98話、都市伝説だって、驚く時がある

「一時半か。うっし、そろそろ作り始めよっかな」


「ん? こんな時間に何を作るの?」


「とある物を観るのに、欠かせない物さ」


 タブレットで動画を観ていたメリーさんを、焦らしながら立ち上がり。熱々のポップコーンを作るべく、台所に向かう。

 作ると言っても、フライパンを使用する本格的な物ではなく。駄菓子コーナーの一角にあった、初めから味付けが施されていて、加熱するだけで作れる手軽な物だ。

 観る映画は、『リンク』というホラー映画。呪われたビデオテープの動画を観ると、十日後に死んでしまうという内容になっている。

 子供の頃に、一回だけ観た事があるけれども、ちゃんと怖かった。流石に今は、私も大人になっている事だし、それなりの耐性は付いてくれているはず───。


「おっと、メリーさんだな?」


 二つのコンロに、ポップコーン入りの容器を置いた矢先。スマホが振動し出したので、ポケットから取り出す。画面を確認すると、最早馴染み深い『非通知』という文字が表示されていた。

 この非通知着信、メリーさんと出会ったばかりの時は、たまに騙されていたんだよね。メリーさんではなく、本当に知らない人が出てきて、マジで焦った事が何度かある。


「もしもし、春茜です」


『私、メリーさん。今、あなたが何を作ろうとしているのか、気になっているの』


「気になるなら、こっちに来ればいいじゃん」


『動画がいい所に入ったから、目が離せないのよ。ほら、ハルも観てみなさいよ。このアヒージョ、ニンニクをたっぷり使ってるから、すっごくおいしそうよ?』


「うっわ、確定で美味しいやつじゃん。アヒージョかぁ、私もいつか作ってみたいな~」


 アヒージョって、確かスキレット鍋で作る物だったっけ? うん、持っているはずがない。調理器具にこだわらなければ、フライパンでも作れるのかな? 後で調べてみるか。


『食べるなら、外で食べてみたいわよね』


「めっちゃ分かる。キャンプ場とかに行って、真っ暗闇の中で作って食べてみたいよね」


『最高のシチュエーションじゃない、それ。熱い料理だし、寒夜空の下で頬張ってみたいわ』


「ああ、いいねぇ。冷えた体で食べたら、間違いなく唸っちゃうな」


 こう会話が弾んでいくと、マジで食べたくなってくるんだよね。キャンプは一度もやった事がないけど、想像したらお腹が空いてきたや。

 おっと、作る手が止まっちゃっている。まだ通話中のスマホを肩と頬で挟み、『あけ口』に貼られたシールを剥がし、コンロに火を点ける。火の強さは、弱火寄りの中火ぐらいでいいかな。

 それで、コンロの火から三cm程浮かせて、容器を左右に振っていく。たったこれだけで、キッチンを汚さずにポップコーンが作れてしまうとは。値段も安かったし、また買っちゃおうかな?


「あら、ポップコーンを作ってるのね」


「あれ、もうこっちに来たんだ」


 キャンプの話を続けようかと思いきや。右側から声が聞こえてきたので、右へ横目を流してみれば。澄ました顔で、コンロを見つめているメリーさんが居た。

 通話は切れていないけど、スマホを挟みながら作るのはやり辛いから、私から切っちゃおっと。数秒ぐらいだったら、容器をコンロに置いちゃっても大丈夫でしょう。


「動画が終わったから、こっちに来たのよ。それで、何を観るっていうの?」


「ふふん、よくぞ聞いてくれました。少し前に、ちょっとした事を思い付いたんだ」


「ちょっとした事?」


「うん。もし、本物の都市伝説であるメリーさんと一緒に、人間が作ったホラー映画を観たら、なんだか面白そうだな~って思ってさ。だから、こうやって準備をしてるんだ」


 容器の中で固まっていたバターが、火の熱によって溶け出してきた中。私の企みを明かすと、メリーさんは「ふ~ん」と、素っ気なくも興味ありそうな反応を示してくれた。


「人間が作ったホラー映画、ねえ。参考になるかは分からないけど、驚かせ方がちょっと気になるわね。いいわ、一緒に観てあげる」


「おお、やったー。やっぱ本物さんサイドだと、そっちが気になるんだね」


「そうね。楽しく観るというよりも、勉強したいから観るって感じになるかもしれないわ。ちなみに、何のホラー映画を観るの?」


「『リンク』っていう、貞美が出てくる映画だよ」


「ああ~……、あれね。名前だけは知って、ふおっ!?」


 不意を突くポップコーンが弾ける大きな音に、体を波立たせるメリーさん。目を丸くしながら半歩後退ったし、やはりメリーさんでも、急に音が鳴ると驚くんだな。


「び、ビックリしたぁ……。あ、おいしそうな匂いがする」


「う~ん、良い匂いだ。ポップコーンと言えば、やっぱりこの匂いだね」


 本物の都市伝説様に、一泡吹かせた名誉あるポップコーンは、お構いなしにと、軽快に弾ける音を断続的に鳴らしていく。二重で鳴っているもんだから、音の迫力と圧が凄まじい。

 それに、辺りを漂い出した、胸が躍る香ばしい匂いよ。これぞ、ザ・映画館って匂いだ。この匂いを嗅ぐと、なんだか無条件でワクワクしてくるんだよね。


「わあ、どんどん膨らんでくわ」


 弾ける音が鳴り始めてから、数秒後。メリーさんを驚かせて満足したのか。音はだんだん止んでいき、上蓋がはち切れんばかりに膨らんでいった。

 これ、もう完成でいいのかな? 初めて作ったから、止め時がイマイチ掴めない。やり過ぎると焦げてしまいそうだし、これでいいか。


「うっし、いいでしょう! あとは、上蓋を十字に切って、塩を掛ければ完成っと」


「どうせなら、飲み物も欲しいわね。ポップコーンって初めて食べるけど、何と合うの?」


「映画、ポップコーンって言ったら、やっぱコーラっしょ!」


 それ以外の飲み物はあり得ないと豪語し、冷蔵庫の前まで行ったメリーさんに、親指を立たせる私。


「へえ、コーラが合うのね。分かったわ、用意して持ってってあげる」


「ありがとう! こっちも終わったら、部屋に持ってくよ」


 とは言ったものの。ポップコーンが山盛りになっているから、このまま食べたらこぼれ落ちちゃいそうだな。塩も掛け辛いし、袋に入れてシェイクするとして。

 手軽に食べたいので、大皿に移してしまおう。よしよし、これで役者は揃ったぞ。さて、メリーさんと一緒にホラー映画を楽しみますか。

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