61話、待ちかねた朝食と、何事もほどほどに
「わだじぃ、めりぃざぁん……。いまぁ、もっど寝でいだいど思っでいるのぉ……」
『ねえ? 渋いオッサンみたいな声になってるけど、大丈夫?』
「ゔあ゙ぁ~……」
『あれ? ゾンビになった?』
漂ってきた美味しそうなお味噌汁の匂いで、なんとか意識を保てているけども……。辛うじて掛けられた電話の通話を切ったら、今すぐにでも眠ってしまいそうだわ。
『早く起きてきなよ。今日の朝食は、メリーさんがリクエストしたやつなんだからさ』
「りぐえずどぉ……?」
『そうそう。鮭と海苔や醤油が、メリーさんを待ってるよー』
「しゃけぇ……、鮭っ!?」
待望の朝食だと分かった途端。私の視界は目まぐるしく動き出し、気が付けば台所に居て、顔に冷たい何かが何度も当たり。
乾いた口をゆすぎ、近くにあった水入りのコップを手に取り、一気に飲み干して意識が覚醒するも。再び視界が揺れ動き、ゆったりと正座しているハルを捉えた。
「おはよう。めっちゃドタバタしてたけど、何してたの?」
「はぁ、はぁ、はぁ……。分からないけど……、たぶん、走ってたかも」
「マジで? めっちゃ気合入ってんじゃん」
苦笑いしているハルを認めつつ、歩きながらテーブルに注目してみる。焦げ目の付いたカリカリの皮に、身がふっくらとしていそうな鮭。
そのお皿には、鮭と相反して、焦げ目が皆無で鮮やかな黄色をした卵焼き。更に、ベーコンとほうれん草の和え物も添えられている。
他に二つの小皿にあるは、複数枚の海苔と、皿一杯に注がれた醤油。うん、これよこれ。かなり前から食べたかった朝食が、テーブルに並んでいるわ!
「はぁ~っ、おいしそう~」
「その良い反応。どうやら、期待に応えられたようだね。そんじゃ、いただきますか」
「そうね、いただきます」
箸を手にして、ようやく自分がパジャマ姿だと気付いたけれども。食欲の方が勝ってしまい、そのまま鮭に箸を伸ばした。
この鮭、脂がたんまり乗っていそうね。箸で身を割いてみたら、ややオレンジ色がかった油が滴ってきて、皿の底に広がっていっている。
「うん、ふっくらジューシ~」
まず初めに感じたのが、ご飯と合いそうな塩味を含んだ香ばしい油。身全体に纏っているから、噛まなくとも十分おいしい。
旨味がギュッと詰まった油を堪能してから、身の方を齧っていく。まだまだこれでもかってぐらいに油が溢れてくるし、ふっくらと柔らかい。
骨は、たまに大きな物が舌に当たるだけで、目立った小骨は無し。なので、あまり気にせずガンガン噛める。
最初は淡泊に感じたけど、噛む度に塩味と香ばしさが少しずつ濃くなっていくので、ここでご飯を頬張れば!
「やっぱり! ご飯と合うわぁ~」
炊き立ての芳醇な甘いご飯と、噛む度に丸みを帯びた塩味が増していく鮭。それらを同時に噛み進めていけば、互いの風味がマッチし合い、旨味をグイグイ引き立たせていく。
「ああ~っ、おいしい~」
「う~ん、美味い。これ、鮭だけでご飯が完食出来るな」
「間違いないわね。気が緩むと、海苔を試す前に無くなりそうだわ」
「だね、気を付けないと」
けど、食欲は正直なようで。ご飯がもう、三分の一無くなっちゃった。鮭、恐るべしね。
「一旦、鮭は休憩してっと。次は、海苔と醤油の組み合わせを」
これ以上食べると、本当にご飯が無くなってしまうので。なんとかおかわりを回避するべく、断腸の思いで箸を海苔へ移していった。
「……で、少しだけ付けるか、片面ビッタリ浸すか、悩むわね」
「ああ、それね。私は、醤油が海苔に染み込むまで付けちゃうな~」
「あら、そうなの? でも、それだと流石にしょっぱくならない?」
「しょっぱいよー、マジでしょっぱい。けど、その状態からご飯を大量に頬張るのが、たまらなく好きなんだよね」
「……へえ、そう」
ハルめ。ご飯の消費量をなるべく抑えたいっていうのに、とんでもない事を言ってきたわね。その食べ方、絶対においしいやつじゃない!
