第10話 千現神社、再び
千現神社にやって来た僕たちは、巫さんに会いに行くために長い石段を登り始める。
昨日の帰路は異界と思しき空間を通ることになったけど、今回は至って普通の参道だった。
何か対策するようなことを彼女は言ってたし、それが効いているのかもしれない。
「実は、この辺りには昔から『神隠し』の伝承があるらしい」
「はぁ……ふぅ……そう……なんだ……」
長い長い石段を上る途中で、レンヤはそんな話を始めた。
どうでもいいけど……何で息も切らさずに、普通に話ができるの?
と言うかみんなも……こんなに息も絶え絶えなのは僕だけじゃないか。
後輩二人も心配そうに見てるから、しっかりしないと……
「……大丈夫か?」
「まあ、今朝走ったくらいじゃ変わらないわよね」
『ユウキ!シッカリ!』
「だ、大丈夫……はぁ……ふぅ……ファナ、ありがとう……僕のことは気にしないで……続けて……」
「あ、ああ…………まあ、爺様の店の古書を色々調べて、そんな伝承があったって分かったんだが」
そしてレンヤは、その伝承について語る。
曰く、千現神社には禁域があり、みだりに足を踏み入れてはならい。
曰く、禁域を侵した者は
曰く、千現神社の龍神が現世と幽世が交わらぬように、この地を守護している。
などなど……
「そして、幽世に迷い込んで『神隠し』にあったと言われながら、戻ってきた人の話も伝わっている。深い森の中を彷徨ったとか、見たこともない生き物に遭遇したとか……そして、戻ってきた人の誰もが『龍神様に助けていただいた』と」
「じゃあ……その龍神様にお願いすれば、リノも助けてもらえる……って事ですか?」
「それは分からないが……巫さんに聞けば何か分かるかもしれない」
この神社の祭神である龍神様がこの地の守護を担い、かつて幽世に迷い込んだ人々を助けてくれた。
なら、この神社の巫女である彼女も相原さんを助けるために力を貸してくれる……と言うのは虫の良い話だろうか?
でも、一見素っ気ない態度に見えた彼女だったけど、僕たちを心配して無事に帰すために力を貸してくれたんだ。
とにかく、今は巫さんに再び会って事情を説明しなければ。
そのためには……
「はぁ……ふぅ……とにかく、がんばって……上ろう……」
『ユウキ!ガンバレ!』
この難関を突破しなければ!
……まあ、難関なのは僕だけみたいだけどさ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どうにか石段を最後まで上りきった。
そして僕たちは、鳥居を前にして立ち止まる。
鳥居の先、石段から続く参道の奥のほうに立派な拝殿が見えるけど、一見して誰もいないようだ。
「さて……前回はこの鳥居を潜れば、巫さんがいた『現と現の狭間』に行けたわけだが」
「今回もそうだといいわね……巫さんはいるかしら?」
『境界』の鳥居を前にしたレンヤとスミカ……そして僕も、このまま先に進むことに少し躊躇する。
だけど、このままこうしていても始まらない。
「とにかく、先に進もう」
「だな。行くぞ!」
僕がそう言って促すと、レンヤは意を決して先頭を切って鳥居を通り抜けた。
すると……!
「あ!?」
「き、消えた!?」
鳥居を潜ったレンヤの姿が見えなくなると、後輩二人は驚きの声を上げる。
「私達も!」
「行こう!」
そして僕とスミカは、鳥居が今も境界の役目を果たしていることを知り、レンヤに続いて鳥居の先へと進んだ。
その瞬間……蝉の鳴き声がピタリと消え、以前と同じように感じるのはピリッとした違和感。
先に鳥居を潜っていたレンヤの後姿が再び現れる。
そして……
「巫さん!」
昨日と同じように、拝殿の前に佇む巫女装束の巫さんの姿が見えた。
更に。
彼女の隣には和装の男性の姿も見える。
その顔には見覚えがあった。
「あれは……ゼアルさんだね」
「そうだな。まあ、龍神様に会いに行くと言ってたから、ここにいるのは不思議ではないか」
レンヤの言う通り、昨日会ったときに友人に会いに行くと言って神社の方に歩み去っていったのだから、彼がここに居るのは想定内の事だ。
それにしても、だ。
ああして二人並んでいると……その雰囲気はとても似ているように感じる。
二人とも人間離れした存在感というか……ゼアルさんの本性がドラゴンであるのは知ってるけど、巫さんも実は……?
「あ!先輩たち!」
「良かった……三人共、リノみたいに消えてしまったのかと……」
少し遅れて後輩二人もやって来た。
僕たちが消えてしまうのを目の当たりにすれば、決断するのに時間がかかるのは仕方がないだろう。
……心配をかけてしまったね。
ちゃんと説明しておくべきだったか。
とにかく。
昨日の今日で、僕たちは再び巫さんと出会うことになった。
しかし昨日とは異なり、今回は明確な目的がある。
果たして……彼女は僕たちに力を貸してくれるだろうか?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あなたたち……何でまたここに戻ってきたの?今、この神社の周辺は危険だと分かっているでしょう?」
開口一番、彼女はそんな苦言を口にした。
相変わらず感情の起伏に乏しい感じだけど、その口調からすれば怒っているだろう事は分かる。
そして、僕達が謝罪しようとする前に、ゼアルさんが口を開いた。
「カナメ、まあ落ち着け。あの異変を目の当たりにしてもなお、昨日の今日で再びここにやって来たんだ。それ相応の理由があるんだろ?それに……お前には『協力者』が必要なんじゃねぇか?」
「…………」
そんなふうにゼアルさんがフォローしてくれるも、巫さんは押し黙って口を閉ざす。
『協力者』って何のことだろ?
しかし……やはり二人は知り合い同士のようだ。
さっきも思ったけど、もしかして巫さんの正体は件の龍神様だったり?
一度ゼアルさんがドラゴンから人の姿に変化するところを見てるから、そんな風に思ったんだけど。
「まあとにかく、お前たちの事情を聞かせてくれや」
「は、はい……実は……」
そうして僕たちは二人に事情を説明する。
後輩二人の幼馴染みである、相原梨乃さんが行方不明になったこと。
それが千現神社の近くだったこと。
その時の状況が、この地に古くから伝わる『神隠し』を連想させること。
その伝承には千現神社に祀られている『龍神』が関わっているらしいこと。
そして、それらのことは……僕達が昨日体験した不思議な出来事と無関係ではないだろうと考え、巫さんなら何か知ってるのではないか、と考えたこと。
僕たちの話を聞いた巫さんは、目を閉じて考え込んでいる様子。
そして、彼女の代わりにゼアルさんが言う。
「どうやらお前さんの懸念した通りの事が起きているようだぜ?この場所自体は『人払いの結界』でどうにかなってるかもしれねえが……外まで漏れ出た異界まではどうすることも出来んだろ?」
「……そうね。確かに協力者は必要だわ。異界の住人である貴方には頼めないことだし……。でも、まだ若いこの子たちには……」
「若いからこそだろ。見てみろ、しっかり『適性』もあるみたいじゃねえか」
そう言ってゼアルさんが視線を向けたのは僕……と言うか、ファナ?
どうやら彼は、僕たちを『協力者』とやらにしたいらしく、巫さんはそれを渋っているようだ。
もともと僕たちは巫さんに協力してもらいたいと思ってここまで来たんだ。
だから、彼女が何か困ってるのなら僕たちも協力したいと思うけど……さて、どんな話なんだろうか?
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