第20話 狩られる者
「くそっ!なんでこんな...コイツら一体どこから...!」
目の前で繰り広げられる惨状を見て、山賊の一人が
無理もない、さっきまで楽しく談笑していた仲間が今は魔物に喉を喰いちぎられを食われているのだから。
「ぬぅぅあっ!!」
予想していた通り、頭目らしき男が周りのヘルハウンドを巨大な戦斧を振り払い数匹を同時に片付ける。
「頭!」
助けられた山賊がそんな声を上げる。やはりアイツが頭目か...。アイツを殺るにはヘルハウンドでは無理だな。
「なにしてる!ただの犬っころだ!さっさと片付けるぞ!おい、アイツも連れてこい!」
「へい!」
そう指示された男は布で覆われた四角形の何かの元へと走り寄って、布を取り払う。
それは小さな牢屋だった。男が鍵を開け、中から首に着けられた鎖付きの首輪を引っ張られて俺と同じ位の歳くらいの一人の少女が姿を現す。
「あれは...獣人か」
遠目かは分かる特徴的な犬型の耳と尻尾をみる。
「テメェも戦え!」
そう言って男は彼女に長棒を投げる。魔物との戦いなのだからもう少しマシな武器を渡せばいいのに。
少女はよろよろと立ち上がる。その姿にヘルハウンドが突撃する。彼女は今回の実験の対象外だ。
そう思い、ヘルハウンドに違う奴を狙うように指示しようとした瞬間...
「...っ!」
少女が華麗に長棒を操り、向かってくるヘルハウンドの横顔を殴り付けた。あまりの一瞬のことだったので理解が遅れた。あの子、あの見た目によらずとんでもない身体能力だ。
一匹仕留めたらすぐさまに違うヘルハウンドを倒しにかかる。武器だけでなく空中に行くために支点にする応用力は目を見張るものがある。
「あの年齢で身体能力が覚醒し始めてるのか...すげぇな」
獣人は幼い頃は人間の子供と大差ない運動能力しかないし、魔力で自身を強化することも出来ない。だが、年齢が上がるにつれて身体能力のリミッターみたいなものが外れ、ある日を境に今までとは別人のように強くなる。しかし、あの歳でリミッターの解除が始まっているとは恐れいった。
才能か、あるいは境遇か...。
ともかく、このままではヘルハウンドは全滅だ。それは避けないといけない。
───さぁ、次なる一手だ。
「
召喚陣からとてつもない体躯を誇る、腕が発達した巨大な熊が現れる。
コイツは魔爪熊と言い別名はヘルグリズリーとも言う。ここいらの森では食物連鎖の上位に位置する危険生物だ。
魔法や剣などは奴の硬い表皮で弾かれるし、その剛腕は人間の首などいとも簡単にとばすことができる。
「獣人以外は殺せ」
そう指示を出すと魔爪熊は雄叫びを響かせ奴らへと突進していく。
「なんで?!こんなところにヘルグリズリーが?!」
魔爪熊を見た山賊たちは酷く怯え出した。
「うわああああ!!」
魔爪熊が腕を山賊の首目掛けて振り下ろす。その一撃は無慈悲に男の首を飛ばした。
その様子を見て、俺はさらに召喚陣を展開する。
「さらにもう一手。
ヘルハウンドよりもさらに巨大な犬型の魔物を数匹現れる。黒い体毛に赤く鋭い眼光。
コイツらは
「行け、獣人以外は食っていい」
俺の言葉を聞き、一斉に走り出す。その速度は風を感じさせるほどで何も出来ずに山賊の一人は頭をいと簡単に噛み砕かれる。
「やめ...!ぎゃあああああ!」
森に魔物に襲われる山賊たちの断末魔が木霊する。
やはりヘルウルフ相手だと何も出来ずに死んでいく奴らが多くなるな。
俺が考えにふけっていると残すは頭と呼ばれた男と獣人の少女のみになっていた。
「くそっ!お前らぁ!」
男は仲間をやられたことに激情を露わにする。山賊のくせに仲間意識はあるやつなんだな。
だが、その激情も虚しく頭目の男はヘルグリズリーの振り下ろしを受けたことによりいとも簡単に潰され全滅した。
「さて...と!」
木から飛び降り、魔物に相手にされずに戸惑っている少女へと歩み寄る。
その途中でまだ息がある山賊が俺の左足を掴んで来た。
「た、たすけて...」
額から血を流す男の顔は恐怖と絶望に染まっていた。
俺はソイツに対して
「お前らが殺してきた人達もそう言っていたんじゃないのか?自分だけ助かろうなんて虫が良い話だよな?」
俺は左手にブレイズを顕現させ、男の背中から心臓にへと刃を突き刺した。男は断末魔を上
げ、やがて絶命する。
今、自分の手で人を殺めたがやはり何も感じることはなかった。
どうやら本当に俺は“化物”になってしまったらしい。
足を振り払い少女の元へと歩みを続ける。少女は既に俺の気配を察知し、俺へと長棒を向けていた。
「はぁはぁ」
息を荒くするその子の目は酷く怯えていた。
「お前の主達は俺が殺した。お前はこれからどうする?」
少女が辺りを見渡す。散乱する遺体に飛び散った血液。開けた空間なのに鉄の匂いが鼻につくほどにここは惨状だった。
「私に...選択肢はない。逆らえば殺される...!」
「それは思い込みだろ。随分と奴隷性分が身についてしまったようだな」
「私にはこれしかない!」
涙を浮かべながら少女は叫ぶ。
「いや、選択肢が見えてないだけだ」
「え?」
「いいか?お前には二つの選択肢がある。このまま俺と戦って奴隷のまま死ぬか、自分の道を見つけて明日を生きるか、だ」
俺の言葉を聞いて少女は噛み締める表情をする。今まで奪われる立場だった彼女にいきなり与えても混乱するのは分かっている。
だが、踏み出すことをしなければ他人が何をしたって変われない。
それは自分以外の誰かが示すものじゃない。自らの意思と力で見つけるものだと俺は思う。
「でも...私にはコレが...」
そう言って彼女は自分の手の甲を見つめる。奴隷印、以前の俺なら何もしてあげられなかったが今は違う。
「その手を出しな」
「え?」
「いいから」
少女はおずおずと手を差し出す。その手を握り、消失魔法を奴隷印に浴びせる。すると、奴隷印はいとも簡単にその子の手から消え去った。
奴隷印も元を辿れば魔術のようなもの。だから俺の消失魔法で消すことができる筈だったのだがブレイズの魔力を貰ってようやく消すことが可能になった。
「う...そ?」
「現実だ。さぁ、これからお前はどうする?」
目の前のことを信じられない少女に改めて俺は問いかける。
こちらを見た少女の目には絶望の色は見受けられ無かった。
彼女はゆっくりと自分のことを話始めた。
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