102話、ナイスファインプレー

「メリーさん、おかわり持ってきたよー」


「ありがとう」


 ハルがテーブルに置いた皿には、山盛りと化したしらたきが盛られていた。思っていたより、倍以上の量があるけれども。

 油断していたら、ペロリと完食してしまいそうなので、意識して食べていかなければ。なので次は、まだ食べていないお肉とタマネギを攻めるわよ。

 しらたき欲をグッと抑えつつ、下に隠れていた肉とタマネギを見つけ出し、別皿に移す。タマネギを最後に食べたいから、先に肉を食べようかしらね。


「うんっ、ちゃんと肉肉しいわね」


 噛み始めは、出汁の風味が口の中へ広がっていくものの。噛み進めていくと、ご飯が欲しくなる肉肉しい旨味とコクを含んだ油が出てきて、一気に支配していった。

 しっかり煮込まれているので、食感はとても柔らかく。プリプリとした脂身からは、まろやかながらも強い甘みや、臭みが無い油が弾けるように顔を覗かせて、更にご飯をよこせと命令してくる。

 やはり、お肉と言えばご飯よね。しかし、しらたき事件を再度起こさないよう、お肉ばかり食べず、箸休めのサラダを挟んでおこう。


「う~ん。牛肉も多め入れたつもりだったけど、足りる気が全然しないや」


「そうね。下手したら、しらたきみたいに全部食べちゃいそうだわ」


「だよね、失敗したなぁ」


 そう軽く反省しながらも、ハルは牛肉ばかり食べて、ご飯を口にかき込んでいく。ハルってば、自分の欲に正直過ぎるわね。抑えないと、またすぐに無くなっちゃうわよ?

 まあ、いいわ。ハルが食べたいというのであれば、私は別の具材を食べるまでよ。さあ、そろそろ待たせていたタマネギを食べよっと。


「ふふっ。ほんと、いつ食べてもおいしいわね。味が染みたタマネギって」


 芯まで出汁が染み込んでいるというのに、タマネギ本来の風味は失われておらず。消えるようにとろけていくタマネギから、さっぱりとした優しくも深い甘みが滲み出してきた。

 もちろん、かつお節が利いた出汁本来の風味も健在。二人で仲良くしようと調和し合い、互いの良い所だけを存分に引き立てて、口の中で完成されていく。

 まずい、今度はタマネギばかり食べたくなってきちゃった。なんだか肉じゃがって、バランスよく食べるのが難しいわね。


 一度食べると、その具材だけを集中して食べたくなり、他の具材がおろそかになってしまう。

 ハルだって、さっきは牛肉ばかり食べていたというのに。今は、しらたきをこれでもかってぐらいに頬張っているわ。


「って! 牛肉が、もう無いじゃない!」


「ああ、ごめん。気が付いたら全部無くなってた」


 まったく悪そびれた様子もなく、マヨネーズがかかったプチトマトを食べるハル。それに、あれだけあったしらたきも、半分以上無くなっている。


「……あ、あんた。これじゃあ、肉じゃがじゃなくて、ただのじゃがになっちゃうじゃない」


「しかもさ? じゃがいも単体だと、どうもご飯が進まないんだよね。やっぱ、別のおかずも作っておくべきだったかな~」


「た、確かに……」


 言われてみれば、そうだ。私も、タマネギとしらたき、たまにニンジンを挟んでいるけれども。じゃがいもは一番最初に食べた以降、ほとんど箸を伸ばしていない。

 ご飯も、ハルの言う通りね。普段なら私とハル、一回はおかわりをしているのに対し。今日は、まだ一回もおかわりをしていないわ。

 肉じゃがという料理は、文句無しにおいしい。単品でも十分食べられる。しかし、ご飯と合うかと聞かれると……。ちょっと難しいわね。


「……なるほど。食べる具材が偏るのも、なんとなく理解出来たわ」


 このままだと、たとえまた肉じゃがをおかわりしようとも、最後までじゃがいもが残るのは明白。

 それまでにご飯を食べ終えていなければ、想像に容易い悲惨な未来が待ち構えている。

 ……けど、私達は命拾いをしたわ。なんていったって、私には最終兵器があるんだからね。アレさえあれば、ご飯が爆速で進むわ!


「仕方ないわね。ハル、ちょっと待ってなさい」


「え? うん、分かった」


 ようやく、じゃがいもを食べ始めたハルを尻目に、私は一人で台所へ向かう。そして、冷蔵庫の奥に隠していた『ごはんです!』、『きゅうりのリューちゃん』。

 お菓子が置いてある棚の奥に潜ませていた『たまのり』を持ち、隠しながら部屋に戻り、ハルの対面で腰を下ろした。


「おかえり、何してきたの?」


「ふっふっふっ。ご飯にとても合う、最強のお供を持ってきたのよ」


「え? ……おおっ!」


 満を持して、先ほど持って来た三種類のお供を、テーブルに並べてみれば。声を嬉々と弾ませたハルが、目を丸くさせた。


「うわ~、あると嬉しい神器ばかりじゃん。これ、メリーさんが買ってきたの?」


「そうよ。ほら、昼に留守電を残したでしょ? その時食べたのが、これらってわけ」


「ああ! 色んな物を食べ比べしようとしているのっていう、留守電はあったけど。これらの事だったんだ」


 私が残した留守電の内容を復唱してくれて、物珍しそうに『ごはんです!』の瓶を手に持つハル。

 野菜炒めを作った時も、そうだったけど。留守電をちゃんと聞いて覚えてくれていると、やっぱり嬉しくなってくるわ。


「ええ。ちなみにハルは、この中でどれが好き?」


「この中で? ……いやぁ~、全部好きだなぁ」


 どうやら、本当に悩んでいるようで。苦い顔をしたハルが、それぞれを手に取って首をかしげていく。


「ふふっ、悩んでるわね」


「だってさ? どれもご飯とめっちゃ合うんだよ? ねぇ~、メリーさ〜ん。私も、これでご飯を食べてもいい?」


「もちろんよ、その為に持ってきたんだからね」


「いいの? やったー、ありがとう! やっべ、どれから試そっかなぁ~」


 いつもより明るい笑みを浮かべたハルが、ウキウキしながら品定めを始めた。すごく嬉しそうにしているわね。あんたが喜んでくれるなら、私も本望よ。

 それにしても、今日食べ比べをしてよかったわ。もししていなかったら、夕食がここまで楽しい空気にならなかったでしょうね。

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