第10話 返り討ち

「なっ……何が起きた⁉」


 突然、仲間の一人の頭が爆ぜて見えたのだ。他の騎士たちの疑問と焦りは尋常ではないようだ。

 そしてそれは、馬も同じなのだろう。

 背中で起きた何かに驚き、そのまま走り出して行ってしまった。更には、そのことに驚いた他の馬たちも嘶き、落ち着きを無くして慌てふためく。

 俺は逃げられないように、馬たちに魔法を掛けて昏睡させた。


 昏睡した馬がその場で崩れ落ちてしまい、馬上から転げ落ちた騎士たちは、理解の及ばない現状に恐れ戦いているようで、言葉を失くしてしまう。


「さて、お前らが何者なのか話してもらおう」


 ゆっくりと、上から見下して恐怖心を煽りつつ騎士らに近づく。後ずさりして逃げようとした騎士の両足を空気の斬撃で斬る。悲鳴を上げる騎士、言葉なく青褪める騎士、失禁してるヤツもいるな。


「中央聖騎士団だな?」


 コクコクと何度も小刻みに頷く。


「こいつらを追ってきたな?」


 死んでしまった革鎧の男と、座り込んでいる女に視線を向けて訊ねる。


 コクコク……


「何故だ?」


「わ、われ、我ら、ちゅ、中央聖騎士団を、う、う、裏切った」


「裏切ったとは?」


「ど、奴隷を解放して、にが、逃がそうとしたんだ」


「なるほど、そうか」


 あの三人が言ってた獣人族の奴隷を助けるためってのは、本当だったな。


「では判決を言い渡す。お前ら死刑」


「えっ?」


 手の上に炎の塊を創り出し、テニスボール程の大きさになったそれを騎士団に向けて放出。と同時に、その炎を巨大な爆炎へと変えて叩きつけた。

 瞬く間に炎に巻かれて断末魔を上げるが、それもすぐに黙して燃え上がる。

 炎を見つめ「焼き尽くせ」と呟くと、更に業火となり、最後には消し炭さえ残らず、ただそこで“何かが”焼けた跡が残っただけとなった。


 振り向くと女が「ヒッ」と悲鳴を上げて慄く。


「終わったぞ」


「……」


 相当ビビってるなぁ。やり過ぎたかな?

 目に見えてブルブル震えてるのが分かるし、顔面蒼白だし、なんか彼女の下の地面が濡れてるんだが、漏らすほど怖い思いをさせちゃったか。


 どうしたものかと思案していたら、ハースが駆けてくるのが見えた。


「ハース、待ってろと言っただろ」


「でも、でも、凄い火が見えて、ドカン! って音がして、メナスさんが「ちょっと見てくるから」って言って、それでそれで、なんか「終わったみたい」って言ってて、それで、それで」


「ああ、分かったから。もう終わったから大丈夫だ、心配しなくていい」


「猫獣人族……?」


 女がハースを見て声を発すると、ハースはビクリとして俺の後ろに隠れてしまった。


「ハース、この人間は獣人族の奴隷を助けようとしたらしい。さっきのは、彼女を追いかけてきた連中をやっつけた炎だ」


「じゃあ、悪い人間族じゃないんですか?」


「ああ、多分な」


 そう言われてもスグには納得できないのか、俺の陰に隠れたまま女を見定めているようだ。

 そこにメナスたちもやって来たので、この状況と至った経緯を説明した


「私はキサンのアレーシアと言います。人間中心主義の教義を終わらせ、亜人種族との共存を望んでいます」


「キサンと言うと、カウス領のですね? 確か、あそこの領主様は亜人種族保護をしていらしたと」


「はい。そのために領主様はガーネリアス教会への援助を拒否していました。それが神ガーネリアスの教えに背くとして、教会はトラバンスト聖王国にカウス領への侵攻を命じたのです」


「それで、今現在はどのように?」


「領主様の私設兵団とラダリア教の騎士団、そして亜人種族の一部が聖王国からの侵攻を抑えています。ですが、それも時間の問題……かと」


「そうですか」


 詳しい話はメナスに聞いてもらった。俺が聞いても、この世界での様々な関係性が全く理解できないからな。後でメナスから掻い摘んで聞いた方がいいだろう。

 

 暫くアレーシアと話をしていたメナスが俺の方へ向いた。


「ターナス様、この方も一緒に来ていただこうかと思います」


「ああ、メナスが良いと言うなら、それでいいんじゃないか」


「ありがとうございます。助けていただいた恩は、必ずお返し致します」


 俺に向かって礼を言うアレーシアだけど、俺が助けたのは成り行き上だ。


「俺はどうでもいい。でもその気持ちがあるなら、亜人種族のために頑張ってくれるとありがたい」


「はい、必ずや」


 アレーシアを加えてセサンへ帰ることになった。だがその前に、彼女からの願いで、彼女の死んだ仲間であるガーフとライルを埋葬することになった。

 埋葬するとは言っても、この街道から少し外れた場所に穴を掘って埋めるだけなのだが、自分の住む土地以外の場所で死んだ場合、こうやってその場に埋葬するのが普通らしい。


 ハースも彼女が害を及ぼす人間族ではないと理解したのか、もう警戒することもないし、埋葬した二人の墓にもちゃんと祈りを捧げてた。

 猫獣人も人間も、ちゃんと死者に対して祈りを捧げてる。ちゃんとしてないのは俺だけだ。

 いや、そもそもこんな何も無い所に、そのまま土葬するなんて初めての経験だし、俺は日本人だが宗教的理念は皆無だ。まあ、威張れたことじゃないのは分かってるが。


 一応、合掌はしたが、どうやら「両手を合わせてこうべを垂れる」という姿が珍しかったらしく、揃いもそろって不思議な顔をしている。

 ……解せない。


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