第12話 アレーシア

 宴を早々に切り上げて、ハースの母ナミルへ食事を持って行き、そのまま一夜を世話になった。


 昨夜は麦粥とトウモロコシ粥をナミルに食べてもらったが、ナミル自身も驚くほど「自然に食べられた」と言って喜んでいたから、食事の心配は要らなそうだ。

 半年も寝たきりの状態だったにもかかわらず胃腸関係がしっかり機能したのは、昨日の修復術の効果だろうか。

 これならすぐに体力も戻るだろうし、完全回復するのも早いだろう。


 この世界では朝食というか、一日三食という概念が無いようで朝と昼は一緒。

 後は夜にそこそこ食べて終り――というのが普通らしい。

 俺はもともと朝はあまり食べられない体質だから、朝飯を食べる習慣が無くてもそれはそれで気にならないしな。

 そんなワケで、身支度だけ整えてメナスの家に向かうことにした。


 まだこの世界の国家間相関図は把握出来ていないが、大まかな所の種族間の関係性は分かってきたし、次はもう少し大きな街、或いは都市へ行ってみようと思う。

 メナスならば、どこに行くのが最良かを知ってるかも……というワケ。


「メナス、ちょっと聞きたいことがあるのだが、教えてくれ」


「ええ、私に分かる事であればなんなりと」


 まず俺は、人間中心主義の信仰が深く、亜人種差別が強い大き目な街がないかを訊ねたところ、「それならば――」と、石板を持ち出し蝋石で簡単な地図を描いて見せてくれた。


「ここがセサンで、ここがアダルです。この道を行くと左に山があり――」


 説明の仕方は雑……ではなく大まか。だが要点はよく示している……と、思う。

 そこにアレーシアが加わってきた。


「行くのなら、まずは一番近いランデールが良いのでは」


「ランデール? それはどこだ?」


 アレーシアはメナスから蝋石を受け取ると、石板の地図に丸く円を書き加える。


「ランデール領はカウス領と同じく、亜人種族を擁護しています。ですが、此のところガーネリアス教からと思われる圧力が強く、領主や貴族も表立って目立った行動が出来なくなってるんです」


「ランデール自体は亜人種差別が強いワケではないんだな?」


「ええ。ですが最近は亜人種族を擁護している者が危害を加えられ、更には捕縛される亜人種族も多くなっていると聞いてます」


「例の中央聖騎士団ってのが出張って来てるのか?」


「恐らく中央聖騎士団で間違いないと思うのですが、冒険者に偽装して愚行を働いているようで……」


「証拠はあるのか?」


「ランデールは中道なので、ガーネリアス教は積極的には直接手を出しません。本来、中央聖騎士団が動くのは教会や中央聖騎士団そのものに害が及んだ場合です。ですが、『同じ人間が中央聖騎士団にいるのを見た』と言う者が複数いる事や、捕らえた者の身ぐるみを剥いだら『中央聖騎士団の指輪をしていた』と言う者もいるので、ほぼ間違いないのでは……と」


「その指輪が証拠になるんじゃないのか?」


「それが『指輪は拾った物だ』と言って認めなかったそうです。でも聖騎士団が証である指輪を落とすなんて考えられませんから」


 まぁ、偽装工作ってのは定番中の定番だしな。

 指輪は……外すのを忘れたのか、捕まるなんて考えは無いから外さなかっただけなのか。何れにしたって間抜けだけど。


「ならばそのランデールに行って、中央聖騎士団と対峙してみるとするか」


「ターナス殿、私もご一緒します」


「アレーシア?」


「私も非道な人間中心主義を変えたいんです。死んだガーフやライルの分も一矢報いたい」


「そういえば、ライルだったか? あの死んだ騎士。彼も中央聖騎士団だったんだろ? という事はガーネリアス教の信者だよな。もともと人間中心主義の思想だったんじゃないのか?」


「ええ。その通り、ライルはもともと人間中心主義者でした。ところが、彼の弟がラダリア教徒で、彼の知らないところで兎獣人族と交流していたんです。それを知ったライルは激高して弟を叱責したのですが、兎獣人がライルの目の前で自分の耳を切り落としたそうなんです」


「自分で自分の耳を?」


「はい。兎獣人が言うには『この耳が無ければ、見た目が人間族と同じなら、それならば良いのだろう』と。そうやって自分の耳を切り落とし、真っ赤な血が流れるのを目の当たりにしたライルは、人間族と獣人族の何が違うのかが分からなくなってしまったのだと言っていました」


「よく中央聖騎士団を辞めなかったな。ガーネリアス教に対する信仰心が無くなれば、騎士団にも居づらかったと思うが」


「悩んだ末に、内部から何かが出来るんじゃないか――と考えたそうです」


 なるほどな。「内部から組織の闇を暴いてやる」的な行動の末だったわけか。

 正直なところ、戦力としてアレーシアがどれだけ頼れるか分からないが、情報を得るにはアレーシアのような人間が常に傍に居た方がいいかもしれない。


「そういう事なら一緒に行くか。ついでに色々と教えて欲しい事もあるしな」


「よろしくお願いします」


 互いに手を取り合って握手を交わす。

 よく見れば、アレーシアは赤く長い髪に、綺麗というよりは可愛いと言った方が似合う顔つき、身長は高くないが均整の取れたスタイルをしていて、一見すると愛らしさを感じても荒々しさは感じられない。

 なのに、握手を交わした手には剣ダコと思しき硬い隆起が出来ていた。

 ――それ相応に剣を振っている証拠か。


「私の力がターナス殿に及ばないのは重々承知しています。ですが、これでも結構戦い慣れているんですよ」


 つい目で色々と追ってしまったらしい。それを俺が戦闘力としての品定めをしていると思ったようだ。うん、勿論その通りだよ。戦闘力の品定め。


「さてと、ここからランデールまでは、どのくらいの距離があるんだ?」


「ランデールは山を一つ越えた所ですから、それほどでもありません」


「そ、そうか……」


 山一つ越えるのが「それほどでもない」って言われても、歩いていくのか馬車なのかによっても違うだろうしさぁ、想像つかないっての。

 まぁ、日本だって昔の人は歩いて箱根越えとか、お伊勢参りとかしてたわけだし。

 それに俺には瞬間移動があるしな。

 あ、そういや瞬間移動って知らない場所でも大丈夫なのかな。他の人も一緒に行けるのかな。

 試せればいいけど、試した結果「バラバラになっちゃいました」とかなったら、洒落にならないどころの話じゃないよなぁ。


 

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