92話、しっとりふわふわ出張五件目
「私、メリーさん。今、ショートケーキと紅茶が欲しいと思っているの」
『おっ、ちょうどいいタイミングで電話してきたね。キッチンの掃除が終わったから、今用意するよ』
「あら、まだしてたの? 言ってくれればやったのに」
『掃除って言っても、排水溝にパイプクリーナーを垂らしただけなんだけどね。お湯を沸かしたら、すぐそっちに行くよ』
掃除の内容を明かし、すぐに戻って来ると告げたハルが通話を切った。排水溝にパイプクリーナーって、つい最近、私もやったはずなのだけれども。
そんな頻繁に、やった方がいいのかしら? 排水溝を掃除する頻度って、一体どのぐらいの間隔でやればいいんだろう? ハルはまだ戻って来ないし、インターネットで調べてみよっと。
「へえ、色んな意見があるわね」
毎日やった方がいいという意見もあれば、週に三回や、週一のペースでなどなど。一番多そうな回数は、週に二、三回かしら。
排水口と三角コーナーは、お皿を洗ったついでに掃除しているけど。排水溝も、かなりの頻度で掃除をした方がよさそうね。
「あっ、なるほど。お皿に付いた油汚れなんかが、排水溝に付着しちゃうんだ」
そうだ。お皿の汚れが流れていくのは、排水溝なのよ。だから必然的に、排水溝も汚れていく。これは、完全に見落としていた。
掃除方法は、ハルがやっていたようにパイプクリーナーを垂らすか、専用の掃除器具で。それか、使用済みの歯ブラシなんかも有効そうだ。
週に二、三回か。やるなら月、水、金。または水、土と間隔を空けた方がいいかも。一応、ハルに相談して、掃除する日を決めておかないと。無論、全部私が率先してやってあげるわ。
「メリーお嬢、ケーキと紅茶をご用意致しました」
「え? な、なに、その呼び方?」
片手にお盆を持ったハルが、部屋に戻って来たかと思えば。丁寧に会釈をし、ほのかに湯気が昇るコップと、イチゴのショートケーキが乗ったお皿を、テーブルに並べていく。
「ほら。紅茶を飲んでる時のメリーさんって、マジでお嬢様っぽいじゃん? だから、ちょっと執事を意識して喋ってみたんだ」
「ああ。そういえば、アリオンでそんな事を言ってたわね。そこまで、お嬢様っぽいの? 私って」
「もうね、姿服装は合致よ。笑い方も『オーッホッホッホッ』にしたり、語尾に『ですわ』を付けたら完璧だね」
「……あんたのお嬢様像、なんだか偏り過ぎじゃない?」
それに私、普段からそんなに笑わないわよ? 語尾に『ですわ』も、恥ずかしいし嫌ですわ。
ほら、なんだかおかしいし合わないじゃない。ハルの前で口に出すのだけは、絶対にやめておこう。
「そうかな? 昔読んでた漫画だと、たまに出てたんだよね。こう、口に手を添えて、オーッホッホッホッ! って高らかに笑ってるんだ」
指をピンと張った手を口元に添え、実演するハル。そういえば、過去の漫画を紹介しているテレビ番組で、そんな人物が居たかもしれない。
「そんな事されても、私はやらないからね。それはそうと、早くケーキを食べましょ」
「う~ん、合うと思うだけどなぁ。んじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
どうも諦められていない様子のハルを認めてから、小さなフォークを手に取る。このケーキ、上に乗っているイチゴが大きいわね。
純白なクリームや、薄黄色をしたスポンジもそう。見た目からしてふわふわしていそうだし、スポンジはしっとりとしていておいしそう。
「わあ、柔らかい」
まずはケーキを、食べやすい一口サイズにカットするも。ほとんど力を込めずに、フォークがすっと落ちていった。
この、見た目を裏切らない柔らかさよ。初めてのケーキをゆっくり味わいたいし、最初は噛む回数を抑えなければ。
「う~んっ! あま~いっ」
やはり先行してきたのは、まろやかな口当たりをしたクリームの甘さ。とにかく濃密でコク深いというのに、ミルキーながらも後味はキリッとしていて、食べやすい甘さに落ち着いている。
とにかく、ひたすら甘いと予想していたのに。意外と控えな甘さね。重さを感じなければ、しつこさもまるで無い。だからこそ、口がもっとケーキをよこせとせがんでくる。
スポンジは、これまたふわふわできめ細かい。クリームとは異なる甘さがあるから、こっちは卵の甘味が強く出ていそうだ。
この異なる二つの甘さが、絶妙に合うのよ。喧嘩は一切せず、見事に同居して絡み合っては、更に違う甘さへと昇華していく。
しかし、曲者はまだ居る。それは、俺がメインだぞと最後に主張してくるイチゴ。みずみずしくフルーティーな甘味と、少しだけ顔を覗かせる引き締まった酸味が、また堪らない。
どんどん増えていく甘さを纏め上げる、後から存在感が際立つイチゴよ。他にも色んなケーキがあったけど、イチゴのショートケーキを選んでおいて正解だったわ。
「あぁ~。いいわねぇ、この甘さ。最高だわ」
「久々に食べたけど、やっぱ美味いなぁ~。紅茶との相性も抜群じゃん」
「そうだ、私も飲まないと」
そうそう。ケーキを食べ終えてしまう前に、紅茶も飲んでおげないとね。色は、赤褐色を含んだ牛乳のような色をしている。
私がリクエストをしたダージリンの他に、アッサムティーっていう紅茶を買っていたけど。これは、どっちの紅茶なんだろう?
