第4話 禁書と奴隷

「カイン、次はあのお店に行きましょ!」


シエルと街を回ることすでに一時間が経過したが彼女の体力は尽きることはなかった。


「ま、まってくれ...。少し休憩させてくれ」


そう言って近くにあったベンチに腰掛ける。訓練ならここまで疲れないのだが、何故女性との買い物はこんなにも体力を使うものなのか。


「あ、そっか。色々連れ回しちゃったもんね。私、何か飲み物買ってくるからカインは休んでて!」


そう言ってシエルは露店の方へと走って行った。お忍びで来てるとはいえなんとも無防備な気がするが。

とはいえ、近くにはうちの従者も待機しているので危険は無いだろう。


今日もこの王都は平和だ。賑わう店に楽しそうに街を歩く人々、その全てがこの街にいろどりを持たせている。


しかし、そんな街の中でも不快なものは存在する。


「オラァ!しっかり持ちやがれ。一つでも落としたら承知しねぇぞ!」


成人男性の怒声が俺の耳に入り込んで来る。その声がする方に視線を向けるとガラの悪そうな男と小さな子供たちがその体躯には少し負担がかかりそうな荷物を運んでいた。

その子達の身体的特徴を挙げるとするなら動物のが生えていること。


『獣人』

人間の見た目に動物の耳と尻尾を持ち、身体能力は人間を遥かに凌ぐ力を持つ。

だが、獣人は魔力を持たず幼少期の頃は身体能力も人間と変わらない。そのためこの世界では子供の獣人を捕らえて奴隷している。なんとも胸糞悪い話だ。


この世界には異世界特有の種族が多数存在する。

獣人、エルフ、ドワーフ、様々な種族が世界多数に分布している。人間的特徴を持ちながら人間が持ちえない力を持つ者達をこの世界では『亜人』と呼ぶ。

こうまでして種族と種族を分けて区別したいものなのだろうか。


流石に俺もあの光景を見てなんとも思わない程、心は死んではいない。

だからって俺はあの獣人を助けたりしない。俺は正義のヒーローでも英雄でもない、むしろその逆を目指している人間なのだから。


そんなことを思いながら獣人の子達を見ていた俺の視線は少し後ろの路地裏の入口に向けられた。

そこには働かされている子達と同じであろう奴隷の子が路地裏の闇へと消えていく姿だった。

間違いない、あの子は逃げたのだ。


この辛く苦しい現実から。


「まずいっ!」


その姿を見た俺はベンチから飛び出した。逃げた子の気持ちは大いに分かる。

だが、奴隷には逃げるという選択しすら許されない。

それをしたものを待ち受けるのは残酷で最悪な最後なのだから。

何としても連れ戻さなければならないが発動する前に...。



獣人の子が入った路地裏は思ったよりも入り組んでいた。王都にこんなにも迷宮のような所があったとは驚きだ。


あの子を探しながら路地を歩いていると不意に物音がしたその先に視線を向けると、とある店が視界に入ってきた。


古い本屋...、というか店かどうかも怪しい。取れかかっている看板には掠れた文字で『―――古書店』と書かれている。古書店の前に何かが書かれているが消えていて読めない。


ドアを開けて、中へと入る。やはりと言うべきか外と同じで中も相当ボロい。


「ごめんください」


人の気配がしない。どうやらここは昔に捨てられた店のようだ。

奥へと進むとカウンターに一つの本が置いてあることに気付いた。

黒い表紙に、少しカビ臭い匂いがする。そして、何より特徴的なのはこの本にはが無かった。


本を手に取る、今はこんなことをしている場合ではない。だが、何故か俺の目はそれに釘付けになっていた。まるで何かの引力で吸い寄せられるような、そんな感覚。

本を開き、パラパラとめくってみる。どうやらこれは悪魔について書かれた本らしい。

この世界で悪魔がどう生まれ、何をしてきたかがこと細かく書いてあった。

今までもこの用なカルト本には何冊も出会ってきたがこの本には理屈ではなく直感で何かが違うと感じた。


そして、ある一文に目が留まる。


魔人血戦デモンズデュエル


この言葉に妙な感覚を覚える。この本は何かが普通ではない。


―――ガタッ!!


そんな飲み込まれそうな感覚を大きい物音が俺を引き戻す。

その方へ足を進めるとさっき逃げた獣人の子を見つける。俺はその子の前にしゃがみ、優しく声を掛ける。

その子の目は酷く怯えていて、それと同時に縋るようにもみえる。


「すまない、君を助けることは出来ない。だが、逃げてもダメなことくらいは分かるはずだ。がある限り」


そう言って、俺はその子の手の甲を見つめる。


奴隷印どれいいん


奴隷が奴隷である証、所有者が奴隷を従わせる時にこのしるしに込められた魔力が作用し、激痛を与える。

そして、この印が最も恐ろしいのは逃げた時。

所有者から逃げたと判断されこの印を作動させられたら最後、この印から毒が体中に巡って内側から死んでいく。


こんな人を人とも思っていないようなクソったれなものがあるせいで、この子達は普通に生きることすら叶わないのだ。


「戻ろう、その印が作動する前に」


その後は奴隷の所有者にバレないように逃げた子を戻した。

あの時、俺にできることはあの子が無事に生き抜いてくれることを祈ることしか出来なかった。


自分が何もしてあげられない空虚さを噛み締めて俺はシエルと共に帰路に着いた。

だか、この時俺は失念していた。あの店で見つけた本を持って帰っていたことを。

そして、これが俺の運命とこの世界に最大の脅威を誕生させることになる。

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