62話、ハルのお料理教室(お味噌汁編、その①)

「ただいまー」


「え? もう帰ってきたの?」


 現在の時刻は、三時を少し過ぎた所。普段のハルだったら、大体四時半ぐらいに帰って来るというのに。

 廊下に顔をやると、電気がパッと点き。足音がだんだん近づいてきて、扉がひとりでに開き、パーカー姿のハルが部屋に入って来た。


「おかえりなさい、ハル。いつもより早いじゃない」


「なんだか今日は、色々スムーズにサクッと進んじゃってね。特にやる事も無かったから、すぐに帰ってきちゃった」


 ハル節で早く帰って来れらた理由を言うと、持っていたカバンを床へ降ろし。着ていたパーカーをハンガーに通して、壁掛けフックに掛けた。


「まだ三時過ぎか。夕食まで時間があるし~……、そうだ。メリーさん、味噌汁の作り方を教えてあげよっか?」


「あら、いいの? ……あんたは大丈夫なの? 帰って来たばかりで疲れてるんじゃない?」


「こう見えても私、まだまだ若人わこうどっスよ? 二十二歳の体力を、あまり舐めないで欲しいなぁ」


 やや男勝りで得意気な笑みを浮かべつつ、腕を組むハル。ハルが若いのは知っていたけど、それよりも───。


「あんた、二十二歳だったのね」


「そうだよ。何歳だと思ってたの?」


「十九歳ぐらいだと思ってたわ」


「十九歳……。へえ、なるほど? メリーさん。そういうのはめっちゃ嬉しいから、どんどん言ってきてちょうだい」


 本当に嬉しがっているのか。にへら笑いの顔になったハルが、もっと求めていると言わんばかりに、両手をクイクイと仰ぐ。


「で、どうする? 作り方が分かったら、いつでも台所を使わせてあげるよ」


「本当? じゃあ、お願いしようかしら」


 お味噌汁の作り方を教わるよりも、台所をいつでも使える方が遥かに魅力的だ。だったら今度、お昼時にインスタントラーメンを作ってみようかしらね。


「オッケー。そんじゃ、台所に行きますか」


 話を纏めたハルが、台所に歩いていったので。私もテレビの電源を消し、ハルの後を追い掛けていく。台所に着くと、ハルはコンロに鍋を置いている最中だった。


「でだ! ガチの味噌汁と、簡単に作れる味噌汁があるけど、どっちの作り方を知りたい?」


「もちろんガチの方よ」


「ガチの味噌汁ね、りょーかい。ではでは、早速取り掛かるよ」


 そう意気込んだハルが、コンロに置いたばかりの鍋を持ち、水道がある所へ向かう。ちゃんと見ないといけないから、ハルの隣に付いてしまおう。


「まずは、水の準備から。この鍋は約一ℓの水が入るから、並々付近まで注いじゃいます」


「この鍋に、水を並々付近と……」


 鍋の見た目は、取っ手が付いた銀色の鍋。別の場所に蓋もあるので、あれの存在も覚えておかないと。鍋に水を注ぎ終えたハルが、再びコンロに置き。

 今度は台所の下から、なんともしわくちゃで固そうな昆布を取り出した。昆布って事は、たぶんこれから一番出汁を作るはず。

 一番出汁だけだったら、レシピを事前に見た事があるから、作り方を知っているわ。


「次は、この乾燥した昆布を、水で濡らして固く絞った布巾で、表面を軽く拭いてくよ」


「ふむふむ」


 これも、動画付きのレシピで観た。直接水で洗うと、昆布の旨味成分まで流れていってしまうので、布巾で軽く拭き、表面に付着したゴミや汚れを落としていくのよね。


「そんで、汚れを拭き取った昆布を鍋に入れてっと。そこからお湯が煮立たない程度の弱火で、三十分から一時間ぐらい煮てくよ」


「え? 火を点けちゃうの?」


 私が観た一番出汁のレシピは、鍋に昆布を入れたら、火を点けずに三十分ほど放置していた。もうここで、レシピとは違う作り方になっている。


「そうだよ。なんで?」


「えと……。今から、一番出汁を作るのよね?」


「おっ、正解。なんだ、後で勿体ぶりながら言おうと思ってたのに。知ってたんだ」


「ええ。一番出汁の作り方は、レシピを見た事があるから知ってたけど。そのレシピだと、火にかけないで三十分ぐらい放置してたのよ」


「ああ、なるほど。そっちの作り方か」


 どこか納得した様子のハルが、コンロに火を点けて火加減を調節していく。


「そっちって事は、試した事があるの?」


「あるよ。そっちの一番出汁で味噌汁を作った事もあるけど、私はこっちの方が好きかな」


「へえ、そうなのね」


 という事は、二種類の方法で一番出汁を作り、それで味噌汁を作った事があるんだ。ハルって、一つの料理に対しても、色んな作り方を試しているのね。

 そして、自分が一番おいしいと思った作り方に辿り着き、身に付けたと。……もしかしてハル、案外努力家だったりするのかしら?


「うん。こっちの方が、昆布の旨味がたっぷり出て美味しいんだよね。でも、お湯を沸騰させたら絶対にダメだよ? 出汁に生臭さや雑味が移っちゃって、逆に不味くなっちゃんだ」


「そうなのね、分かったわ。ちなみに、お湯の温度はどれくらいなの?」


「大体六十℃前後が目安かな。指は入れられるけど、すぐに出したくなるような温度だよ。目を離すとすぐに温度が上がっちゃうから、こまめに火加減を調節してね」


「はぁ……。火加減を調節するなら、長時間ここから離れるのはやめた方がいいわね」


 約三十分から一時間掛かるのであれば、テレビやタブレットで動画を観ようと思っていたけれども。おいしい一番出汁を作りたいのであれば、それらを我慢しないといけないわね。

 いや。タブレットを台所に持ってきて、動画を観ながらお湯加減を見張る事は出来る。ならば、お味噌汁を作る時は、テレビで観たい番組が無い時にしよう。


「まあね。本当なら、別の料理を作りながら一番出汁を作るのが効率的なんだけど。メリーさんには、まだ難しいかな」


「そうね。一つの事に集中するだけで、手一杯だわ。それで、また暇になっちゃったけど、ここからどうするの?」


「今から夕食を作るのも、なんかアレだしなぁ。スマホで時間を潰すしかないね」


「そう。なら、オススメの動画がいくつかあるんだけど、一緒に観ない?」


 私のオススメ。それは、詳しい解説付きで料理を作っていく動画。合間合間に小ネタを挟み、視聴している人を飽きさせないから、面白くてつい観続けてしまうんだ。


「おっ、マジで? 観る観る。ついでだし、なんか間食でもしちゃう?」


「なら、牛乳とバナナがいいわ」


「いいね、めっちゃ良い組み合わせじゃん。オッケー。こっちはこっちで用意するから、メリーさんはタブレットを持ってきてちょうだい」


「分かったわ」


 そういえば、ハルと一緒に動画を観るのは、これが初めてになるわね。ハルは、私オススメの動画を、気に入ってくれるかしら? 反応を楽しみにしていよっと。

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