ダージリンとは、ちょっと違う匂いがするから、もしかしたらアッサムティーかもしれない。牛乳と合わさった芳醇で甘い香りが、私を誘惑してくるわ。
「へぇ~、面白い味がするわね」
牛乳のサッパリとしたコク深い甘さと、遅れてふわりと湧いてくる、香り豊かでまろやかな渋みが上手く調和していて、なんとも飲みやすい風味になっている。
それに、やはりケーキを食べた後に飲んだからか。口の中に残っていたケーキの後味を、紅茶特有の上品な渋みが、綺麗サッパリ流してくれた。
すごいわね、紅茶って。牛乳が入っているはずなのに、まるで物ともしていない。それに、紅茶単体だけでも十分おいしい。
なんだか、心が落ち着く風味をしているし。温められているから、肌寒い日に改めて飲んでみたいわ。
「ほおっ……。いいわね、ケーキと紅茶の組み合わせ。最高だわ」
「ダージリンを出そうとしたんだけどさ。アッサムの方がケーキと合うって書いてあったから、急遽変更したんだよね。インターネットに書いてあった通り、めっちゃ合うなぁ。紅茶に目覚めそう」
「あら、事前に調べたのね」
「うん。でさでさ、紅茶について調べてたら、ちょっとかっこいい物を見つけてね。これ見てみてよ」
そう話を振ってきたハルが、スマホを渡してきたので、コップをテーブルに置いてから受け取った。
「どれどれ……」
スマホの画面には、アッサムティーについて詳しく書かれたサイトが表示されている。アッサムの名前の由来について。味の特徴、おすすめの飲み方などなど。
ハルは一体、どれがかっこいいと思ったのかしら? 今の所、アッサムティーについての知識が高まっていくだけ……。
「ん? 三つのクオリティシーズン?」
「そこ! その下を読んでみて!」
「この下……。春摘みのファーストフラッシュ、夏摘みのセカンドフラッシュ、秋摘みのオータムナル」
へえ。アッサムティーって、摘む季節によって風味が変わってくるんだ。軽く説明を読んでみたけど、ファーストフラッシュが一番飲みやすそうね。
ミルクティーとの相性が良さそうなのは、セカンドフラッシュでしょ? オータムナルは、全ての季節を兼ね揃えた万能型みたいな感じかしら。
「それそれ! なんだか、響きが技名っぽくてかっこよくない?」
「なんとなくだけど、言われてみるとそうね。たぶんこれ、連続で放つ系の技じゃない?」
「ああ~、分かる! でも、連続で放つとなると、また印象が変わってくるなぁ。格闘ゲームじゃなくて、ロボットゲーム系で出てきそう」
「だったら、二人一組の合体技っぽくなってくるわね」
「やば、もうそれにしか見えなくなった。絶対ロマン技じゃん、見た目とか超かっこよさそう」
よくテレビで、ゲームのCMもやっているから、ハルの言っている事が全部分かってしまう。
一人目がファーストフラッシュを放ち、二人目がセカンドフラッシュを放つでしょ? そして、二人が一斉にオータムナルと叫びながら放つ絵が、容易に浮かんでくるわ。
どうしよう。ハルのせいで、私もそれにしか見えなくなっちゃった。……オータムナル、なかなかどうして悪くない響きね。
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