63話、ハルのお料理教室(お味噌汁編、その②)

「へえ~、色んな動画を観てるんだね。気になるのが、いくつかあったや」


「でしょ? 特にお気に入りなのが、今と前に見せた二人の人間よ」


「包丁捌きや手際が良いイケボの人と、一言も喋らないけど豪快な料理を作る人だよね。私も、あとでもっと観てみようかな? っと。三十分ぐらい経ったし、そろそろいいでしょう」


 動画を観ている最中も、鍋をこまめに確認していたハルが、薄白い湯気が昇る鍋の中身を覗き込んだ。

 ハルに観せたのは、チャンネル登録をしていて、投稿された動画は全て視聴済。かつ、高評価も欠かさず押している、私オススメの動画だ。


「うん、バッチリ。メリーさん、続きをやるよー」


「そう、分かったわ」


 観せたい動画は、まだまだ沢山あったものの。呼ばれてしまったので、タブレットを邪魔にならない場所へ置き、ハルの横に付いた。


「これが、大体三十分茹でた状態だね」


「わあ、昆布が大きく広がってる。茹でてるのに、泡がほとんど出てないわね。色は……、昆布の色がほんのり移ってるかも?」


 しかし、湯気はちゃんと温かい。その湯気には、薄っすらと気にならない程度に昆布の匂いがする。


「そうだね。あまり長時間茹でると、昆布の風味が強くなっちゃうから、今日は一旦ここで取り出すよ」


 菜箸と銀色のトレイを持ったハルが、昆布を鍋から取り出し、銀色のトイレに乗せた。やはり、鍋に入れる前の昆布と比べてみるも、五、六倍以上は大きくなっている。


「んでだ。お湯の量が減ってしまったので、約百gぐらい水を注ぎ出して、火加減を調節しながら沸騰させていきます」


 説明しながらテキパキと動くハルが、メモリ付きのコップに水を入れて、回すように鍋へ投入していく。水を入れ終わると軽く屈み、コンロのつまみをいじった。

 つまみの矢印は、中火と弱火のちょうど中間部分。昆布を入れている時は、泡が立たない程度の弱火で。次は、この位置ね。しっかり覚えておかないと。


「ねえ、ハル。なんで何も入れてないのに、火を強めたの?」


「水を入れた事によって下がった温度を、上げる為だよ」


「へえ。温度は、どのぐらいなの?」


「温度は、八十℃から八十五℃前後かな? 鍋の底から出てきた気泡が、表面を動かしていくぐらいが目安だね」


 分かりやすく説明をしてくれている内に、鍋の底からフツフツと気泡が生まれ。表面を目指して昇っては、波紋をいくつも立たせていく。


「こんな感じ?」


「そうそう。それで次に、火をとろ火まで落としてだ。鍋の中にかつおの削り節を、三つまみ分入れます」


 コンロの火を最小まで弱めたハルが、大きな袋から削り節なる物を取り出し、鍋に入れていった。三つまみ分と言っていたけれど、回数にも意味があるのかしら?


