第9話 逆賊
神経を集中して索敵の能力を込めると、街道沿いだが少し外れた場所に三体の人影を察知した。
速度的には馬などに乗っているのではなく、ゆっくりと歩いている様子だ。
斥候か?
「皆はここで待っていてくれ。ちょっと見てくる」
「ターナス様……」
「大丈夫だ、ハース。すぐに戻る。メナス、悪いがハースを頼む」
「承知しました」
ハースは昨日の事が頭に浮かんだのか、かなり焦りと緊張の色が窺える。あまり心配させたくないので笑って見せると、唇を一文字に結んで小さく頷いた。
気配を更に深く読み取っていくと、殺気のようなものは感じられない。
こちらに害を及ぼす存在ではないようだが、かなりの緊張感は感じ取れる。
という事は、追われている獣人族だろうか?
自分の気配を消しつつ、更に身を屈めて、索敵によって得られる気配の方へと向かって行った。
ある程度その人影が目視できた処で、拡大能力を使って見ると、それは女一人、男二人の人間族だった。
金属製の鎧を着た男が一人、もう一人の男と女はジレのような袖の無い革鎧を着ている。これは他種族との戦闘で負傷して、命からがら逃げてきたという感じにも見て取れるな。
「おい、止まれ」
俺は敢えて彼らの前に出ることにした。
「……っ!」
「お前たち、何処から来た。何処へ行くつもりだ?」
「……ランデールの者か?」
「ランデール? 知らん、俺の方が聞いてるんだ。答えろ、何処から来て何処へ行く!」
俺は見た目だけは人間なのだから、どちらかと言えば信頼されていいはずだが、彼らは俺を警戒しているようだ。
「我らはカウス領キサンから来た」
答えたのは革鎧を着た赤髪の女。良く見れば金属鎧の男は片腕が無い。もう一人の男が支えて居なければスグにでも倒れてしまいそうなほど憔悴している。
カウス領キサン……と聞いても分からないんだけどな。
「何処へ行くつもりだ?」
「それを聞いてどうする」
「ハッキリと言おう。人間中心主義を信仰し、亜人種を迫害しているのなら、この場で殺す」
「違うっ!」
おっと、間髪入れずに躊躇うことなく言い切ったぞ、この女。
「我らは人間中心主義に反対する者だ。トラバンスト聖王国で奴隷にされている獣人族を見つけて救おうとしたのだが……」
「返り討ちに遭った、か?」
女は両手を握りしめ、苦しそうに頷いた。
もしこれが本当の話なら、こいつらを助けないワケにはいかないだろうけども……。
「それで、奴隷の獣人たちはどうした?」
「救えなかった。殺されてはいないだろうが、結局一人も助け出せなかった」
「そっちの鎧の男は、騎士じゃないのか?」
「彼は騎士団の団員でもあるが、人間中心主義には疑問を抱いていた。それで、少しでも亜人種族を助けられないかと、私たちへ情報を流してくれていたんだ。しかし……私たちを逃がそうとしていたのを騎士団に見つかってしまって……」
言ってることが演技ではなく本当の事なのか思案していると、金属鎧の男がガクリと膝から崩れて倒れてしまい、支えていた革鎧の男が慌てだした。
「ガーフ! おい、ガーフ! シッカリしろ、おいっ!」
「ちょっとガーフ! 頑張れ、死ぬんじゃないっ! おい、ガーフッ!」
女もガーフと呼ばれる片腕の鎧男に声を掛け、体を揺すったり、鎧の胸を平手で叩いて呼び覚まそうしているが、男の生命力が消えたのが俺には分かった。
「クソッ、ここまで来たのに」
革鎧男は拳を握りしめて、悔しさを滲ませている。女もガックリと膝を落とし、全身から力が抜けてしまったように項垂れてしまった。
さて、どうしたものか。
「なあ、あんた。俺たちが人間中心主義の信仰者なら、殺すって言ったよな?」
「ああ」
「という事は、あんたも亜人種族を擁護してるって事だよな?」
「そういう事になるな」
「だったら……だったら助けてくれないか? 俺たちは――」「ちょっと待て」
男が喋ってるところを手で制して中断させてしまったが、どうやらこいつらの言ってる事は本当のようだ。新たな気配が迫ってくるのを察知した。
明らかに、殺気に満ちた集団が近づいてくる。速さから馬にでも乗ってるのだろう。こいつらを追ってきた連中かもしれない。
「お前たちの事は、取り敢えず信じよう。いいか、まだ“取り敢えず”だからな」
「ああ。だが、なぜ急に?」
「追手のようだ」
一瞬で、二人に緊張感が走った。腰の剣に手をかけて、俺が目を向けているのと同じ方向を凝視する。
沈黙のまま硬直する。時間だけが過ぎてゆくが、大した時間経過ではないと分かっていても、その緊張感から相当長く感じてしまう。
「……来る」
5……6……7……8……9…… 10人の騎兵だ。
見たところ、金属鎧のデザインが先ほど死んだガーフという男が身に着けている物と同じようだ。とすると、聖王国の騎士団か。
いや待てよ。確か昨日ハースたちを襲ったのも聖王国騎士団だと言ってたが、覚えてるのと鎧のデザインが違うな。
二人にも視認出来るくらいになってから聞いてみた。
「あれは聖王国騎士団で間違いないか?」
「聖王国騎士団じゃない、中央聖騎士団だ」
「中央聖騎士団?」
「聖王国騎士団とは別に、人間中心主義を信念としているガーネリアス教会直轄の騎士団。それが中央聖騎士団だ」
なるほど、要は僧兵みたいなもんかね。
それじゃまぁ、ちょっとご挨拶してみますかね、っと。
ゆっくりと身を曝して街道まで歩いていくと、案の定、中央聖騎士団とやらは俺の前で止まった。
「おいそこの、この辺で三人の男女を見なかったか? 一人は怪我を負っているはずだ……!」
先頭にいた騎士の一人が俺に問い掛けていたものの、突然驚いた様子で言葉を止めた。
「見つけたぞ! キサンの逆賊だ!」
「黙れ! 貴様ら、よくもガーフを!」
「ライル止せっ!!」
騎士が言葉を止めたのは、革鎧の男を見つけたからだった。
革鎧男は剣を抜いて、この騎士を睨みつけ、今にも斬りかかろうとするが、それを女が止めようと声を放った。
束の間、革鎧男が倒れる。頭に矢が刺さっている。
一団の最後尾にいた騎士の一人がクロスボウを持っていたようだ。
最後尾とはいってもほんの数メートルしか離れていないし、クロスボウとしては至近距離もいいとこ。
この世界の、この時代のクロスボウの精度がどんなもんか知らんが、この距離なら的確に頭を射ることも可能だろう。
ならば……
俺は手を広げた右腕を真っ直ぐ伸ばして、クロスボウを打った騎士に向ける。
その手を何もない空中を掴む仕草をした。
そして……
「死んどけ、クズ野郎が」
広げた手を空中で握る。それと同じくして、クロスボウを持つ騎士の頭がグシャリと潰れた。
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