101話、目に入れば、あるだけ食べられる

「私、メリーさん。今、『孤独なりのグルメ』を観ているの」


『昨日から、ずっと観てるね。話はどれぐらい進んだの?』


「えっと……。今、シーズン二の二話目を観てるわ」


『はっや。めっちゃ進んでんじゃん』


 私に、とても充実した時間を与えてくれる『孤独なりのグルメ』。食べる料理が毎回異なっていて、それでいてどれもおいしそうなのよね。

 今回食べているのは、黒天丼なる物。名前の通り、天ぷらにかかったタレが、とにかく黒い。だけど、無性に食欲をそそる色合いをしている。

 その天ぷら自体も、これまた多いわね。でも、主人公の『シロー』なら、これぐらい余裕でペロリと平らげてしまう。

 なんだったら、まだ食べられるなと言い出し。再度メニュー表を眺め、新たな料理を注文するでしょうね。私は、その展開が大好きなのよ。


「はいはーい。メリーさん、私達も夕食の時間ですよー」


「あら、もう出来ちゃったのね」


 『シロー』が黒天丼を食べ終える前に、ハルが夕食を持ってきてしまったようなので。一時停止を押し、タブレットを床に置いた。


「あら、肉じゃがじゃない」


 開けた視界の先にあるは、柔らかな白い湯気を昇らせている、全体的に味が染み込んでいそうな肉じゃががあった。

 ホクホクとしていそうな、ちょっと大きめに切られたじゃがいも。相反し、小さめに乱切りされたニンジン。出汁をたっぷり含んでいそうで、今にもとろけてしまいそうなタマネギ。

 こちらも、茶色の出汁を吸い込んでいて、ほんのりと色が移ったしらたき。そして、茶色に支配された彩りの頂点に君臨する牛肉。

 備え付けは、マヨネーズがかかったレタスとプチトマトのサラダ。私の大好きな、和風の出汁が香る湯気が、早く食べたいと食欲を刺激してくるわ。


「う~ん、おいしそう」


「なんだか、急に食べたくなってさ。海鮮祭りを一時中断して、ささっと作ってみたんだ」


「確かに。夕食で海鮮物以外の料理を見たのは、なんだか久々だわ」


 最後に海鮮物以外の料理を食べたのって、いつだったっけ? あまり遠い過去じゃないはずだけど、スッと出てこないわね。


「そうなんスよ。だからさ、なんだか質素に見えない?」


「……まあ、目新しいインパクトは無いわね。そう思うと、海鮮物ってすごいのね」


「だねー。ここ最近、私達ってヤバい事ばかりしてたんだなって、改めて思い知らされたよ」


 やや引き気味のハルが、「ははっ」と哀愁を含んだから笑いをした。えんがわ丼から始まり、カニしゃぶ、生ウニとイクラの高級爆盛り丼。

 サーモンのホイル焼きに、中トロのレアカツとカニフライ。その他もろもろ。改めて思い返してみたけれども、合計金額が凄まじい事になっていそうなラインナップだわ。


「そうね。残りの海鮮物は、ゆっくり大事に食べていきましょ」


「そうだね。んじゃ、いただきまーす」


「いただきます」


 食事の挨拶を交わし、左手に空き皿を、右手に箸を持つ。さて、じゃがいも、ニンジン、タマネギ、しらたき、牛肉があるけど、どれから食べようかしらね。

 一番最後に食べるのは、タマネギか牛肉だとして。あまり馴染みが無いしらたきは、合間合間に食べてみたいから……。

 やはりここは、食べ慣れたじゃがいもとニンジンから攻めてみよっと。箸で、じゃがいもとニンジンを別皿に移し。じゃがいもを半分に割り、口の中へ入れた。


「うん、しっとりホクホクしてる」


 もはや、私にとっても馴染み深い風味になりつつある、じゃがいもの素朴で豊かな甘さ。出汁を吸っているので、食感はしっとりとしていて柔らかい。

 出汁のベースは、かつお節と醬油かしら? かつお節の風味がだいぶ強く出ているから、一番出汁ではなく二番出汁の方と見た。

 ニンジンは、いつも通りね。出汁の風味が先行するも、一回噛んでしまえば。まろやかで果実に近い濃い甘さが、全てを上塗りしていく。

 こっちも、じゃがいもと負けず劣らずなホクホクとした食感だ。この二つのホクホク感って、なんだか安心してホッとするのよね。


「次は、しらたきをっと」


 出汁をたっぷり絡み取っているのか。箸で掴んで持ち上げてみると、まあまあの勢いで出汁が皿へ滴っていった。

 ハルの事だから、一回ぐらいは切って長さを調節しているはずだけど、それなりに長い。おおよそ十五cmぐらいはありそう。

 出汁がテーブルに落ちないよう、気を付けながら別皿に移し。汁気が切れてきたら、ラーメンを食べる要領ですすってみた。


「へぇ~、これがしらたき。面白い食感をしてるわね」


 しらたき一本一本に、確かな存在感のある弾力があり。一気に噛むと、クセになりそうなプリプリ感が待っていた。

 この、見た目からは想像が付かない弾力とプリプリ感、私の好きなやつだ。けど、しらたき自体に味は無さそうね。いつまで噛み続けても、出汁の風味しか伝わってこない。

 しかし、それがいい。無味って事は、多種類の料理に合うという事だ。気持ちよくすすれるから、やはりこういった煮物系との相性がいいかも。


「いいよね、しらたき。一回食べ始めると、大体いつも連続で食べちゃうんだよなぁ」


「なんだか分かるわ。目に入ると、つい食べたくなっちゃうわね」


「そうそう。ほら、見てみなよ。もうしらたきが無くなっちゃった」


「え? ……あ、本当だ」


 何回目かのおかわりを食べようとした矢先。ハルに合わせていた顔を皿へ移してみると、沢山あったはずのしらたきは、他の具材を残して全て無くなっていた。

 嘘でしょ? 無意識の内に、そんな食べていたというの? 恐ろしいわね、しらたきって。あればある分だけ食べれちゃうし、まだまだ全然食べ足りないわ。


「どうする? おかわりあるけど、しらたきだけ追加しちゃう?」


「あ、おかわりがあるのね。なら、是非お願いしたいわ」


「りょーかい。全部持ってきちゃうね」


 どうやら、ハルもしらたきが食べ足りなかったらしく。すぐさまお皿を手に持ち、台所へ向かっていった。よかった、おかわりがあって。

 けれども、次のおかわりで、しらたきが本当に無くなってしまう。また先に完食してしまわぬよう、気を付けて食べていこっと。

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