親に至っては病み上がりなのだ。
そして、ハース自身もまだ13歳の子供。
この先どんな危険が待ち受けているのか……否、亜人種のハースにとっては危険極まりない場になる事は明らか。
暫く黙ったまま思案していると、ハースが俺の外套を引っ張ってきた。
「ターナス様、もし、もし私が失敗したり邪魔になったりしたら、その場に置いてっていいですから。だから、だからどうか、お願いします。一緒に連れてってください!」
「ターナス様。ハースにもカール族の血が流れています。この子がターナス様に付いて行きたいというのも、戦場(いくさば)を駆けるカール族の血がそうさせているのかもしれません。この子が言うように、足手纏いになる様ならその時は見限っていただいて構いません。ですから今は、どうぞこの子の願いを聞いてやっていただけませんか」
親子揃って……。
「ハース、本当にお前が足手纏いになったら、此処に帰すからな。それでもいいな?」
「はいっ!」
不安は拭いきれないけど、二人の決意を尊重するしかないな。
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