……そうだ。別に、無理をして抑えしなくてもいい。ご飯が無くなったら、おかわりをすればいいんだ。それも、山盛りで───。
「よし、決めたわ。私もビッタリ浸しちゃおっと」
そうよ、欲は抑えちゃダメ。朝食を最高においしく食べたいのであれば、全開放するべきだ。むしろ、沢山おかわりする勢いでご飯を食べていく。
欲の全てを開放し、吹っ切れて何もかも軽くなった私は、海苔を一枚だけ箸で掴み、醤油に浮かせた。数秒してから海苔を取り出すと、良い具合に醤油が染み込んだようで。
持ち上げると、左右に揺れるほど柔らかくなっていた。……ちょっと、吸わせ過ぎたようにも見えるけど。まあ、いいわ。しょっぱく感じたら、大量のご飯で中和しましょう。
海苔が裂けないよう、ご飯の上にそっと敷き。力加減を調節しつつ、ご飯を巻き込んでいけば……。
「出来たっ。へえ、見た目が巻き寿司みたいになったわね」
「おお。メリーさん、巻くの上手いね。どれどれ、私も~っと」
負けじとハルも、海苔を醤油にベッタリ浸し。醤油が滴るまで吸わせて、手際よくご飯を巻いていく。
「よし、腕は衰えてないな」
「あら、ハルも上手いわね」
「学生の頃は、毎日の様に食べてたからね。もはや、この道のプロよ」
ニッとほくそ笑みながら豪語したハルが、出来立ての巻き寿司を口に入れる。
やはり味が濃かったのか。苦虫を噛んだ様に口をギュッとすぼめ、慌ててご飯をかき込んでいった。
「やっぱり、しょっぱかったの?」
「もうね、醤油の味しかしなかった。とりあえず、メリーさんも食べてみな。んっ! てなるよ」
「……そう。じゃあ」
ハルのせいで、醤油を付け過ぎた事に後悔し始めたけれども。残すのは勿体ないので、ちゃんと食べないとね。
匂いは、醤油のみ。海苔とご飯の匂いが、まったくしない。……本当に大丈夫よね? これ。とりあえず、食べてみよう。
「んぶっ!?」
匂いもそうだったけど、いくら噛んでも海苔とご飯の風味が浮かんでこない。全てが醤油に染まっている!
そして、とにかくひたすら塩辛い! あまりにも濃すぎて、喉が拒絶して飲み込めないわ!
「うう~っ……、しょっぱい!」
一気にご飯をかき込むも、秒で無くなってしまったので。急いで玉子焼きや、ベーコンとほうれん草の和え物も挟み、強烈な醤油味を分散させていく。
薄め役としてお味噌汁を含むと、ようやく醤油の存在が消え、恐る恐るゆっくり飲み込んだ。
「……はぁ~っ。ハル。この食べ方は、たぶんやめた方がいいと思うわよ?」
「ええ~? メリーさんは、ダメな感じ?」
「そうね。何事も、ほどほどにした方がいいと学んだわ」
「う~ん、そっか。美味しいんだけどな、この食べ方」
やや残念そうにしているハルが、お味噌汁を静かにすする。初めてだわ、ハルと食べ方が合わなかったのは。これはきっと、ハルだけが大丈夫な食べ方のようね。
……何度も繰り返し食べていけば、私も平気になるのかしら? いや、やめておこう。何も、無理して続ける必要は無い。今度は、角にちょんっと付けて食べてみよっと。
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