第11話 ハースの母

 アレーシアを加えてのセサンへの帰路は、何事も無く終了した。

 道中、メナス達と一緒に荷台に乗ったアレーシアだが、セサンの住人と様々な情報交換が捗っていたようだ。


 俺はと言えば……相変わらず御者台でハースと二人。

 そのハースが何故か興奮気味で、俺がどうやって中央聖騎士団をやっつけたのか。とか、どうすればそんなに強くなれるのか。などをやたらと訊ねては、返事を聞いてウンウンと大きく頷きニコニコしている。

 あまり女の子向けではない話だと思うけど、獣人族ってのは女の子でもこの手の話が好きなのかな?


 セサンに着いて、まず俺はハースと一緒に彼女の家に向かった。負傷して寝たきりだというハースの母親が気になっていたのだ。

 ハースが行商の手伝いで家を空ける時は、隣近所がしっかりと面倒を見てくれるそうで、その辺りは心配ないらしい。


「お母さん、ただいま!」


「おかえり、ハース」


 ベッドから如何にも力のない、弱り切ってるといった声が聞こえた。


「お母さん、救世主様をお連れしたよ!」


「おいハース。ああ、初めまして。私はターナスという者です。ハースたちと一緒にアダルへ同行していました」


「これはご丁寧に。ハースの母で、ナミルと申します」


「ターナス様、威厳……」


 ハースが俺の外套をクイクイッと引っ張りつつ囁いてる。

 この場で威厳なんて必要ないだろう……って思うのだけど、ハースの目は「ほらほら、もっとちゃんと偉そうにして」と訴えてるように見える。ホントにもう。


「あ~っと、ハースから聞いたのだが、傷は大分痛むのか?」


「じっとしていれば、然程ではないのですが、動くのはどうも厳しくて」


「そうか。少しいいかな?」


「はい?」


 ナミルの返事を聞く前に、彼女が寝るベッドの上に手を翳して、容態を読み取ってみた。

 能力で“それ”が出来ると直感する。


「外傷は癒えてるが、筋肉や神経の損傷が残ってるようだな。悪いが布団を捲ってもいいかな?」


「あの、何を……?」


「ターナス様、もしかして、お母さんのケガ、治るんですか?」


「もしかしたら、な」


「お母さん、ターナス様の言う事聞いて!」


 俺の言葉を聞いて目を見開いたかと思うと、ハースは母親に何も説明せず、問答無用で布団を捲り上げてしまった。


「ああ、すまん。落ち着いてくれ。ハースも乱暴な事はするな。お母さんだってビックリするだろう」


 悪気が無いのは分かってるけど、「エヘヘ」とはにかみつつも、これから起こる何かに期待しているのが満ち溢れている。


「少し触るぞ」


 ベッドの横に跪いてナミルの腹に手を置き、気の流れ(魔力の流れなのだろうか)をナミルの全身に張り巡らせる。

 なるほど、どこがどう損傷しているのかがハッキリと分かる。断絶している神経や、褥瘡……所謂床擦れが悪化し、すでに壊死している部分もある。

 ここまで酷くなると、俺が死ぬ前の医学でも治す事は出来ないないだろう。

 だが今の俺ならば治せると分かる。自信がある。


 魔力を流し込むと、損傷した細胞組織などが頭の中に見えてくる。そしてそれらが修復されていく様子をイメージしていく。

 神経を繋ぎ、筋肉を懐柔させ、皮膚を復元し、損傷している全ての部位を頭の中で修復、或いは創り出していった。


「こんなもんか」


 全てを治癒し終えて立ち上がりナミルの顔を見ると、さっきより血色が良くなってるのが分かる。大丈夫だろう。


「えっ? 何を?」


「お母さん、何か変わってない?」


「変わって?」


「うん、体が、何か変わってない?」


「どういう意味……⁉」


 ナミルは自分の体に何が起きたのか理解したようだ。「えっ? えっ?」と驚きながら、体のあちこちを手で触って確認している。


「どうなってるんですか⁉」


 あまりの出来事に驚愕したのか、ガバッと上半身を起こして声を上げている。


「お母さん、起きれる!」


「あらっ?」


 ハースの目から大粒の涙が溢れて零れ落ちていく。

 ナミル自身は、まだ信じられない気持ちが大きいのか、ただただアタフタしているだけなのだが、大声で泣くハースに抱きつかれ、その頭を撫でていくうちに、ナミルもまた涙を流して嗚咽していた。


