第16話 決着そして目覚め

───これはカインが気絶した直後の話。


「ぐっあああ!」


ブレイズが胸に突き刺さった剣を握りながら苦悶の声を上げる。


「馬鹿な…こんな…ありえない」


自らの目に映る光景を信じることができずにいる。彼女にとっては人間は取るに足らないちっぽけな存在だった。だが、その矮小な存在が自分の心核コアに刃を突き立て勝利を掴んだのだ。


「貴様のどこにそんな力があったのだ…人間」


目の前で倒れている者に問い掛けるも返事は返ってこないブレイズの目に映る彼はどう見ても瀕死の重症を負っていた。両者痛み分けがこの勝負の正しい勝敗だろう。


「いや、違うな」


ブレイズは戦いの最中にカインが言っていたことを思い出す。


「(我は驕っていたのだな。人間という存在を軽んじた。その結果がこのザマか…)」


そう思うと同時にこの人間の行く末を最後まで見たいとも思った。


「敗者は我だ。ならば血戦の盟約に従い、そなたに授けよう我の全てを」


そう言って、剣の柄を握り心核コアを取りだす。ブレイズの胸から剣が突き刺さった今にも砕けそうな心核コアが姿を現す。


「この心核コアは我らの心臓であると同時に巨大な魔力の貯蔵装置だ。血戦で我らが敗れた場合はこの中にある魔力を全て人間へと讓渡することになっている」


ブレイズは心核を両手で握る。その手の力は徐々に強められ、やがて心核を粉々に砕け散った。そこから溢れた魔力がカインへと注がれていく。


「この中に入っていた魔力は正真正銘、世界の力そのものだ。我ら悪魔を最強たらしめた力…。それに耐えられば貴様も我らと同じ舞台に立てよう」


ブレイズは少しだけ考えて笑みをこぼす。


「ふっ、いや、お前なら耐えうるだろうな。何せ、我を倒した男だ」


ブレイズの体は徐々に薄くなり始め、体から魔力が抜けていく。


「カイン=ダーベルよ、お前が人を捨てた先にある道をどう歩くのか。この世界へと還り、高みの見物をさせてもらうとしよう」


そう言う彼女の目には憎しみなどは無かった。あるのはただ目の前のカインを優しく見つめる慈愛の目だった。彼女も生まれたばかりの頃は優しかったのであろう。それを彼女が生きた世界が変えてしまった。


「ようやく、帰れる。母なる星へと…ようやく」


ブレイズはその言葉と一粒の涙を残し、跡形も無く消滅した。


世界の人々が知ることが無い場所で、原初の悪魔を倒した“英雄”が生まれると同時にその力を手に入れ、“魔人”となった少年が誕生した瞬間であった。




声が聞こえた、優しいいつくしむような声が。


『お前の行く末、見守っているぞカイン』


それはこの戦いでずっと聞いてきたブレイズの声だった。


目を開けると知らない天井が広がっていた。まさかこの台詞を二回も言うことになるとは。いや、言ってはいないけど。このくだり昔もやった気がする。


倒れ込んでいた上体を起こすと違和感に気付く。


「傷が治ってる?」


顔の火傷が治って目が見えるし、左手の指は再生して剣で刺された傷も消えていた。その体の様子を見るにどうやら俺は勝てたらしい。


「あの声はブレイズのだったんだな」


暗闇の中で聞こえたブレイズの声は今まで聞いたことの無いほど優しい声だった。


「どうやら、俺はアイツに認められたのかな」


部屋を見渡すと奴の剣が地面に刺さり、こちらに引き抜かれるのを待っているように感じた。


柄を握り剣を引き抜く、天に掲げた炎魔剣ブレイズは薄暗いこの部屋の中でも煌々こうこうと輝きを放っていた。


「お前のドヤされないように精一杯やるさ。だから、安らかに眠りなブレイズ」


それは自然と口から溢れた言葉。きっとアイツも長い年月の中で色々と変わっていったのだろう。いや、変わるしかなかったのかもしれない。今となっては分からないことだが、せめてこれから先、アイツが心休まる時間が永遠に続くように祈ろう。


そんなことを考えている俺を部屋が崩れる音が現実へと引き戻す。


「流石に派手にやり過ぎたな。ここも長くなさそうだ。さっさと出るとしよう」


そう言って、出口の方へと足を進める。

欲しった力は手に入れた。後はこの力を理解して使い、自分の目的に向かってひたすらに進むだけだ。


後何年時間を有するかは分からないが必ず成し遂げてみせる。そのために命を賭けると誓ったのだから。


新たな力に心を踊らせながら俺は外へと向かう足を早めるのだった。

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