第11話 龍神の娘


 千現神社にて、巫さんとゼアルさんに再会した僕たち。

 どうやら二人には、僕たちに何か頼みたいことがあるらしい。

 巫さんは本意では無い様子だったけど、彼女に言い聞かせるようなゼアルさんの言葉をそれ以上否定することもなかった。



「僕たちに協力してほしい事ってなんですか?もし何かお役に立てるのなら……」


「ちょっ!ユウキ、そんな簡単に安請け合いしちゃダメよ!」


 僕が代表して二人に申し出ようとすると、スミカが慌てて止めようとする。



「でもスミカ、僕たちだって巫さんに力になってもらいたいからここに来たんだよ?自分たちのお願いだけするなんて虫が良すぎると思う」


「まぁ……それはそうだけど」


「ユウキの言うとおりだな。何かを頼むのなら、それ相応の対価が必要だろう。まあ、もちろん俺たちが本当に力になれるのかは詳しい話を聞いてみないと判断できないけどな」


 レンヤが僕に同調してそう言ってくれた。

 更に。



「それを言うなら、僕たちこそ選択の余地はないですね。なあ、タケシ?」


「だな。リノを助けるためならなんだってやるぜ」


 後輩二人もそう言ってくれた。



「あ~はいはい分かりました。なんか私が悪者みたいじゃないの」


「まあまあ、スミカ。なるべくリスクを避けようとするのは間違いじゃないと思うよ。でも、先ずは詳しい話を聞いてみようよ。判断するのはそれからでも遅くないでしょ」


 スミカは少しむくれてるけど、暴走しそうになったら止めてくれるストッパー役は必要だとおもう。






「よし、話はついたようだな。安心しろ、確かに多少の危険はあるかもしれねぇが、お前たちなら対処可能だと俺は見ている。それに頼みてぇ事ってのは、お前たちの頼み事にも絡んでるんだぜ」


「……仕方ないわね。背に腹は代えられませんか」


 僕たちが話を聞く姿勢となったのを見て二人は言う。

 巫さんはまだ渋々といった感じだけど。


 そして、『頼み事』の詳細に話しが移ろうとしたのだけど……その前に聞かたいことがある。



「その……この千現神社が祀る龍神様、ゼアルさんが会いに来た友人というのは、巫さんの事なんですか?」


 さっきも少し考えていたことを、僕は聞いてみることにした。

 レンヤもそれは気になっていたのか、うんうんと頷いている。


 そして、その質問に巫さんは少し複雑そうな表情をしながらも答えてくれた。


「……いえ、私は違うわ。この神社が祀る『千現雷火権現』は今は不在で……」


「カナメはライカの娘だぞ」


 どこか歯切れの悪い感じの巫さんを遮るようにして、ゼアルさんがその事実を告げた。



「む、娘……?龍神様の?」


「ああ、そうだ。……と、そんなに睨むな、カナメ。こいつらが協力者になってくれるんなら、どのみち事情は説明しねえとだろ」


「はぁ……しょうがないわね。確かに雷火は私の父。この神社の巫女であった母との間に生まれたのが私よ」



 驚愕の事実だった。

 龍神が実在すること事態が驚きだというのに、まさか人間の女性との間に娘がいて、巫さんがそうだったなんて。

 その話をすんなりと信じることができたのは、やはり彼女がどこか普通の人間とは異なる雰囲気を持っているからだろう。



「驚いた……でも、巫さんてそれっぽい雰囲気はあるけど、見た目は普通の人間にしか見えないわ」


「スミカ、その言い方は失礼だよ」


 スミカかの言葉を僕はそう嗜めたのだけど、彼女は気にしたふうもなく少し微笑みながら言う。


「気にしなくても良いわ。でも、私自身はほとんど普通の人間と変わらないのよ。歳だってあなたたちとそう変わらないし、学校にも通ってる」


「「「え!?」」」


 いま目の前の人物と『学校』というキーワードが結びつかず、僕たちは驚きの声を上げた。

 すると彼女は可笑しそうにくすくすと笑う。

 今までの、どちらかと言うと神秘的でクールな表情とは違う可愛らしい笑顔。

 それを見て、確かに僕たちと同年代というのは本当らしいと思うのだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「それで『頼み事』って何ですか?……もしかして、さっき龍神様が不在と言ってた事と関係が……?」 


「お?なかなか鋭いじゃねえか」


「龍神……父も母も、『旅行』に出かけてるわ」


 へ?

 旅行……?

 ちょっと想定外の言葉だった。



「……龍神様って、旅行するのか」


「ちょっと想像がつかないわね」


「でも、ゼアルさんみたいに人間の姿になれるんでしょ?だったら不思議じゃないのかも……?」


 まさか龍の姿で旅行なんてしないだろう。

 それに、人間の女性との間に娘ができるのだから、ゼアルさんと同じように人間形態になれると思うのが自然だ。



「もちろん、普通に人間の夫婦として出かけているわ。……父は長らくこの地の守護を担っていたから、そうそう遠くに出かけることなんてできなかったのだけど。私が生まれて……ある程度は父の『力』も引き継いだから、私が二人に勧めたの」



 ふむふむ、なるほど……

 この地域を守るために龍神様はずっと動けなかった。

 でも娘の巫さんが役目を果たすための『力』を引き継いだから彼女に任せられるようになった……と。


 それにしても、やはり彼女は優しい人なんだなって思った。



「……なるほど、読めたぞ。巫さんが龍神様の娘として力を引き継いだといっても、それは全てではない。それでも、この地の守護という役割を果たすのには何ら問題は無いはずだった……」


「でも、巫さんの『力』だけでは対処しきれないイレギュラーな事態が起きた」


「それが……あの『異界』の発生だった……てことかしら?」



 レンヤの言葉を僕が引き継ぎ、スミカが結論付ける。

 これまでの話や経緯からすれば、たぶんそういう事なんだろう。



「おう、さすが俺が見込んだ奴らだ。お前らの推測の通りだぜ」


 ゼアルさんが僕たちの推測を肯定する。

 だけど、単に旅行してるだけなら、戻ってこれないのかな?

 その疑問を巫さんにぶつけたところ。


「それが……スマホは持ってるはずなのだけど、圏外になってしまって連絡がつかないの。いったいどこまで行ったのやら……」


 ため息をつきながら彼女は言う。

 龍神様もスマホ使うのか……と思ったけど、人間として行動するなら当然かと思い直した。


 それにしても、今どきは観光地でも圏外になることなんてそうそう無いと思うのだけど。

 まさか海外まで行っちゃった……とか?



「そのうち帰ってくるとは思うけど……ただそれを待ってるだけだと、あなた達のお友達みたいに『神隠し』に会う人が増えてしまう。だから、あなた達に頼みたい事というのは……」


「漏れ出した異界に囚われた人間の捜索と救助、ってこった」


 まだ『頼み事』を口にしづらそうな巫さんに代わって、ゼアルさんがそれを口にした。


 話の途中からそれは予想していたので、特に驚きはなかった。

 そしてそれは、僕たちがここに来た目的とも合致する。


 なら、頼み事を引き受けたいとは思うけど……あとは、僕達で対応できるのかどうかという点が問題となる。

 ゼアルさんは僕たちには『適性』があると言ってたが、それがどういう意味なのか。

 もう少し話を聞いてみよう。

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