「体の修復は終わったが、体力はまだまだ全然戻ってないんだ。これからが本番だぞ」


 一応、これから何をすべきか伝えようと思ったのだけど、フイとこちらを向いたハースが、今度は俺に飛びついて大泣きしだした。


「わああああん、ターあス様ぁぁぁ、うぐっ、だーあスさまあぁぁぁ、あうわあぁぁぁん!」


「落ち着け、落ち着けってハース。もう大丈夫だから、泣くなって」


「だっで、だっで、だーあずざまぁぁ!」


 黙ってハースを泣かせていると、外がザワザワしているのが気になった。

 あまりにも大きなハースの泣き声に、何事かと近所の住民達が集まり寄ってきて大騒ぎになってしまったようだ。


「おい、ナミルが起きてるぞ!」「ナミル、治ったの?」「何があったの……って、えっ? ナミルが起きてる⁉」「ナミルが起きたぞぉー!」


 ナミルが寝たきりだったのは集落中が知る事で、そのナミルがベッドで起き上がっていて、傍らでは娘のハースが大泣きしているのだから、住民たちが「奇跡が起きた」と尚更に大騒ぎとなってしまった。

 挙句、ウチもウチも……と、集落内で重い病気や怪我で臥せっている猫獣人族も治癒する羽目に。

 ま、喜んでもらえてなによりだが、「救世主様」だけはホント止めてほしい。





 日が暮れ始めると、集落の広場で質素ではあるが、思い思いに持ち寄った手料理と酒で宴が行われることになった。

 勿論、本来は行商の成功の宴だったはずなんだろうけど、ナミルを始め集落の傷病人の回復、そして俺の歓迎の祝いと言う名目でのどんちゃん騒ぎになってしまったのは申し訳ない気がするなぁ。


 俺は酒を殆ど嗜まない。若い頃からだが、酒を美味いと思ったことがない。すぐに頭が痛くなってしまうところから、要はアルコールを分解することが出来ないのだと思ってる。

 というわけで、燻製肉とオーツ麦の粥、それに焼いたトウモロコシ等を味わっているのだが、意外と美味く感じるので俺には合ってるのかもしれない。


「ターナス様、セサンにも宿屋はありませんので、どうぞウチへお泊り下さい」


 アダル同様に常設の宿屋は無く、空いてる場所をキャンプ地として提供しているのだとメナスが言う。

 

 「そういうことなら――」「ターナス様はウチに泊まってください!」


 まだ目の周りが赤く腫れぼったいままで、涙の跡と鼻水の跡を残したままのハースが、俺の外套を引っ張った。

 ただ、それを聞いたメナスは若干不安を覚えたようだ。

 ハースの家だと何か問題があるのかと小声で訊ねてみたが、要はハース一人では俺を歓待出来ないだろうと思ったそうだ。

 俺としては全く問題ないし、寧ろ持て成されるような大袈裟な事は、こちらから遠慮したいと伝えると、メナスも納得してハースに譲った。

 その代わりと言うわけでもないが、メナスが「ならばアレーシアさんはウチに」と言うので、メナスの家にはアレーシアに泊まってもらう。

 ……大丈夫だよな?


 宴もそこそこに、ナミルに食べてもらう分の麦粥とトウモロコシ粥を貰って、俺とハースは彼女の家に向かうことにした。

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