93話、仲良くなる一番の道
「はあ~っ……。疲れた身体に、お湯が沁みるぅ~。よしよし。今日のスーパー食べ歩きデーは、大成功で終わったな」
お持ち帰りした分も合わせれば、回った店は合計で五件。『
クレープとタピオカがあった『ジェライプ』。そして最後に、有名なケーキ店の『富士屋』。朝十時から仕掛けたのに、僅か五件しか回れなかったか。
八件ぐらいなら、余裕で行けると踏んでいたのに。ここまで時間が掛かったのは、思っていたより長居していたり、雑談時間を考慮していなかったせいかな。
「しっかし、マジで楽しかったなぁ」
入店早々、メリーさんの血が騒いだ時は、どうしようかと危惧したものの。話に乗っかれば乗っかるほど、メリーさんは楽しそうに教えてくれていたっけ。
内容はグロい物ばかりだったけど、意外と計算しながら人を襲っているんだな。人を襲うベストな時間帯を決めていたり、階数の指定もあった。
三、四階って想像しているよりも、ずっと高いんだよね。そこから飛び降りて逃走を図るのは、かなりの覚悟が必要になるはず。
「メリーさんとホラー映画を観たら、なんだか面白そうだな」
ガチ都市伝説様と共に、人間が作ったホラー映画を観たら、どんな反応を示すだろうか? この画角は甘いとか、雰囲気がなっていないとか、ダメ出しをしっちゃたりして。
もし観るなら、ポップコーンを用意しなければ。もちろん、コンロで作るタイプのを。飲み物は、コーラか麦茶でいいな。よしよし、今度の休日に試してみよう。
いいね、こうやってなんて事は日常を過ごしていく感じ。心の距離も近づいていくだろうし、私にとっても良い事尽くめだ。
「あとは、メリーさんの話を、もっと興味深く聞いていかないとな」
たぶん、これがメリーさんと仲良くなっていく為の、一番の近道に違いない。人の襲い方を教えてくれている時のメリーさんは、とにかく活き活きしていた。
答えをズバリ当てると、嬉しそうに声を弾ませてもいた。それに、納得した感じで相槌を打てば、メリーさんのテンションはより上がり、話をもっと続けようとしてくれるんだ。
あの、得意気に語る無邪気なドヤ顔よ。今までの功績を評価してくれる人や、話を聞いてくれる人が欲しかったのかな?
だったら、私がそういう存在になってあげればいい。唯一無二、都市伝説の活躍を真摯に聞ける存在にね。なんだか、妙にかっこいいポジションだな───。
「ねえ、ハル。ちょっといいかしら?」
「んぇ? ……ふぉあっ!?」
一面壁しかないはずの方角から、不意を突く声がしたせいで、油断しながら顔を移してみれば。
壁に張り付いた様に、メリーさんの澄ました顔があり、驚いて腑抜けた絶叫を上げる私。
「……び、ビックリしたぁ~。心臓が飛び出るかと思ったじゃん」
「あら、ごめんなさい。別に驚かせようした訳じゃないけど、効果てきめんね。これ」
素直に謝ってくれたのは、いいんだけれどもさ。まさか扉からではなく、壁をすり抜けてくるとはね。
そういえばメリーさんって、そんな事が出来るんだった。久々に見たから、マジで忘れていたや。
しかし、壁にメリーさんの顔だけがある状態。なんだか、色んな場面が頭に浮かんでくるな。ホラー映画の、あの一場面とかね。
「ねえ、メリーさん。顔と視線を、少し左側に向けてくんない?」
「え、なんで?」
「いいからいいから、お願いっ」
「よく分からないけど……、こう?」
私の指示に従ってくれたメリーさんが、顔と視線を左側へやっていく。いいね、ぽくなってきたぞ。
「そうそう。でさ、口を笑う感じで大きく開いて、上下の歯を全部出して欲しいんだよね」
「え? なに、その変な注文?」
「気にしない気にしない。とりあえず、一回やってみてよ」
「う~ん……。こ、こう?」
どこか恥じらいを見せつつも、メリーさんは口をそれなりに開き、真っ白な歯を出してくれた。有名なホラー映画、『シャイニン』の一シーンを真似してもらったけど。
メリーさんの顔が綺麗に整っているから、どうも迫力に欠けるな。けど、なかなか面白いシュールな絵だ。めっちゃ写真撮りたい。
「……ねえ、もうやめてもいい?」
「おっと、ごめん。ありがとう、無茶ぶりに応えてくれて」
どうやら先の流れで、ちょっと不機嫌になってしまったらしい。真紅色の瞳が、不快気味なジト目になっている。これ以上は、流石に止めておこう。
