第8話 帰路

 アダルを出発して、今度はセサンへの帰路となる。

 来た時と同じようにハースが御者をして、俺がその隣に座る。メナスを含む他の男たちは、荷台で購入した農作物をあれこれと整理していた。


 朝から機嫌が良いのか、ハースはニコニコしながら手綱を握って俺に話しかけてくる。


「ターナス様、アダルはどうでしたか?」


「う~ん、よく分からんが、あれが獣人族の一般的な暮らしなのか?」


「えっとぉ、兎獣人族が多い地区としては普通ですね。セサンのように猫獣人族が多い地区は、もう少し活気がありますけど、それは肉を買いに来る種族が多いからかもしれませんね」


「獣人族には野菜が人気無い、と? あの野菜肉巻きは結構美味かったぞ?」


「野菜が人気無いんじゃなくて、肉の方が人気あるんですよ」


 なるほど。基本雑食の人間だって、野菜好きより肉好きの方が多いもんな。獣人もそれは同じなのか。


 調子よくアレコレと話を続けるハースだが、自然と自分の生い立ちや家族に起こった事も話し出した。

 訥々と、だが決して泣いたり押し黙ったりすることもなく、悔しさや寂しさを込めた口調になっても、起きた事を明確に語る。

 そして……


「盗賊には必ず仕返しします。ターナス様はダメって言いますか?」


「いや、言わないさ。寧ろ俺も手伝ってやる。というか、俺なら盗賊なんか一撃だぞ?」


「フフフ。ターナス様はお強いですもんね! 私はターナス様と出会えて本当に良かったです」


 あどけない顔にはあまりにも似つかわしくない言葉だけれど、俺はハースの願いを叶えてやる。この世界での不条理は俺が全てぶっ潰してやるからな。


 その後もハースは色々と、それこそ「それは言わなくてもいいだろう」という女の子情報まで話してくれた。

 いや勿論、俺から聞いたわけじゃない。ハースが勝手に喋ってるんだから、俺は何にも悪くないし。まったく、こっちが焦るわ。

 そして、やはりと言うか、当然、俺のことも知りたがった。


「俺は神様から『この世界の虐げられている者たちを救え』って言われたんだ。虐げられてるって、分かるか?」


「えっとぉ、悪い事してないのに殴られたり、奴隷にされたりすることとかですか?」


「そうだ。今この世界では人間中心主義という思想がまかり通ってる。それは『全ては人間に支配されるために存在する』っていう考え方だな。神様はそれを『悪いことだから止めてくれ』と言ってるんだ」


「人間中心主義は知ってます。だから人間は私たち獣人族を捕まえて、奴隷にしようとしてるんですよね?」


「ああ。しかもそれは獣人族だけじゃなくて、亜人族や魔族も、人間族以外全ての種族をってことだ。ただ、人間族の中にもその考えは間違ってるって言う人がいる」


「はい、知ってます。カナルの街には獣人族や亜人族たちと一緒に戦ってる人がいるって、聞いたことありますから」


「そうだ。俺はそういう人達の救い手として、神様から託されたんだ」


「やっぱり……やっぱりターナス様は救世主様で間違いありませんでしたね!」


 救世主か。迫害されてる種族から見れば、救世主扱いなのだろうけども、存在としては死神って言われてるんだけどなぁ。

 『悪魔の能力を持った死神が救世主』とか、ホント無茶苦茶な話だと思うが、こうして既に獣人と係って、彼らを助けると腹を決めて、聖王国とやらの人間も殺してしまってる。

 後に引く事など出来ないし、するつもりもない。

 ただ、ハースたちが『悪魔の能力』を持った俺を、どう思うのかが気になると言えば気になる。確か悪魔ってのは、どの種族とも敵対しているようなこと言ってたもんな。


 いつの間にか考え込んで沈黙してしまっていたようで、ハースが不思議な顔をして眺めていた。


「ハース、そろそろ休憩しようか」


 荷台の幌からメナスが顔を出して休みを提案した。

 そっと左腕の袖を捲って腕時計で時間を確認すると、ほぼ10時半。ラダリンスさんの粋な計らいなのか、有難いことに時計を所持してるんだなこれが。

 

 往路では予想外の襲撃に遭ったため、予定していたルートを大きく外れて荒野へ追い込まれてしまったそうだが、今いる復路が本来のルートらしい。その追い込まれた荒野の岩山が、左手の向こうに見えている。


 荷台から木箱を一つ降ろしてテーブル替わりにし、その上にパンと水を人数分並べる。

 時間的に中途半端だが、そういえば朝はお茶モドキを飲んだだけだったし、これが朝食兼昼食ってことか。

 パンとスープを手にすると、皆思い思いに座って食べ始めたので、俺もご相伴にあずかる。

 適当に座ると、ハースもススっと隣に来て、ちょこんと座った。ああ、それで俺が座るまでじっとしてたのか。


 随分と長閑だが、昨日あんな襲撃を受けた割には、皆があまりにも暢気と言うか……警戒心が無い。もっとも、暢気に昼寝してる猫だって、人間が気付かない“何か”を感じて急に起きたりすることだし、ああ見えて実際は周囲を警戒してるのだろう。


「いやぁ、昨日の事が嘘みたいだな」


「全くだ。昨日は本当に生きた心地がしなかったけど、今日はターナス様がいるから安心だよ」


 警戒してないのか! 俺か? 俺頼みだから警戒する必要無いってか?

 まったく……まぁ、猫獣人とは言っても動物の猫とは違うんだよな。兎獣人だって肉食ってたしな。


 なんて思ってたら、どうやら俺が一番警戒心が強かったみたいだ。

 こちらに向かって来るただならぬ気配がある。

 かなり焦慮している、切羽詰まった雰囲気を感じる。


「おい皆、いつでも動ける準備をしとけ」


 これはまた、新手の聖王国騎士団か?

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