「三回入れるのが、ちょうどいいの?」


「感覚的に、かな。おおよそ四十g前後の削り節を、鍋に入れたんだけどさ。一つまみが、大体十から十五gぐらいになるんだよね。だから三つまみ分なんだ」


「ふむふむ。正確に四十g入れたい場合は、どうすればいいの?」


「キッチンスケールっていう計りを使って、グラム単位で調節するしかないね。……ちなみに、一応私も持ってるけど、今は壊れてるので使えません」


 悪いけど、諦めてくれと言わんばかりにから笑いするハル。表情も、どこか頼り甲斐のないやるせなさが浮かんでいる。


「こ、壊れてるならしょうがないわね。ハルの言う通りに入れてくわ」


「ごめんねー。覚えてたら、今度スーパーで買ってくるよ。そんでだ」


 話を戻したハルが、透明のボウルとザル、キッチンペーパーを用意し。ボウル、ザル、キッチンペーパーの順番に中へ置いていく。


「削り節を入れて、約一分ぐらい加熱して~。火を止めてアクを軽く取り除いたら、出汁をボウルに流し込んでくよ」


 スプーンを使い、ただの泡に見える白いアクをすくい取りつつ、「で」と続けたハルが、人差し指を立たせる。


「ここで一つ、とても大事な注意点があります」


「注意点?」


「そう! 出汁をこす時は、削り節を絶対に押したり絞ったりしないでね。少しも触らないで、汁気が自然に切れるまで待ってちょうだい」


「もし触ると、どうなるの?」


 想像に容易い注意点ながらも、触った事によって招く結果が知りたいので、好奇心も含めて質問を返してみれば。

 ザルを片手で持ち上げ、出汁をこし始めたハルが、ボウルに顔を合わせたまま「えっとね」と口を開いた。


「触ると、削り節のエグみが出汁に移っちゃうんだ。触っていいのは、二番出汁を作る時だけ。透き通った旨味を堪能したいんであれば、必ず守ってね」


「なるほど、分かったわ。それで、その削り節も取っておくの?」


「うん。二番出汁を作る為に必要だから、もし作るんであれば昆布と一緒に取っておいてね」


「作らない場合は、捨てちゃっていいの?」


「そうだね。まあ本来は、二番出汁で味噌汁を作った方がいいから、そっちの味を楽しんでみたいな~って思ったら、取っておくのもアリだよ」


「え? そうなの?」


 お味噌汁って、本来は二番出汁で作る物だったんだ。お味噌汁の作り方だけは、どうしてもハルから教わりたかったから、あえてレシピを見ないでいたせいで、余計に驚いちゃった。


「実は、そうなんスよ。一番出汁を使う料理は、味付けが薄いお吸い物とか茶碗蒸し、だし巻き卵といった素材の味を活かしたい料理に。二番出汁は、強い旨味を最大限引き出す為に、味噌汁や煮物、炊き込みご飯とか肉じゃがに使うのがオススメかな」


「へぇ~、そうなのね。でもハル。なんであんたは、一番出汁でお味噌汁を作ってるの?」


「完全な私の好みだけど、白味噌の風味が二番出汁より合ってるからかな。でも、一番出汁と白味噌がより合うように、味付けも色々調節してるんだけどね」


「どんな風に?」


「たとえば~、削り節の量を増やして、香りや風味を濃くしたりね。普通なら一ℓから作った出汁に対し、削り節は二十g前後が適量なんだけど、私はその倍近く入れたりしてだ。白味噌の量もちょっと減らして、なるべく一番出汁の味が前へ出るようにしてるよ」


「は、はぁ……。なるほど」


 これ、事前にお味噌汁のレシピを見なくて正解だったわね。だって、普段私が飲んでいるお味噌汁は、どのレシピにも該当しない、ハルオリジナルの作り方になるのだから。

 ……しかし、ハルだけのオリジナルレシピかぁ。作り方を忘れて、インターネットで探そうとしても、絶対に出てこない訳でしょ?

 仕方ない。あとで、作り方を紙かタブレットのメモ帳に書いてもらおう。せっかく作っても、失敗してしまったら元も子もないからね。


「うっし! これで全部こせたな。ほら、メリーさん。出来立ての一番出汁を見てみなよ」


「どれどれ……。わあ、綺麗」


 ボウルの中を覗いてみると、蛍光灯の光をキラキラと反射させている、なんとも眩い透き通った琥珀色の一番出汁があった。

 匂いは、昆布よりも削り節の方が強くなっていて、いかにも和風って感じだ。食欲が湧いてくるから、これだけでご飯が食べられそう。

 そうだ、お茶漬けに入れるといいかも! ほぐしたしょっぱい焼き鮭をご飯に乗せて、この一番出汁をたっぷりかければ、絶対においしいはずよ!


「でしょ? そして、この一番出汁を使って味噌汁を作っていきます」


「ようやく、お味噌汁の段階に入るのね。煮込み作業もあったから、とにかく長く感じたわ」


「実際、ここまで四十分ぐらい掛かったからね。でも、安心しな。味噌汁は、十分もあれば完成するから」


「じゃあ合計で、一時間掛からないぐらいなのね。……それでも、約一時間かぁ」


 お味噌汁だけで、約一時間前後。他の料理を作りながら、お味噌汁を作るなんて、私には到底出来ないので。もし二つ以上の料理を作るとなると、一つずつ作るしかない。

 だから、六時に夕食を食べるとして……。私は、四時から作り始めないと間に合わない計算になる。五時から作り始めているハルって、やはりすごいわね。


「煮込む過程があると、どうしても長くなっちゃうからね。そこだけは、割り切るしかないかな」


「そうね。文句を言ってもどうにもならないし、素直に諦めるわ」


「そうだね。それじゃあ、味噌汁作りに取り掛かるよー」


「分かったわ」

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