でも欲を言えば、あと『ボヘミアンラブソング』のCDジャケット絵や、『ドラゴンミッションⅥ』に出てくるラスボス、『デスムーア』の最終形態もやって欲しかった。
「ったく、私の顔で遊ばないでよね」
「ごめんごめん。で、なに?」
「これからサイダーを買いに行くんだけど。何か欲しい物があったら、ついでに買ってくるわよ?」
「あれ、嘘? 一本もないの?」
二本は必ず常備していたはずなのに、買い忘れちゃってたか? しまったな。アリオンへ行く前に、冷蔵庫の中を確認しておくんだった。
どうする? 外は雨が降っているけど、これは完全に私の落ち度だ。気付いてくれたメリーさんに、行かせる訳にはいくまい。
「無いわよ。特に欲しい物が無ければ、近くの自動販売機で買ってくるわ」
「いや。買い忘れちゃったのは私だし、風呂から上がったら私が買ってくるよ。だからメリーさんは、部屋でゆっくりしてな」
「何言ってんのよ。外は雨が降ってるんだからね? あんたが外へ行ったら、また体が汚れちゃうじゃない。私はまだ入ってないから、気にしなくていいわよ」
「おお……、おお」
……ヤバい。今の反撃、破壊力抜群だ。買い忘れた私が悪いっていうのに、そんな私を気に掛けてくれるだなんて。
先に『シャイニン』の一シーンをやらせちゃったせいで、罪悪感がものすごく湧いてきた。ええ、どうしよう? ここは、メリーさんの言葉に甘えておくべきか?
それとも、やはり断っておいて、私が行くべきか? 普通なら、絶対に後者だ。前者を選ぶだなんてありえない。
でも、もっと互いに気軽に接し合える仲を目指すのであれば、前者なんだけども……。そろそろ、慎重に渡っていた鉄橋、一回だけ思いっ切りぶっ叩いてみるか?
「ご、ごめん、メリーさん。すごく助かるよ。悪いけど、頼んじゃってもいい?」
「構わないって言ってるでしょ。で、何か欲しい物はある?」
「いや、私は大丈夫。メリーさんこそ、何か好きな物を買ってきなよ。買ってきた分のお金は、後で渡してあげるからさ」
「え、いいの?」
「うん、サイダーを買ってきてくれるお礼さ。ああ、別に今日じゃなくてもいいよ。欲しい物が出来たら、いつでも私に言ってちょうだい」
そう付け加えようとも、メリーさんの視線は右に逸れていくばかり。黙り込んじゃったけど、欲しい物を考えているのかな?
そのまま数秒後。メリーさんの視線は、滑らかに上へ向いていき。今度は左側へ落ちた頃、静かに目を閉じた。
「……急に言われると、欲しい物が出てこないわね。そのお礼、一旦保留にしておいてもらってもいいかしら?」
「分かった。欲しい物が決まったら、何でも言ってね」
「そう、ありがとう。それじゃあ、サイダーを二本だけ買ってくるわね」
「ごめんね、メリーさん。ありがとう!」
心の底から込めた感謝を言うと、メリーさんの澄まし顔が壁の中へと消えていった。今の選択肢、本当に合っていたのかな? 悪い方へ動かなければいいんだけど。
「これからは、買い忘れないようにしないと」
食べ歩きに意識が向き過ぎていたせいで、頭からすっかり抜けていたや。猛反省しないと。土曜日の楽しみを、忘れていただなんて───。
「……あれ、待てよ? 今日、日曜日じゃね?」
そうだ。サイダー、昨日飲んだじゃん。いつも二本しか買っていないし、そりゃあるはずないわ。
「……ははっ。今日は思っている以上に、疲れてんだな。私……」
メリーさん。せめて、一本も無かっただなんて言わないで欲しかったなぁ。焦っちゃって、今日が土曜日だって早とちりしちゃったじゃん。
きっと、何かの拍子で飲みたくなっちゃったんだろうな。分かるよ、その気持ち。私も週一で飲むって決めているけど、たまに無性に飲みたくなってくるんだよね。
「まあ、気付かなかった私も悪い。変なお礼までしちゃったけど、くれてやろうじゃないの」
これからは、慎重に渡っていた鉄橋を、もっと気軽にぶっ叩いてみるべきかな。そこを気にし過ぎると、互いの仲が発展していかないかもしれないし。
ならば、今度メリーさんが頼ってきたら、素直に頼ってしまうか。逆に、私も頼られた時は、気持ちよく快諾すればいい。
それもきっと、仲良くなっていく為の、近道の一つになってくれるでしょう。
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