第7話 ハース

 メナスたちの所へ戻ってみると燻製肉がまだ売れ残っていたが、これは最初から想定内だったらしい。

 夕食はその売れ残った燻製肉と、集落で買った固いパン。それと磨り潰したトウモロコシをお粥状にしたものだった。

 トウモロコシ粥というのだろうか、これは想像していた程トウモロコシの味がしないのだが、固いパンをこの粥に浸して軟らかくして食べるのだそうだ。

 そうして食べてみると、ほんのり甘味が感じられるから、これはこれで悪くはないな。


 アダルの集落には宿屋なんてものは無く、代わりに集落の一画が行商人や立ち寄った旅人などのキャンプ地になっていた。

 俺たちもそこで幌馬車の荷台を寝床にして一夜を明かすことにしたのだけど……眠れん。

 メナスたち大人の男どもはイビキをかいて寝てやがるが、何故かハースが俺の隣でくっ付いて寝てるんだよなぁ。

 なんだか懐かれちゃったな。やっぱ猫だな。




 翌朝―


「ターナス様、おはようございます」


「おはよう、ハース。よく眠れたか?」


「はい! なんだかとっても心地好く寝れました。なんでですかね?」


 ハーブのような葉っぱを放り込んだだけのお茶モドキを飲んでいると、寝起きにしては随分と元気なハースが幌馬車から降りてきた。

 俺はと言えば、初めての異世界の夜ってこともあってか、正直ほとんど眠れなかったのだが、特に睡眠不足という感覚も無いし、体調も悪くない。寧ろ、睡眠なんて必要としないような気がするくらい眠気が無いんだよなぁ。


「寝る子は育つって言うからな、ハハハ」


「寝る子は育つ、ですか? う~ん、私はもう13歳です、子供じゃありませんよ!」


 ぷぅっと頬を膨らませて怒ってるような仕草をするハースだが、確かに御者をするくらいなんだから、この世界じゃもう子供とは言えないのかな?

 それにしても13歳だったか。もっと幼く見えた事は黙ってよう。


「ハハハ、悪い悪い。どうも可愛い子はからかいたくなる性分らしい」


「タ、ターナス様ッ! もぉ、そういう事言わないでくださいよ。恥ずかしいですよッ」


「ハハ、スマン。もう言わないから勘弁な」


 ハースはつい構いたくなってしまう。

 猫獣人とは言っても、パッと見で分かるのは耳とその毛並み、そして尻尾があるって事くらいで、それ以外は人間と然程変わらない。

 まぁ実際には、微妙に人間とは異なる形態の手をしているし、探せばもっと獣人の部分ってのがあるのかもしれないが、見える部分でいえばその程度だ。

 そして、逆に置き換えれば、可愛い人間の女の子に本物の猫耳と尻尾があるんだから、尚更可愛いじゃないか。構いたくなるのは当然というものだろう。


 顔を赤くしてるところを見ると、本当に恥ずかしいのかもな。

 お茶モドキをクイッと一飲みすると、そそくさと馬車の方へ行ってしまったが、その後ろ姿が尻尾をピンと立てて、小刻みにピョンピョン跳ねながら歩いてるものだから、ちょっと面白い。


「ターナス様も随分とハースには懐かれましたな。ご迷惑かもしれませんが、どうぞ無下にしないでやって下さい」


 ハースが行ったのを見計らったように、メナスが話しかけてきなのだが、少し意味深な言葉に感じる。


「それは、ハースに何かあったのか?」


「あの子は両親と妹の4人家族でしたが、半年ほど前に一家で野草採りに出かけた際、運悪く野盗に襲われまして、その時に父親と妹を亡くしてしまったのです。幸いあの子は無傷でしたが、母親は重傷を負って今でも寝たきりです。この行商で使ってる荷車も、もともとハースの父親の物でして、御者も父親がやっていました。ですが今は、ハースが一人で母親のために働いている次第なのです」


「そうか……」


「おそらくですが、ハースはターナス様に父親の影を重ねてるのかもしれません」


「そうか……」


 重い話を聞いてしまった。

 あんな明るく元気なハースからは想像つかないが、「父親の影を重ねてる」なんて言われると、ハースの寂しさを突き付けられたような気になる。

 それに、野盗か。


「ところで、その野盗ってのはどんなヤツラなんだ?」


「ハースの一家を襲ったのは人間族と狐獣人族の混成野盗だったそうです。襲われていた所を森での狩猟を終えて帰ってきたセサンの者達が見つけ、どうにか撃退したのですが、父親と妹は既に……」


 獣人族と手を組んで同じ人間族と戦う者がいる一方で、人間族と手を組んで同じ獣人族を襲うヤツラもいるって事か。

 メナスの遣り切れないといった表情には、流石に同情する。

 それにハースだって、きっと悔しいだろうし、辛いだろう。もし、その野盗とやらを見つけたら、ただでは置かないからな。


 些かしんみりしていると、メナスは「あまりお気になさらずに」と言ってキャンプの片づけを始めた。

 そうだな。あまりしんみりしてると、却ってハースが気にするだろう。


「メナス、俺にも手伝える事はあるか?」


「いえいえ、こんなのはスグに終わりますから大丈夫ですよ。それよりお召し物の埃を落とされては如何です? ハースに言って埃叩きを出してもらって下さい」


「うん、汚れてるか? 汚れてるな……。分かった、そうしよう」


 確かに、黒い服は見た目は悪くないんだけど……埃は目立つなぁ。

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